【6】惨劇の予兆 6
「ちょ……とまてよ……」
街灯を七本通過した先、カーブを曲がりきった所にそれはいた。
俺も良く知っている種類の化け物だ。
コードネームは『アンモナイト』
体高約二m、黒が多い異界獣の中では例外的に体色が白っぽくて、エビのように背をぐぐっと丸めた異形の物体。頭は魚か、は虫類のように尖っていて、口が四つに裂けている。
二足歩行の足は太く、カエルに似ているが、表面がウナギのようにヌルヌルしており、前脚の代わりにニョロニョロした触手がたくさん生えている。
触手は一、二mは軽く伸びて、敵の体を簡単に貫く武器になっている。
――というのは教団資料の情報だが、今の奴は白い全身を、返り血で真っ赤に染めて立っている。
それにしたって憶測だ。
灯りに照らし出された側面は返り血で真っ赤に染まり、影になっている部分は真っ黒で何も見えない。
でも血の臭いはプンプンする。
さっきの二人の臭いがする。
だからきっと全身だ。
それと、化け物の体液の臭いと奴のくさい息の臭いも。
ぼんやりと佇んでいたアンモナイトは、ふいに、くっと頭をこっちに向けた。
何かが奴の口元でぷらん、とゆれた。
触手ではなく、あきらかに咥えてるもの。
それがブラブラとうごめいている。
――くっ、俺の知らない新種なのか? マズイな……敵のデータがないなんて。
俺は接近される前に、すかさずペイント弾を敵に三発撃ち込んだ。
全弾命中。満腹なのか、反応は鈍い。
ぶるん……。
奴がぐるっと上体を俺の方に回すと、口元に咥えた何かが大きく揺れた。
とがった口を四つに裂いてキシャ――――ッ、と奇声を上げたとき、その何かはぼとり、と落ちた。
地面に叩きつけられ、グキャッと鳴いたソレは、頭部以外が剥き身で、死に損なった犬だった。
体表の被毛はすっかり失せ、赤く筋肉が露出して全身から血を流している。恐らく噛みつかれた際だろう、肋骨が折れ、数本が外に突き出していた。
素人目でも、助からないと分かるほどの無残な姿だった。
(可愛そうに……)
俺は、犬の頭を銃で撃ち抜いた。
慈悲の射殺だ。
楽に死ねるよう、ペイント弾ではなく実弾の入った銃で。
実弾――教団で製造された化け物用の特殊弾は、一撃で犬の頭部を粉砕し、辺りに青白い炎を撒き散らした。
俺は、荼毘の炎に照らし出されたアンモナイトの全身を見た。
やはり想像通りの血みどろ。
だいたいは赤く、たまに紫とか青のまだら模様だ。
赤は人の血、そして紫や青は、共食いの結果だろう。
ダンッ、と力強く地面を蹴って、アンモナイトがふいに飛びかかってきた。
(よし、来い! 鬼ごっこのスタートだぜ!)
俺は狙撃ポイントへ、アンモナイトのエスコートを開始した。
「こちら勝利。釣り、開始します!」
『オーケイ、です。気をつけて』
アンジェリカの声に緊張が走る。
俺は、頭に叩き込んだ地形データを頼りに、師匠シスターベロニカの待つ狙撃ポイントまで一直線に走った。
柵を跳び越え、林を突っ切り、花壇を踏み潰し、正確無比に疾走する。
――俺は過去と引き替えに、こいつらを狩っているんだ。
そう思うと、俺は急に怒りがこみ上げてきた。
「ちくしょうちくしょうちくしょうッ、何で俺だけ! 俺だけぇッ!」
『どうされましたか? トラブルですか?』
驚いたアンジェリカが呼びかけた。
「なんでもねえよ――ッ!」
俺は絶叫した。
……ごめん、ただの八つ当たりだ。ごめん、アンジェ。
『勝利、大丈夫だ。いつも通りやればいい。後は私に任せろ』
シスターベロニカが通信に割り込んで来た。
錯乱した息子を落ち着かせようと、ゆっくり語りかけた。
「了解……です」
いつものように。
そう。
いつものようにやればいい。
でも、今夜の俺は、いつもの俺じゃなかった。