【3】惨劇の予兆 3
夜の公園内に、放送が流れる。
緊迫した空気の中、ゆっくりと発音する女性の声が、広大な園内に鳴り響く。
残っている来園者は、至急退避しろという旨だ。
猟奇殺人犯が凶器を振り回して犠牲者が出ているというものだが、当然ながら(いれば)犯人も放送を聞くのだから、逆に危険では……という疑問を抱く、勘の良い市民もあるだろう。
「もう残ってる奴はいないんじゃないのか?」
俺はシスターベロニカに尋ねた。
「いても聞こえはせんだろうな。まあ、最後通告のようなものだ」
「向こうで納体袋が陸自のトラックに積まれていくのを見ましたよ」と、アンジェリカ。
「無理に回収するなと言ってあるのだが……。ミイラ取りがミイラになるだけだ」
シスターベロニカはフン、と鼻を鳴らすと、パトカーが多数停まっている方をチラと見た。その中に二、三台ほど、こっそり自衛隊のトラックが混ざっている。どうやらアレに死体を積んでいるのだろう。
しかし、彼等が表立って行動することはない。
☆
迷彩服の彼等を見れば、住民が必要以上に騒いだり、左翼活動家やマスコミに叩かれるのが関の山。
それに彼等の装備では異界獣を倒すことは出来ない。せっかく出動しても、教団の足を引っぱったり、死人が出たり、とロクでもないことに。
本来国民の守護者たる彼等ではあるが、彼等の出番は、あくまで人間、もしくは巨大怪獣が相手の場合に限られる。
……というわけで、こと異界獣相手の戦場では、こうした裏方の仕事か、さもなくば街全体が被害を受け、災害レベルになってからになる。
いつでも割を食うのは、何も知らない一般市民、という話だ。
☆
今宵の作業分担は、俺が索敵、シスターアンジェリカは通信担当兼シスターベロニカの助手、シスターベロニカは武器の用意と狙撃手だ。
敵は人間を丸呑みにするほどのデカブツだ。俺が囮になって狙撃ポイントまで誘い出し、シスターベロニカが狙撃するという、いつもの作戦だ。
ワンマンアーミーの多島勝利ならばタイマン出来ないこともないが、いちいち命を張っていては身が保たない。俺が情緒不安定な今はなおのこと。
☆
勝利は、被害者の死体(多分グチャグチャバラバラ)が転がっている現場を目指し、単独で人気のない暗い公園に侵入した。
今夜の獲物は大物だ。雑魚の相手をする余裕はない。
点々と散らばるクソムシどもを無視して、彼は公園の奥へ奥へと走って行った。
草の蒸れた匂いと、池からのちょっと生臭い臭い、何かの花の甘い薫り……初夏の公園らしい香りの中に、明らかにいてはいけないヤツの臭いが混じる。
俺はその臭いを追っていった。
目指した現場からはズレるが、敵だって移動ぐらいする。
ヤツの臭いを追っていくと、アンモニアの臭いが漂ってきた。
新手かと一瞬思ったが、ただの公衆便所だった。
しかし、そういう臭いを好む者も異界獣の中にはいる。俺は危ないヤツが潜んでいないか、念のため確認をしに行った。
住民の避難はほぼ済んでいるはずだから、手前の女子便所から遠慮なく入ることにした。次々にドアを蹴り飛ばしていくと、大きめな個室のドアが閉まっている。
……ごそごそと気配がする。三体……か。
俺は隣の個室に入り、洋式便器を足場にしてパーテーションの上のスキマから銃をお見舞いしてやろうと、身を乗り出した。
「あ!」
「ぃあ!」
「ぅあ!」
「……あ”。じゃねえよ。なにやってんの、お前ら」
中にいたのは、タケノコとハルカんちに来たチンピラ二名だ。
いくら広めの個室といっても、大人の男が三人も入っていたら息苦しいにも程がある。
「とにかく出ろ。ここは危ない」
俺は顎をしゃくって、退出を促した。
個室の外に全員出てくると、チンピラ二名は雑誌やDVDの詰まった紙袋がひい、ふう……四つほど下げている。
背表紙の色から判断するとエロいブツのようだ。
いいなあ、なんて内心思っていると、タケノコが半泣きで話しかけてきた。
「兄貴ぃ……出られなくなっちゃったんだよぉ……」
「何でよ? 公園の出口、ここから真っ直ぐじゃんか」
「じつはですねえ……」
こないだ小便を漏らさなかった方のチンピラが口を開いた。
聞けばこの紙袋の中身には、非合法な本が混ざっているという。
ネットで知り合った人とこの公園内で取引をしたのだが、荷物を受け取った後すぐ公園が封鎖されてしまい、出られそうな場所には地元警察が。
そして、前々から睨まれている自分達は確実に職質を受け、ブツが見つかってしまう、と。
「それで、警官がいなくなるまでここに隠れてたってワケか。
アホくさ……。
んじゃ、俺が外に連れていってやるからついて来い。
逃げないとお前等、死ぬから」
「「「……死ぬ?」」」
「放送聞いてないのか? いま緑地公園内に猟奇殺人犯がいるんだよ。
さっき園内ででカップルが惨殺されたんだ。死体はバラバラのグッチャグチャだ。見境ないヤツだからな、遅かれ早かれバラバラにされちゃうけど、どうする?」
「「「連れてって下さい! 兄貴!」」」
「お安い御用だ。そのかわり――」
結局エロ本五冊で手を打って、勝利は彼等を警察に見つからないように植え込みの隙間から外に出してやった。
――手間のかかる連中だが、まあいいさ。こっちもビジネスだから。