【10】天使の休日 5
監禁二日目。朝。遙香のベッドで目が覚める。
シングルだし寝づらいからリビングのソファで寝ると言っても聞かず、抱き枕代わりにされた挙げ句、遙香の寝言や歯ぎしりで寝不足になるし、寝違えて首が痛い。
ヒモになるなら、せめてダブルベッドの設置を強く要望する。
朝食は、昨日と同じく、教会の厨房からのデリバリーだ。
徒歩数分、バイクで一分もかからないので、暖かいうちに食事が届く。
普段週末は学食が使えず、食い物に困窮していた遙香は、俺のおかげで贅沢が出来るとひどく喜んでいた。まったくもって、父親はどこまで取材に行ったのか。連絡ぐらい寄越せばいいのに。ひどい話だ。
今日は家の掃除を手伝う約束になっている。主に父親の集めたガラクタや書籍だ。
仮に父親が見つかっても見つからなくても、ジャマなものは整理して売却なり処分なりするつもりのようだ。
半年も娘を放り出して家を空けてるのだから、何を捨てられても文句の言える筋合いはなさそうだな。
中にはシスターベロニカが喜びそうなものもあるから、いらないならもらっとこうが。それとも、当人を呼んで選ばせた方がいいかな。
☆
「ショウくーん」
部屋の外から遙香の呼ぶ声がする。
書斎で本の整理をしていた俺は、手を止めて隣の遙香の部屋へ行った。
遙香は、家の大掃除ついでに自分の部屋の掃除もしていた。彼女の部屋も、父親顔負けなぐらい、雑多なもので埋め尽くされていたのだ。たとえばカメラの本、写真集、大きく引き延ばしてパネル張りされた写真等々……。
室内には残念なくらい女の子らしい物体がなく、それを主張出来るのは、女性ものの衣類や制服と、脱ぎ捨てられた女物のパジャマぐらいのものだった。
「はいはい、なに?」
「これ、あげる」
エプロン姿の遙香が、小さいガジェットのようなものを俺に差し出した。
「……デジタルカメラ?」
「うん。私のお古だけどあげる」
「でも……そう安いものでもないんでしょ? 悪いよ」
そう言うと、遙香は強引に俺の手首を掴み、デジカメを握らせた。
「ショウくんさ、きのう趣味ないって言ってたでしょ。写真やればいいよ」
「写真……か」
「私はもっと大きいのとかいろいろ持ってるから、遠慮しないで」
じっと見つめる遙香。
「えっと……俺、いつまでここにいるかわかんないけど……これ」
俺はシスターベロニカから、写真部の入部届を持たされていたことを思い出した。
ポケットから折りたたんだ入部届を出し、遙香に差し出した。
「なに?」
遙香が小さく畳まれたプリントを広げると、にっこりと笑った。
俺は照れくさくて笑った。
「親が、持ってけって。まあ、そういうことで……」
「丁度よかったじゃない。これで撮りましょ」
「そだね。教えてくれる?」
「当たり前でしょ、部長なんだから」
「じゃ、よろしくな。部長さん」
「ニシシシ……」
「笑い方が邪悪だぞ」
「いや部員増えたんでつい……」
☆
荷物整理が一段落し、遅い昼食を終えると、遙香は二階の自室に籠もってしまった。いささか寝不足だったので、俺はリビングのソファーで昼寝を決め込んだ。
「ショウくーん……あれ? 寝ちゃったの」
「ん……あ、降りてきたのか」
ニヤニヤしながら、何かしら後ろ手に隠している。
俺はソファーに横たえた体を起こし、寝癖のついた髪を掻き上げた。
「はい、これ。ストラップがショウくんの手に合わなかったから直しておいたわよ」
「ありがとう」
――これは。長さ直しただけじゃないじゃん。
ストラップそのものが純正品の平ヒモから、ネイティブアメリカンのアクセサリーパーツをあしらった、スエードの細いベルトに交換されていた。
シルバー製の羽のモチーフ、そしてトルコ石のビーズがとてもクールだ。
「いや、これ、すごいカッコよくなってるんですけど!? なにこれ!?」
「部屋にあった、使ってないカバンとかベルトとかからパーツ毟って作ったんだよ」
「すげえな……。マジ気に入った。ありがとう、ハルカ」
「いえいえん……ウフフ」
邪悪じゃないが、微妙に含みのある笑いをする遙香。
「……んー、またなんか企んでる」
「そりゃ、まあ、同志が増えれば嬉しいでしょう普通に」
「ホントにそういうヤツ?」
「そういうヤツ、そういうヤツ」
ニヤニヤしながら言ってるけど、自分の彼女が喜んでいるみたいだから、まあ、いいかな。