【7】天使の休日 2
入院三日目。朝。
本部から、よくわからない薬が届く。
気分は落ち着くけど、なんだかすこしぼーっとする。
こんなの、脳に効くのかな……。
遥香からの手紙、読めずに放置してる間に、あいつが見舞いに来た。
どんな顔すればいいのかわからない。
自分のこと、思い出したかって聞かれた。
ああ、ちゃんと思い出した、って答えた。
あいつは、「よかった」。それだけ言った。
手紙の封が切られてないのを見て、あいつは黙って持ち帰った。
カバンの中で、クシャッと音がした。
やっぱり、悪いことしたのかも、と胸が痛んだ。
そしたら同時に、頭もズキッと痛んだから、これはやっぱりいけないことだったんだ、って、思った。
俺、遥香と一緒にいていいのか、まだわからない。
わからないから、来て欲しくなかった。
頭がしゃっきりしてたら、きっとあいつのこと、追い返してたかもしれない。
そしたら、病室で泣かれてしまうだろう。
だから、今はぼーっとしてて、よかった。
あまり返事が出来ないのも、
顔を見られないのも、
ぜんぶ、
具合とか、薬とかのせいに出来るから。
もう少し面倒事を先延ばしに出来るから。
いま全てをハッキリさせると、多分また、俺が壊れるかもしれない。
だから。
☆☆☆
入院四日目。朝。
朝食後、退院となった。
薬をたんまり持たされる。うんざり。
「お世話になりました、先生」
「っしたー」
俺はシスターベロニカ共々、主治医の新見に頭を下げると、病院の玄関先に横付けした教会のワンボックス車に乗り込んだ。
運転席にはアンジェリカが座っていた。二人が乗り込むとすぐ、車は発進した。
「寄りたい場所はあるか?」
「別に……。コンビニならすぐ近くだし、いいよ別に」
「本当にいいのか? 休みは長いぞ」
(なんなんだ? ……まあ、心配してるのかな。)
「大丈夫だから。近所ぐらい一人で行けるし」
「わかった。アンジェリカ」
「あい、姐さん」
アンジェリカはタイヤを鳴らし、急にハンドルを切った。
俺は後部座席で、左から右へと振り回された。
「ちょ、なにしてんだアンジェリカ! 危ねえだろ! つか教会あっちじゃ」
俺は背中越しに怒鳴りつけた。
「いいんだ、こっちで」とベロニカ。
「はあ?」
アンジェリカは『姐さん』の命なのか、無言で運転している。先ほどから、ずいぶんと乱暴な運転である。
その後数分で車は停車した。
「ちょ、ここ――ハルカんちじゃん!! 何企んでんだよ、二人とも!」
ガラッと後部座席のドアをベロニカが開けると、身をかがめながら車外へと出た。そして、息子に手を差し伸べ、降車を促した。
「さあ、降りろ。薬は忘れるなよ、勝利」
「降りないー、俺降りないからー」
反対側のドアも開き、アンジェリカの蹴りが飛んできた。
「降りろ! ショウくんさん! 姐さんに手間かけさせんじゃねえ、ですよ!」
片方からは手を引っぱられ、もう片方からは蹴りを食らい、俺は渋々車外へと出た。
「はい、降りましたよ。っていうか病人にする行為? ソレ」
ぶつくさ毒づいていると、いつのまにかアンジェリカが一文字家の呼び鈴を押し、インターホンに話しかけている。明らかに自分と遙香を面会させる気だ。
「やめろ! 俺そういう気ないから! つか走って帰るから、呼ぶなよ! どうせアレだろ、ハルカに頼まれたんだよ! ふざくんな! 勝手なことしやがって!」
「頼んだのは我々だ」
言うなり、シスターベロニカは俺を肩に担ぎ上げた。
「わっ、やめっ、降ろして」
じたばたと暴れる。
「大人しくしろ!」
スパーンッ! 俺はママに尻を叩かれた。
「ひいッ!」
一文字家のドアが開いた。呆れた遙香が開口一番、
「おはようございま……!? ショウくん、どうしたの!」
「おはよう、遙香君。約束どおり愚息を連れて来た。よろしく頼む」
「た、助けてぇハルカぁ~……」
シスターベロニカの肩の上で、俺は力なく足をふらふらさせている。
「ダメだ。貴様はこの連休、一文字家で預かってもらうことになった。観念しろ」
「ど、どうぞ」
遙香は少々引き気味に、シスターベロニカ一行を自宅に招き入れた。
ドサッ。バタン。
シスターベロニカは、俺を玄関に放り込むと、間髪入れずにドアを閉めた。
「いっててて……、ちょっと何すんだよ! 俺は帰るぞ!」
ガチャガチャ……。
俺はドアノブを動かすが、ドアは開かない。
「ムダよ」
冷ややかな目で、たたきの上から俺を見下ろす遙香。
「そういう、契約なの」
「契約もヘチマもあるか! 俺は帰る!」
二度ほど体当たりをし、三度目のアタック直前、ドアが開いた。
そこには、玄関先に倒れ込んだ俺へと銃を向けるアンジェリカがいた。
「人様んちのドア、壊すな、ですよショウくんさん。さ、戻って」
這ってでも逃げようとする俺の視界に、門の外から自動小銃を向けるシスターベロニカの姿を認めた俺は、地面に這いつくばったまま、バックでゆっくりと家の中に戻った。
――ガチャリ。
俺が屋内に戻ると、遙香はドアを厳重に施錠した。二重鍵だけでなく、チェーンまでかけてある。
「なあ、契約ってなんだよ」
廊下に座り込み、不貞腐れ気味に遙香に尋ねた。
「連休中の三日間、ショウくんを預かるのと交換条件で、お父さんを探してもらうの。ぶっちゃけ、もう半分ぐらいは足取りが掴めているらしいわ。教団のネットワークってすごい。それと――」
「それと?」
「キミのリハビリ。傷んでるんでしょ? 脳味噌」
「あ、ああ……」
俺は己の額に手を当てた。
「なんでハルカんちにいるとリハビリになるんだよ」
「さあ。とにかく、連休明けまでは、うちから一歩も外に出られないから。間違っても出ていこうなんて思わないことね。ロクなことにならないわよ」
心なしか、言葉の端々にトゲを感じる。
「んなことあるか」
俺はぶつくさ言いながら立ち上がると、勝手知ったる一階リビングに入っていった。
「やめた方がいいわよ。センサー貼ってあるらしいから」
ビイイイイイイイイイッ――!
「……って、間に合わなかったか」
リビングで喉元にナイフを突きつけられている俺と、突きつけている教団兵士たちの前に遥香がやってきた。
「補充って……こいつらかよ」
「だから言ったのに」
「……クソッタレ」
遙香の姿を認めると、兵士たちはリビングの窓辺を手早く掃除し、静かに庭へと出て行った。