【11】傷だらけの天使 4
食堂から自室に戻った俺は、カーテンを開け放した窓の外をぼんやり眺めていた。深夜だというのに、この街の通りは皞皞と照らされている。無論、異界獣を寄せ付けないためだ。
連中は、日の差すこの明るい世界に入り込んできたクセに、暗がりを好む。矛盾しているとは思うが、あっちの世界には食い物が足りないのだろう。
今夜もけたたましいサイレンが、街のあちこちから聞こえてくる。
――自分が行かないからだ。
ちくりと罪悪感が胸を刺す。
だが、元々、一人で始末するような分量ではない。
この街ひとつでも大小取り混ぜて数千もの異界獣がわき出しているのだ。犠牲を完全に防ぐには、街から全ての住民を疎開させる以外にない。
だが、余程の事でもなければ、騒ぎを大きくするようなマネは出来ない。国家は市民の命よりも、事態の隠蔽の方が重要なのだという。ひどい話だ。
「……ったく、教団は人手不足なんだよ。元自に外人部隊なんか出稼ぎに行かれちまうくらいなら、さっさとリクルートすりゃあいいのに。俺が楽できねえし、彼女も作れない」
自分で言って、俺は少し驚いた。
これまで恋愛をしたいと思ったことなど、一度もなかったのだ。
原因は教団内の女性たちだ。
将来を嘱望された、教団の秘蔵っ子である俺をゲットしたい、と思う教団内の女性はとても多い。
もちろん俺以外にも、魅力的な教団職員やハンターは数多く在籍している。しかし、トップクラスの異界獣ハンターであり、いずれは教団の広告塔になると言われている俺とは、その将来性は比較出来ない。
つまり、そういう現金な考え方の女性がとても多いのだ。
だから、教団本部は元より、仕事で行く先々の教会で熱烈な歓迎を受ける。そのもてなしが下心ゆえと分かっていれば、若い俺が女性に興ざめするのも当然だろう。
自分自身を見もせずに、肩書きや権威にすり寄る女を誰が愛せるのか?
俺の答えはノーだ。
こんな環境では、恋愛に夢や希望を持つだけ苦痛でしかない。
その自分が、彼女が欲しい、だと?
いや、違う。
遥香が欲しい、が正解だ。
そんなのわかりきっている。
縁を切ろうと思って一日も保たなかったんだから。
タケノコにひどい嫉妬までして。その件に関しては、自分でもうんざりしている。
あんなひどい出会い方をしたのに、あんな酷いことをしてしまったのに、あんな脅迫をされたのに、DQNや金貸しを追い払うための芝居だったのに、……芝居だったのに。
今俺は遥香に本気になっている。
幼馴染みだから?
彼女にとってはそうだろう。でも自分には記憶はない。
だけど一目惚れをした。
幼馴染みだから? もしかしたら、そうなのだろう。
タケノコを遠ざけたんだから、本当なら自分は用済みだ。
強いていえば、金づるになりそうだと思われているだろう。
彼女にだって生活がある。
考えれば考えるほど分からなくなってくる。
そりゃそうだ。
自分のことならいざ知らず、相手の気持ちなんか分かるわけがない。
知りたいか?
知りたい。でも、自分は遠くないうちに街を出る。
遥香に気持ちを伝えるなんて出来ない。
彼女は都市伝説に理解のある、普通の人と幸せに暮らす方がいい。
…………そんなの、ヤダ。
タケノコよりはマシだけど。
それも偽らざる気持ちだ。
自分は、やっぱり遥香の本当の彼氏になりたい。
――ん?
過去が分からないのと、遥香とくっつけないのと、本当はどっちが仕事に支障を来しているんだ?
――本当は、同じ問題なのか?