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【5】混沌の廃病院 5

「クソッ、おしまいかよ!」


 俺は、とうとう一階の端まで来てしまった。

 異界獣の返り血を全身に浴びてもまだ、狩り足りないようだ。



 俺はバァン、と大きな音をたてて、A棟一階端、非常口の金属ドアを蹴り破った。

 蝶つがいが錆び付いていたのか、ドアは軽々と向こう側に吹っ飛んだ。


 俺がドアから頭を出して外を伺うと、そこは隣接したB棟との間にあるスキマだった。連絡通路と思しき敷石は雑草に埋まり、そこここにドラムカンやパレットが雑然と置いてある。

 恐らく、廃業にあたり処理する金もなく、放置されたものだろう。


 何かがガサリと音を立てた。

 枯れた雑草を踏んだような音。質量のある敵がいる。


 ――大きい。


 俺はウイップを腰の後ろに収納し、銃に持ち替えた。

 感じたことのない、寒気と高揚感のダブル責めに俺は酔った。


 ――敵を確認しなければ。数も不明なんだから。

 しかし……早く、早くこいつを仕留めたい。


 俺は初めての強い欲求に、抗うことは出来なかった。


 ガサリ……


「そこかぁッ!」

 俺はドアから飛び出し、獲物に向かって銃を発砲した。


「撃つな!」

 だが、俺が引き金を引いたと同時に叫び声がした。


 ――え?


 何かに当たって砕ける音と、女の子の悲鳴。

 そして四散した青白い炎に照らし出されたのは――――


「シスター……ベロニカ。……ハルカ……なんで……」


 腕を木っ端微塵にされたシスターベロニカと、その背後には――遥香!

 呆然とする俺に向かって、シスターベロニカが枯れ草を踏み、ノシノシと近づいてくる。


「バカモンッッッ!」


 シスターベロニカの怒声が廃墟に響く。

 そして俺の体が吹っ飛んだ。

 もう片方の、生身の腕で、俺は母親に殴り飛ばされた。


 ひっくり返った俺は、暗視ゴーグルを額にぐいと持ち上げて、二人を見た。

 薄明かりの中で、鬼の形相のシスターベロニカと、怯え切った遙香が己を見下ろしている。


「え……あの……あ、あ……ああ……」


 口の中に血の味が広がる。遥香を撃ったあの晩と同じ味が。

 そして、同じ苦しさが胸に広がる。……何も言えなかった。


 でも、おかげで自分は『正気に戻る』ことが出来た。

 ――代償は高くついたが。


「ごめん……なさい。どうしてもショウくんに会いたくて、教会で見張ってて……そしたらショウくんが車に乗ったから……ついてきちゃった……ごめんなさい……」


 遙香がひざまずき、半身を起こした恋人にすがって泣き出した。

 自分達が乗ってた車に自転車か何かでくっついてきたんだろう。

 まったく……。こいつの行動力だけは一丁前だ。


「もう……全部メチャクチャだよ……何で……何で来ちゃったんだよおぉ」

「だってぇ……」


「だってじゃねえ! ああもう! 俺の決心やら苦しみやら悲しさやら全部台無しじゃんか! 俺は不器用なんだから、来ちゃだめだって何でわかんないんだよ!」


「でもぉ……会ってくれないから……」

「でもでもダメ!」


「分かってるから彼女は来たんだろ」シスターベロニカが言った。

 左の肩から下が無残なことになっている。

 母は義手を犠牲にして、遙香を守ったのだ。


「腕……ごめん……なさい」

 俺は自分のやらかした事の大きさに怯えた。

 ――俺、サイテーだ……。


「また新しいものに取り替えれば――」

 と、シスターベロニカが言いかけた時、


「バカヤロー!」

 シスターアンジェリカのシャウトと共に、俺の体が吹っ飛んだ。衝撃で暗視スコープも外れ、闇の中に転がっていった。


 ――ぐぼっ……。息が……。

 できない……。


 遥香の悲鳴が聞こえる。あいつも巻き添え食らったのか。

 くそぉ、アンジェリカめ……。


「げほっ、ぐほ……い、いてぇ……」


 アンジェリカの跳び蹴りを肋骨のあたりに喰らったようだ。一時的に呼吸が出来なくなった俺は、しこたま咽せて、地面の上で無様にのたくった。


「ショウくん!!」遙香の悲痛な声が響く。


「ぐぎゃッ!」

 そしてすかさず接近してきたアンジェリカに、間髪入れず腹を踏みつけられた。


 ――ざけんな、この女……動けねぇ……


「やめてえぇっ!」

 遙香の静止などアンジェリカの耳には入っていない。


「お前! 姐さんの腕を吹き飛ばしやがって、許さん! 許さん!」

 アンジェリカは人が変わったように、俺を憎々しげに何度も何度も踏みつけた。


「やめてぇ、ショウくんが死んじゃう!」

 遙香が這い寄り、アンジェリカを止めようとしている。


「危ない……から近づ……くんじゃねえ……」

 俺は声を絞り出した。


 ふっと、腹の上が軽くなった。

 と思ったら、アンジェリカが宙づりになって、足をブラブラさせている。

 首根っこを押さえて苦しそうだ。


「アンジェ! 貴様のその汚い足を私の息子からどけろ!」


 ブチ切れたシスターベロニカが、アンジェリカの首根っこを掴んで、宙に持ち上げていた。

 シスターベロニカは身の丈二mもある大女だ。標準的な女性の身長であるアンジェリカなど子供と大人ぐらいの差がある。


「も、申し訳ありません……姐さん……」

 苦しそうに言うアンジェリカ。


 シスターベロニカは、フンと鼻を鳴らすと、アンジェリカを軽々と地面に放り投げた。

 一体二人はどういう関係なんだろう?


     ☆


 そして若干残った仕事を早々に片付け、シスターベロニカ一行は廃病院を後にした。もちろん、遙香も一緒に。


 俺と遙香はベロニカにこっぴどく怒られて、これから教会でお仕置きされることになった。



 ……ヤバイ。死ねる。

 シスターベロニカのお仕置き、マジ死ねる……

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