【1】惨劇の予兆
丁度シスターベロニカの話が一段落した時のこと。
外から何台ものパトカーのサイレンが聞こえる。
教会から五十メートルほど先にある、県道の大きな交差点の方からだ。続いて数台の救急車がパトカーを追った。
これだけの騒ぎになっているということは、きっと大物が出たに違いない。さっきあんなに遙香が自分を帰したくなかったのは、何かを感じ取っていたからかもしれない。
部屋の空気が、ピンと張り詰める。
そのとき、部屋の電話が鳴った。即座に受話器を取ったシスターベロニカが、応対をしている。さっきのパトカーとやはり関係があるのだろうか。
俺はシスターの指示をその場で待った。
「用意しろ、C装備だ。緑地公園で二人食われた」
(C装備、だって? やはりそんな大物が……)
彼の背筋に冷たいものが流れた。
C装備とは、先日のカエルのように図体の大きな異界獣と戦うための標準的な装備だ。といっても、直接戦うのではなく、自分を囮にし、狙撃ポイントに敵を誘導するためのものだ。
機動性と防御を考慮した装備となっている。
この方法だと、狙撃手は通常二名用意するのだが……。
「補充要員は? 狙撃手は二人要るでしょ」
「大丈夫だ。お前が学校に行っている間に一人着任している。さあ、着替えてこい」
そう言って、シスターベロニカは俺の背中を軽く叩いた。
☆☆☆
フル装備の俺、シスターベロニカ、そして今朝方本部から来たシスターアンジェリカの三人で到着した時には、現場は想像以上の大騒ぎで、さながら刑事ドラマのワンシーンのようだ。
今夜の現場は、この地方都市の端に位置する山際の大きな緑地公園だ。サイクリングコース、テニスコートなどのスポーツ施設や、ボート遊びの出来る大きめの池がある。資料によると、休日ともなれば近隣の街から行楽客が訪れるという。
公園に通じる道という道はパトカーで封鎖され、つぎつぎにバリケードが設置されている。だが、このあいだの照明障壁で使ったような背の高い鋼板ではなく、車を止めるようなバリケードを置いているのは何故なんだろう?
教団のハンター一行は、公園入り口脇にある駐車場に車を止めると、早速仕事の準備を始めた。俺は助手席から外に出ると、そこここに張り巡らされている黄色いテープを眺めた。
普段は警察の世話にならずに単独で狩りをするか、道路封鎖、鋼板による封鎖などを使い分けて異界獣の駆除作業を行っているのだが、こうして露骨に黄色いテープをベタベタ張り巡らせた現場に遭遇するのは、俺にとっては珍しいことだった。
何故なら、異界獣はテープを見ても立ち止まってなどくれないからだ。
以前、二人でテレビの刑事ドラマを見ていたとき、シスターベロニカが言った。
「このテープを発明したのは日本人だと聞いたが、すばらしい発想だな」と。
彼はてっきりこのテープは外人が考えたものだとばかり思っていた。どちらかというと、海外ドラマで目にすることが多いから。
今夜の俺は、この黄色いテープ見て、ふとそんなことを思い出していた。