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【4】混沌の廃病院 4

「三階の駆除終了しました。これより二階に移動します」


 俺は、病室内を全て処理し、ナースステーション、処置室、倉庫も全て開け、反対側の階段までやってきた。振り返れば、そこには極彩色のフロアが広がっている。


 だが連中の体液や臓物は闇夜に隠され、月明かりの差し込む廊下だけが、彩度の低いまだら模様を可視化させていた。


 先日の雨で、屋内はかなり湿気を帯びている。


『了解です。弾薬はまだ大丈夫、ですか』

「はい、なくなったら、その時は他の得物で続行します。問題ありません」

『了解です。あまり道路側の窓でハデなことをしないで下さい。近隣から通報されますので』


 チッ……。


「了解。努力します」


 する気なんかない。奴らを全部殺せば文句ないだろ。

 そうさ。皆殺しにして、さっさと次の町に行かなきゃ。



 さっきっから、頭が割れるように痛い。

 病棟に入ってから、どんどん痛くなってきている。


 まだ仕事をするには早かったんだろうか? それとも風邪でもひいたかな……。

 反吐が出るような奴らの臭気だけど、それで頭痛になったことはない。

 痛い……痛いよ、ハルカ――


 俺はサブマシンガンの弾倉を入れ替え、頬に流れる何かを拭った。明るい場所ならば、きっと異界獣の体液と見紛うだろう、俺の青い血液を。


 ……そういえば、さっき何かに引っかかれたっけか。もうそいつ死んでるけど。別にいいや。


 もう、死ぬ奴のことなんかどうでもいい。

 獣がどこに沸こうと関係ない。

 いなくなるまで掃除するだけだから。

 俺は掃除屋。それ以上でも、それ以下でもない。



【あの子を見殺しにした方がよかったの?】



 ――そういうことになるよね。

 だって俺が俺でいられなくなっちまうんだから。


 胸に強い圧迫と痛み。

 急に空気が薄くなった気がする。

 苦しい――。風邪ってこんな急に悪化するものなのか?


『ショウくんさん、あの、大丈夫――』


 アンジェリカが何かを言ってる。何だろう?

 うるさいな……ちゃんと狩るよ。文句ないだろ?

 余計頭が痛くなる。うるさい。うるさいうるさい。


 頭と胸に激しい痛み。頭蓋骨が押し潰され、脳が爆ぜてしまいそうだ。

 階下に降りる途中、同時に襲ってきた苦しみに、俺は踊り場で膝をついた。


「ぐはッ……、ここで……ここで倒れるわけには……」


 ――そうか。これは。

 あいつを思うから痛いのか。あいつを。

 それなら――『遥香を完全に忘れてやる』


【あいつはもう、俺の中にはいない】

 そう、心にインプットした。


 あいつにどう思われようと、勘違いされようと、もうどうでもいいんだ。

 あいつと俺は、関係ない。関係なんかないんだ。

 ――俺とアイツは関係ない。だって俺は、ただの通りすがりだから。


【俺はただの通りすがりの異界獣ハンターだ】


「あ……治った」


 そう思ったら、今までの不調がウソのようにスッキリした。

 トントンと、残りの階段を降りていく。


 さあ、次のステージだ。

 とても気分がいい。

 なんだ、簡単だった。そっか。そうなんだ。


 そうだ、何も考えちゃいけないんだ。

 そうすれば、こんなに気分よく仕事が出来る。

 みんなと楽しく生活していける。


 何も考えるな。

 考えるな。考えるな。考えるな。

 考えるな。考えるな。考えたら負けだ。考えたら終わりだ。


「あ――――――はは、はは、はははははははははははははは!」


 爽快だった。

 奴らを惨殺する速度が上がっていく。

 まさに瞬殺だ。

 そう、お前等は俺に殺されるためにいるんだ。

 そして俺は、お前等を殺すためにいる。

 だから、大人しく俺に殺されろ!

 抵抗なんかするな!


 死ね!

 死ね!

 死ね!


「あはははははははは、何も知らない。何も考えない。だから、だから俺は強い!」


『どうしました! 勝利君! どうしました! 返事して下さい!』


「うるさい! うるさいうるさいうるさい! ジャマするなあああッ!」


 俺は素早くマガジンを入れ替えると、悠然と廊下を歩き、床、壁、天井に張り付いた異界獣を次々に惨殺していった。

 彼の歩く後に、奴らの残骸、体液、暗い廊下に一気に溢れ、ジャングルの極彩色の臭い花のように、辺り一面咲き乱れる。


 気付いたらもう、廊下の反対側だ。

 もっと殺さないと。もっと。もっと。


 俺は一気に階段を飛び降りて、最後のフロア、一階に向かった。

 地上階のせいか、一層ジメジメしている。

 あたりが急に暗くなった。いや、暗くなったんじゃない。仮囲いで、ただでさえ少ない明かりが入らなくなっていたのだ。

 月明かりも、街灯の明かりもあまり届かない。俺はスコープの感度を上げた。


「む……。アレがいる。イヤだな……」


 耳障りな声が聞こえてくる。キィキィと金属を引っ掻くような不快な音。

 そいつは飛行型の異界獣だ。こちらの世界でいうコウモリに近い形状をしている。

 何度か首や耳を囓られたことがある。人間より細菌に強い自分でも、こいつだけはすぐ傷口が膿むから嫌いだ。


「クソッ、堕としてやるッ」


 俺は両手の銃を太股の大型ホルスターに突っ込むと、腰の後ろから電磁ウイップを二本取り出した。


 こいつは最近完成した、教団開発部ご自慢の新作だ。

 ウイップの表面は金属製のツメをいっぱいつなぎ合わせたような形状で、一つ一つに返しがついている凶悪な武器だ。拡大したサメのウロコにも似ている。


 ウイップに敵が接触するとジジッと焼けて落ちる。

 とにかく、まるで自分専用にあつらえたように、すごく手に馴染む。

 しなり方もとても気分がいい。いつまででも獣を粉砕出来る気がする。


 奴らにヒットして、肉が弾ける感触が伝わると、言葉に出来ないような爽快感が体の芯から沸き上がる。

 ……もっと早く使えばよかった。


「もっと楽しませろよッ! ほら! ほら! ほら!」


 俺は壁や床を削りながら、奴らを追い詰めていった。ウイップの風を切る音が、奴らの耳障りな鳴き声をかき消してくれる。


 時折パリンと天井の蛍光灯が爆ぜる音がする。シャリシャリした炸裂音は耳に涼しくて気持ちいい。


 もっと、もっと壊したい。

 破裂させたい。

 殺したい。

 壊したい。

 殺したい。


 片っ端から粉砕しながら歩く自分は、まるで広大な麦畑を走る刈り取りマシーンだ。


 ――そう、俺たちは、あいつらの命を刈り取る死神だ。

 黒装束の死神だ。刈って、狩って……

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