【2】混沌の廃病院 2
「というわけで、やってきました。『廃・病・院』キャアァァ――ッ!」
「なに言ってるんですか、ショウくんさん」
「いや、だって……」
……もう帰りたい。ホンットにヤバいんだって。
今夜の仕事場は、教会から車で少々、町外れにある廃病院だ。
現場にやってきた教団スタッフは三名。シスターベロニカと俺は突入班、アンジェリカは通信とバックアップ担当だ。
幽霊が霊障がとかいうレベルじゃなくて、ガチで化け物の巣になっている。
あいつらは、こんな陰鬱でジメジメした所が大好きなんだ。
(何でこんな病院ほったらかしにしてんだ? 取り壊さない奴の気が知れないぞ)
さっきブリーフィングで聞いた話では、この病院内には小物ばかりが大量に巣くっているそうだ。丸ごと焼き払ってしまえればラクなんだけど……
工事用の仮囲いで封鎖されているのが、せめてもの救い。廃墟マニアだの、心霊スポットマニアだのが、いたずら半分に中に入りでもすれば、たちまち餌食になって、何もかも食い尽くされる。
飢えたピラニアのいる川にジャブジャブ入っていくようなもの。ハンターだって武装しなきゃ同じ運命だ。
俺が工具で仮囲いの一部を器用に外して中に入ると、敷地内は雑草だらけだった。アスファルトの敷いてある所ですら、あちこちひび割れて草だの木だのが生えている。
(自然すげー……)
駐車場の隅には、まだ囲いのなかった頃に放置され、ぎりぎり原型を留めている朽ちかけた乗用車や、不法投棄された家電などの粗大ゴミの山などがあった。
「管理者がいないと、人って何でもするんだな。こういうのどこでも多いんだぜ。まったくひどい話さ……」
こういった廃墟のように、隠れる場所が多くて、昼間も暗い場所に異界獣が棲みつく。ものが廃墟だから、その内部や周辺地域も荒れていることが多い。
ときには、トラック何台分もの廃棄物が捨てられていて、駆除の前にゴミをどかさなければならない時もあった。
その度に肉体労働をするハメになるのは、おおむね俺である。
病院の外観を見ると、ツタが這っていたり、スプレーで落書きしてあったり、窓が割られていたり、となかなかロックな佇まいである。ときどき、その破れた窓のはじっこから、異界獣たちがチラチラこっちを見てるのが分かる。
ここに来て、また緑地公園の時のようなヘマをしたら……と、少し恐くなったが、あいつらの顔を見たら恐怖は吹き飛んだ。
そう、いつもどおりに駆除すればいい。何も問題なんかない。
そう思ったら急に冷静になれた。
……待ってろよ。お前ら全員血祭りに上げてやっからな。
俺が雑草だらけの病院敷地内をぶらぶらしている間に、シスターアンジェリカは指揮所の用意をしていた。と言ってもキャンプ用テーブルの上に無線機や救命キットなどが置いてあるだけだが。
さらに彼女の足元には、予備の弾薬、武器、こまごました物を入れたコンテナが幾つか。おちゃめなステッカーがペタペタ貼ってあるから、きっと彼女の私物なのだろう。
「貴様は仕事に来たのか、心霊スポットに遊びに来たのかどっちだ」
ふいに、尻をライフルの銃床でドつかれる。
ぶらぶらしていたら、シスターベロニカに怒られてしまった。
病院は、病床のあった二棟(それぞれA棟、B棟と呼称)と、脇にあったボイラー室、調理室と倉庫などは中途半端に解体され、ほぼ屋根と柱だけになっている。
俺は一旦A棟屋上に上がり、下へ下へと殲滅していく。シスターベロニカはB棟の下から上へと殲滅していくことになった。
(こんなお化け屋敷で別行動は恐いけど、そう大きな建物でもないから……多分大丈夫だよね)
俺は装備品を再度チェックすると、愛用のワイヤーフックで一気に屋上に上がった。風が吹き、俺はふと風上に視線を泳がせた。
数瞬、彼は町の夜景に目を奪われた。
……あのあたりに遥香の家が……
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカ俺のバカ! 考えたらダメだ!」
俺は歯を食いしばった。
――遥香を想う気持ちに支配されたら、俺は戦えない。
戦えなくなったら、教団から追われて野垂れ死ぬしかないんだ。
狩りの出来ない狩人は、ただのゴミだから。
ゴミゴミゴミ、ゴミだから。
「でもッ! 俺はッッ!」
階下にひしめく化け物――『異界獣』――を、一匹残らず殲滅して、町を守る。
無論、遥香も。だから、
『――勝利、用意はいいか? 始めるぞ』
シスターベロニカからの通信だ。
「準備OK、状況を開始します」
俺は額の上から暗視ゴーグルを下げ、屋上から夜の廃病院に侵入した。