【4】惨劇の予兆 4
タケノコ一行を脱出させた俺は、急いで戻り捜索を再開した。
「よかった、まだ臭いは消えていないぞ」
さきほどから追っていた臭いを辿っていくと、立派な花壇広場に出た。
円形に花が植えてあり、柵の周囲にベンチが点々と配置されている。
市民の憩いの場なのか、とても居心地の良さそうな場所だ。
こんな所を遥香と一緒に歩いたら……なんて一瞬思ったが、俺は頭をブンブン振って遥香の妄想を追い出した。
警戒しつつ花壇を回り込んでいくと、小さい異界獣が一つのベンチにわんさか集まっている。なんだろうと思って見て見ると……
ヤバイ!
誰か寝てる!
つか食われてんじゃないのか?
俺は慌てて駆け寄った。
そいつがまだ生きてるかどうかわからないが――。
「あれ?」
それは、この仕事を何年もやってきて初めて見る光景だった。
ベンチに横たわった男性の周りを囲むように、手乗りサイズの小さな異界獣が群がり、ぴょこぴょこ撥ねている。
そいつらは時折男性に飛びつこうとするけれど、バリヤーのようなものにぶつかったように、ポンと跳ね返ってしまう。
だからなのか、寝てる人は全くの無傷だった。気持ち良さそうに眠っているのが、かえって腹立たしい。
教団のテクノロジーでも、現状でここまで奴らに効果のあるバリヤーは開発されていない。一体どういう仕組みなのだろう?
俺は、群がる獣の中から一匹掴み上げ、むぎゅーっと握った。
その瞬間、プギャ――ッと耳障りな鳴き声を発し、じっとりと冷たく湿り始めた夜の公園に響き渡った。
鳴き声を聞きつけた同族が集まる気配に、ぞわっと肌が粟立つ感覚を覚える。
俺は握った異界獣を、すぐさま遠くの芝生に放り投げた。
傍らで眠った男性にまとわりついていた異界獣たちは、一斉に投げ飛ばされた哀れな同胞を追いかけて、潮が引くように去っていった。
「やれやれ……。さてと」
邪魔者は片付いたので、呑気に寝てるその男に声を掛けてみた。
「あのー、こんなとこで寝てると危ないですよ?」
俺の呼びかけで目を覚まし、むくりと起き上がったのは、長身痩躯の三十代くらいの男。
「ふわぁ~……、あれ? 多島君じゃないか。……って、もう夜か」
「……誰」
本気で見覚えがない。
「やだなあ、君の担任じゃないか。それはそうと、その様子だと狩りの最中だね。この辺で沸いたのかい? 例のアレ」
言われてみれば、確かに担任の先生だった。
にしても……なぜ事情を?
「ま、まあ。ていうか、ここで何してる?
なんでアンタはアレに食われないんだ。どんな秘密兵器を使ってる?
同業者なんだろ。どこの組織だ? 何で学校にいるんだ?」
「いっぺんに聞かないでくれよ。順番に説明するから。
えーっと、僕はここに教材用の植物を採取に来た。で、疲れてついうたた寝をしていたんだ。僕が魔物に食われないのは、僕がここの土地神だからだよ」
「と、土地神?」
「無論、秘密兵器も仕掛けも何もないし、同業者でもない。情けない話だが、僕はあいつらに食われはしないが、倒す力もない。本来なら僕がこの町を守らなければならないのに、教団にお任せしっぱなしで申し訳なく思っているんだ」
「はあ……」
俺は、先生の言ってることも、先生自身のことも飲み込むのにちょっと時間がかかってしまった。なぜなら、自分以外の人外を初めて見たのだから。
……いるんだ、土地神なんて。
「実はね、再開発で僕の社を取り壊されてしまってねえ、再建資金を貯めるために、学園で教師のバイトをしているんだ」
「た、たいへんですね……」
ずいぶんと世知辛い理由で教師やってたんだな。
兎に角、短期間とはいえ、己の担任教師の惨殺死体を見たくはない。
事情を説明し、先生には速やかに家に帰ってもらった。
いくら土地神教師がちっこいのには無敵でも、デカイのに食われない保証などないんだから。