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完結【バトルホラーアクション】退魔天使は闇夜に踊る【人外の戦士が記憶を失いながら魔物を屠る】  作者: 東雲飛鶴
第六章 天使の休日

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【6】天使の休日

 だが、ママのお仕置きはなかった。

 俺はまっすぐ病院に連れて行かれてしまったんだ。

 どうやら俺は、壊れてしまったらしい……。

 まあ、そうだろうな。


     ☆


 俺は晩のうちに教団直営の病院に入院し、翌朝に脳を始めとする検査を受けた。

 その後、俺と保護者のシスターベロニカは、診察室で主治医からの説明を受けることになった。


「体の方は問題ありませんが、脳に若干の損傷が認められました。中には古いもの、回復しかけのものまで。これは一体……。これから本部の方に対応を問い合わせますが、とにかく勝利君の狩りは当分休ませてあげて下さい」


 横に座ってぼんやり話を聞いていた俺は、狩りを休めと言われてひどく項垂れていた。しかし、あんな不始末をやらかしては、イヤだとも言えない。

 言われたとおり、病院で大人しく療養するしかないだろう、と諦めていた。


「この後、僕はお母さんとお話があるから、勝利君は病室に戻っていてください」

「はーい……」


 気の抜けた返事をすると、俺はスリッパをぺたぺた鳴らしながら自分の病室へと去って行った。



     ☆☆☆



<シスターベロニカ side>


 息子が遠ざかったのを確認し、主治医は話を続けた。

「さて、ここからが本題です。シスターベロニカ」


 緑地公園の一件以来、勝利の主治医となった、三十代半ばの男性医師――新見が、モニタに映し出された脳の断面画像をボールペンの先で指して説明をしている。


 脳外科は専門ではないが検査を行った医師からおおむねの説明は受けているそうで、その際携わった全員が画像を見て絶句したという。


 さすがに当人の前で有り体に語るわけにもいかず、やんわり仕事を休むよう言っているが、二人きりになった後、「これは超回復能力を持つ勝利を利用した、悪質な人体実験ではないのか」と保護者である私、シスターベロニカに訴えたのだ。


 無論、私も薄々気付いてはいたものの、門外漢であるため明確な疑問を抱くには至らなかったのだ。


 教団のある種非人道的な振る舞いは、多くの人命救助を免罪符に人目のない場所で多々行われているが、この事実を知る教団職員は少ない。新見もその一人だった。


 彼はこの数日、私が勝利の監視者なのか名実ともに保護者なのかを見極めた後で、教団による勝利への非人道的行為の事実を伝える決心をしたのだ。


 結局、対異界獣大量殺戮生体兵器としての勝利を完成に導いたのは私自身になるが、その罪を自覚するまでに幾年もの時間を要することになった。


 現状で教団の主力であり、替えの効かない存在のため、そして日々異界獣に脅かされる人々がいる以上、勝利を引退させるためには難しい問題が山積している。


 ――今すぐ息子を救うことは、誰にも出来ない。

 だが、いずれ。私は胸に秘めた。



     ☆☆☆



 遅れて病室に戻ったシスターベロニカが、俺に語りかける。

「そんなに落ち込むことはないだろう? 具合が良くなったらまた仕事に戻ればいいだけじゃないか」


「だって……」


 俺が診察を受けている間に遙香が見舞いに来たようだ。

 花瓶に花が生けられ、テーブルの上にメッセージカードが置かれていた。

 だが、俺はそれを手に取って見る気にはなれなかった。

 どうせ、よりを戻したいと書いてあるに決まっている、と。


「ところで、昨夜のことだが……覚えているか?」

「ああ。忘れるわけないよ……」

 ちら、と母の腕を見る。


 シスターベロニカの左腕は、新品の義手で普段どおりに戻っていた。


「腕のことではなく、その前だ」

「前?」


「何故、錯乱していたのか、だ。作業途中からお前は無線に応答しなくなり、呼吸が荒くなったり、うめいたり、うわごとのように何かをぶつぶつ言ったり、叫んだりわめいたり。あの場所で、一体何があった」


 俺は口ごもった。

 遙香のことを考えて、考えて考えて、痛みに苦しんで、そして壊れて狂って、なぜかハイになって、そして暴れて――――。


 こんな恥ずかしい本当のことなんて、どうして母親に言えようか。


「………………」

「私が優しいうちに吐かないと、分かってるな?」


 シスターベロニカは、俺の顎をつい、と持ち上げて、射るような目で見た。

 彼女の青い瞳が、冗談を許さない空気を醸し出している。


「……ごめんなさい……」


 俺は不覚にも、ぽろぽろと涙を零した。

 子供の頃から厳しく躾けられているので、シスターベロニカには逆らえないのだ。

 ヘビに睨まれたカエルの如く、身動きの出来ないまま、洗いざらい白状せざるを得なかった。


 考えてみて欲しい。

 思春期の男子が、惚れた腫れたを保護者の前で吐き出すなんて、どれだけの苦痛だったかを。部屋のエロ本が暴かれるより千倍恥ずかしい。


 ……ところが、彼女の反応は俺の予想と違っていた。


「誰がお前にキラーマシンになれと命じた? 私はそんな事を言った覚えはないぞ」

「……はい? いやでも、俺の仕事は害獣駆除でしょう? 何か問題でも……」

「このバカチンが!」


 言うと同時に、俺は頭をゲンコツで殴られた。

 シスターベロニカ、今時日本人でも言わないような怒り方をする。


「いたいっ。なんでぇ……」


「お前は今まで通り、そこそこ仕事をして、そこそこに遊んでいてくれれば良かったのだ。それに、私はお前に異性交遊を禁じた覚えはないぞ?」


「え? え? そんなダラダラした生活で良かったの? 聞いてないよ」


 恨めしげにシスターベロニカを見ると、彼女は申し訳なさそうな顔で言った。


「特に言う必要がないと思っていたし、今まで支障も出ていなかったからな」

「ま、まあ……確かにそうだけど……。俺もずっと不自由なかったし」


 俺が遙香に再会するまでは、確かに俺の仕事にも生活にも、全く支障がなかった。

 冗談抜きで、全く不満も一切なく、それなりに生活してきたのは間違いない。

 だが――。


「良く聞け。お前は記憶障害が原因で、メンタルがとうふで不安定なのだ」


 俺にとっての記憶障害とは、機械を使って地形を覚えると、トコロテン式に別のことを忘れてしまう例の症状である。


「メンタルが弱い? この俺が? まさか~」

「冗談ではない。お前にそう自覚させぬよう、我々が配慮していたのだ」

「配慮、ねえ……」


「我々は、お前にストレスを与えぬよう、余計な情報を見聞きさせぬよう気を遣い、メンタルを良好な状態で維持してきた。多大な犠牲を払ってな」


「……………………」

 多大な犠牲。まあ、そうだろうな。


「なのにお前ときたら、勝手にJKに熱を上げて、勝手に自分を追い込んで、勝手に病んで、勝手に恋人を泣かせて、勝手に親を心配させて、どれだけ周りに迷惑をかけたと思ってるんだ、バカモノめ」


「は? は? え? 俺が全部わるいの? なんで? ホワイ?」

「ま、まあ、こちらにも非はあるが……。だが思い込みが激しいにも程がある」

「だってぇ……」


(いや、あの設定なら誰でも病むってば!)


「一体、何をどうしたら、お前の居場所がなくなるんだ。狩りをする前からお前は教団にいたではないか。狩りが出来ようと出来まいと、お前は教団の子供、居場所に変わりはない。それに……」


 シスターベロニカは、口ごもった。

 普段はっきりした物言いの人物がめずらしい。


「それに?」


「……万が一、教団に居場所が無くなったら、お前の居場所くらい私が作ってやる」

 シスターベロニカは少し恥ずかしそうに言った。


「なに、照れてるの」

「……べつに」


 彼女はぷい、と向こうを向いてしまった。

 俺はベッドを回り込んで顔を覗き込んでやった。

 ――真っ赤だった。


「ど、どうしたの?」

 シスターベロニカは無言で俺を見つめた。


 そして十秒ほどして、口を開いた。

「まさか、女を捨てたこの私が、よりによって天使の親になるとは……。どういう冗談なのか、全くもって今だに信じ難い」


「イヤ……ですか。人の子じゃないのは。やっぱ、気持ち悪いよね……」

「やはり忘れているのか。お前を引き取った時の事を」


 シスターベロニカは、少し残念そうに言った。

 俺は、はにかむことしか出来なかった。


「遙香だけではない。私も見ているのだよ。幼い頃の、翼を広げたお前の姿を」


 そう言って、シスターベロニカは俺をベッドから軽々と抱き上げ、高く掲げた。

 成長した現在でも、シスターベロニカの身長は俺よりずっと高い。


「あの日、ブラザーが私に言った。教団の宝を貴女に託します、と。私は、とんでもないものを預かってしまった、と責任の重さにおののいた。

 物陰からお前の姿を見て、こんなにも神々しく、可愛らしい生き物が本当にいるのか、と我が目を疑った。

 ブラザーは私の心を察したのか、あの翼は造り物ではありませんよ、と囁いたが、そんなものは見れば分かる。なぜなら、お前は己の翼で羽ばたいてみせたからだ。

 そして私は、翼を広げたお前をこんな風に抱き上げた。淡く光る真っ白な翼に風を受けて、お前はとても嬉しそうだった。その時の笑顔が今でも忘れられない」


 シスターベロニカは、興奮気味にそこまで一気に語ると、息子をベッドの上に降ろした。

 そして俺は、そんな大切なことを忘れてしまった自分が、とても情けなく、悲しかった。


「宝……って、聞いてないよそんなの……」


 自分はなんてバカなのか。

 居場所がなくなるのが恐いから、必死に遙香のことを忘れようとして、必死に狩りをしてたんだ。

 なのに、無くなる心配がないのなら、そんなことで発狂する必要なかったんだ。


「ごめんなさい……覚えてなくて」


「構わんさ。何度でも語って聞かせてやる。お前は皆の、私の宝だ。忘れずに、お前の長期記憶脳に焼き付けろ」


「……はい。母さん」

「人前ではやめてくれよ。恥ずかしいから……」


 俺は思わず両手を差し伸べていた。

 指先に触れるシスターベロニカの亜麻色の髪は柔らかく、繊細だった。

 そして、彼女の白い頬を撫でた。


 ――今度こそ、忘れるものか。


 二人は抱き合った。子供の頃のように。

 しばらくして、シスターベロニカは、ひどくバツが悪そうに俺を戒めから解くと、ポケットから何かを出してきた。


「ほら、書いておいたぞ。学校に持っていきなさい」


 シスターベロニカが、写真部の入部届を俺の前に差し出した。

 細かく折りたたんだシワも、アイロンでもかけたみたいに綺麗に伸されている。


「でも俺、入部する気ないし……」

「しろ」

「……え?」


「お前は今日から無期限で休暇を取れ。仕事の方は心配するな。補充要員の手配もしてある」


「でも、アンジェリカが精一杯だったんじゃ……」


「要るものは要るんだ。無理にでも寄越してもらうまでだ。それに、仕事をしたり、ガールフレンドと会わないことでお前のメンタルがダメになるくらいなら、いっそ遊んでいてくれた方が、我々にとっても都合がいい。だから休むんだ。いいな?」


「そ、そんな急にムチャクチャなあ……」

「いいからママの言うことを聞いて、おとなしく乳繰り合っていろ!」

「……はい」

 これは従う他はなさそうだ。


     ☆


 ――にしても。仕事より俺の精神衛生の方が大事って、今さらだよな。

 それに……。今さら、遥香となんて。今さら……だよな。

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