【5】惨劇の予兆 5
『こちらアンジェリカ、まだ現着しませんか? ショウくんさん、どうぞ』
「少しトラブルがあった。これから向かう」
いいかげん現場に到着しない俺を心配して、シスターアンジェリカから通信が入った。
必要以上に彼女がイライラしていると思ったら、俺がタケノコや担任教師に構っていた間、警察官が三、四人ほど食われたという。
シスターアンジェリカとシスターベロニカの二人で始末したようだが、他にもかなり凶悪な奴がいるはずだ。急がなければ……。
俺は気を取り直して、再び獲物の臭いを追いはじめた。
辿っていくと、始めに聞いていた惨殺現場に着いてしまった。
血の臭いと奴らの臭い、そして酸のような……いろんなものが混ざり合って吐き気を催しそうだ……。
そこは、サイクリング道の起点になっている場所で、オシャレなレンガを敷いたちょっとしたスペースに、水飲み場とかベンチとかが設置されている。きっとこの二人は、ここで夕暮れのひととき、イチャついていたんだろう。
――そう、被害者は若い男女だ。遺留品のラケットとスポーツバッグから見て、近くのテニスコートに来ていたと思われる。
地面にはおびただしい量の血と、食い散らかされた内蔵の破片や千切れた皮膚、食べにくい腱などが少々。でもこれは、食べこぼしと言っていい程度の量だ。
若い男女だとすぐに分かったのは、首から上がそっくりそのまま、焼き魚でも食ったみたいに頭と骨だけキレイに残っていたからだ。
ただし、手足はもぎ取られていたけれど。
でも、それは幸いなことだと思う。
あいつらに食われた死体で顔を遺族に見せられるようなものは稀で、納体袋を開いた途端、安置所に悲鳴が満ちるのが常だ。
そういった被害者の葬式を自分たちの教会で執り行うことも多く、俺も当然スタッフとして参列する。
……だから、顔だけでも綺麗なまま残っていたってことは、遺族にとって幸いだ、って思うんだ。最後の最後まで、お別れを言えるから。
「ん、これは……」
なんてこった。食い足りなかったのか……。
ヤツは他の化け物までむさぼり食っていた。
サイクリング道の先の方に、点々と残骸が落ちている。
ああもう、最悪だ。こんな大喰らいに出くわすなんて。
奴らは、喰えば喰うほど強くなる。
頼むからこれ以上喰わないでくれよ。
俺はシスターアンジェリカに一報を入れた後、装備品の中から発光ペイント弾と銃を取りだした。
この光を頼りにシスターベロニカが狙撃をする。自分の役目は、敵に夜光塗料をブっかけて、シスターベロニカの射線におびき出すことだ。
パン屑ならぬ、死体屑と臭いを追って、俺は全力で走った。