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【10】傷だらけの天使 3

「チェッ……」

 自室で謹慎を命じられた俺は、ベッドの上で不貞腐れていた。

「ったく。マジでハルカんちに行ってやろうかな」


 ……などとブツブツ言いながら、俺は銃をもてあそんでいた。シスターベロニカの前でやると『ツキが落ちる』と怒られるのだが。


「だいたい、銃で遊んでないのにツキが落ちた。どういうことだよ。銃関係ねーじゃん」

 俺は床に銃を放り出すと、ベッドの上をゴロゴロと何度も左右に転がった。



 自室での謹慎を言い渡された俺だったが、一時間もしないうちに、とうとうイライラが止まらなくなり、部屋を飛び出して食堂にやってきた。


 食堂では、数人のシスターがテレビを見ながら絹さやの筋を取っているところだった。配膳カウンターの上に並んだ食材類から推測するに、翌日の食事は炊き込みご飯だろう。



「あら勝利さん、謹慎はいいんですか?」

 ふふ、と柔らかい笑いを投げながら、シスターの一人が言った。


「謹慎っつーか、軟禁? みたいな」と、バツが悪そうに応える。


 俺は自分でコーヒーを入れ、女共に構われないように部屋の端のテーブルに陣取ると、イヤホンを耳に着け、音楽プレイヤーのスイッチを入れた。


 飲む前から、コーヒーの香りが気分をやわらげてくれる。

 イラつく時には一番いい。

 音楽で外界の雑音を遮断し、ゆっくりとコーヒーを啜ると、だんだん気分が落ち着いてきた。


     ☆


 そこで俺は一人反省会を開始し、この所の不調について考えた。


 やはり、原因は心理的な問題なのは間違いない。

 基本的に、機械を使って覚えた地形情報は、余分な情報やノイズが含まれると、命にかかわる事態を招いたりする。


 最近続いている俺のドジも、現象だけで見れば情報のバグによって引き起こされているように見える。ありもしない場所に飛び移ってしまったり、ないと思った場所に壁があったり、といったように。


 たとえばビルの幅を見誤って屋上から落っこちたり、送電線にぶつかったり、電柱から飛び移る先の位置を間違えて川に落ちたり等々、たった二日で数十回も発生した。


 しかし町に来て初めのうちは、地形情報にバグどころか寸分の狂いもなく、いつも通り順調に仕事が出来た。だから、入力時に問題はなかった。


 俺がおかしくなり始めたのは、遙香に遭ってしまってから後だ。

 彼女を傷つけたこと、それを黙っていること。

 だが、それらをとても心苦しく思ってはいるものの、それ自体にデータを歪ませるほどの大きな影響があるとは思えない。


 遙香の彼氏を演じていること。

 これに関しては、正直どう考えていいのか自分でも分からない。

 地形情報への影響に関しては、多少はあるかもしれない。


 遙香の父、一文字氏の消息について、教団が関与している可能性が高い件、それと過去に現場で遭遇していたかもしれない件。

 確かに不安要素のうちではあるが、やはり地形データを歪めるほど大きくもない。


 関連して、娘の遙香の生活が困窮していることに関しては、そこそこ大きな不安要素ではあるものの、金銭でカタがつくぶんそれほど心配はしていない。


 学校そのものが奇妙な件。

 これも、気付いた時には恐怖したが、そもそも経営している教団そのものが異常なのだから、そこまで気にする程でもないだろう。

 その後のゴタゴタでしばらく忘れていたくらいだ。


 ……では、何が原因なのか。

 まだ、気付いていないことがあるかもしれない。それは一体、何なのだろう。


     ☆


 頭を使いすぎて少々脳味噌が疲れた俺は、コーヒーのお代わりを()れた。

 カップには、砂糖を五つ。日頃肉体労働をしているのだから、ダイエットなんか気にしたことはない。

 だがシスター共は、常にダイエットを気にして砂糖を入れないくせに、お菓子はバリバリ喰らうのだから矛盾している。


 一旦頭をリセットし、糖分を補給したので、再度地形情報がバグった原因について考えてみる。本当は考え事なんて柄ではないのだが、ここまで仕事に支障が出ているのでは、考えずにはいられない。


 ……あとは……。


「あッ!!」


 俺は思わず声を上げた。

 室内のシスターたちが一斉に俺を見た。


「どうしたの? ショウくん」シスターの一人が声を掛ける。

「あ、いや……何でもないです。ちょっと、思い出したことがあっただけで……」


 そう、と言うと、彼女はシスターたちとのおしゃべりを再開した。


(そうか……あれを忘れていた!)


『俺は、ガキの頃、ハルカと出会っている』


 これだ。この事実。


 悩んでいたわけではなく、常に考えていたわけでもない。

 だが、心のどこかに刺さっていた。

 思い出せない記憶。


 それを遥香に確かめることなく、逃げ出した。

 それをシスターベロニカに確かめることなく、勝手に不信に陥った。


 過去が分からない。

 覚えていても、あやふやなことが多い。


 学校にしたってそうだ。

 二つ前の学校のこと、クラスメートの顔も既に忘れかけている。


 もしかして、過去を明らかにしようとするのは、マズいことなのだろうか?


 これまで全く気にも留めていなかったこと。

 それを白日の下にさらすのは、危険なのか?

 だから、記憶がバグってしまったのか?


 自分は、|教団に何をされてきたのか《・・・・・・・・・・・・》?


 その考えに至った時、俺は部活棟で感じたのと同じ恐怖に襲われた。

 そして、自分自身ではどうにも出来ない、という事を悟った。


 記憶の欠落を放置し続ければ、自分は仕事でドジを踏み続け、いずれ本当に死ぬかもしれない。

 それはきっと間違いはない。


 シスターベロニカも、俺の不調に薄々感づいているようにも思える。

 だが、幾度も言葉を濁しているところを見ると、教団にとって本当にマズい事態になっているのだろう。


 今まで俺は、

「別に親も兄弟もいないし将来の夢も何もない。教団に拾われなければとっくに死んでいた。だから、いつ死んでもいい」

 と、己の命をあまり重いものと感じることが出来なかった。心のどこかに虚無が居座っているせいだろう。当然ながら過去に一切のこだわりもなかった。


  実際はどうであれ、さほど教団の扱いが酷いとも思っていなかったし、親代わりのシスターベロニカも彼女なりに愛情を注いでくれてきたのも分かっている。そのことに大した不満はない。

 

 だけど。


 心に空いた虚無の原因は、自分が何者なのかが分からないことだと自覚している。存在を実感出来ないから、心にぽっかり穴が空いてしまった。断じて愛が足りていないわけじゃない。


 ただ、人ではない何か。その何かとは何か。

 誰もわからないから、誰も教えてはくれなかった。

 己自身がブラックボックスなのだ。

 今回の件は、このブラックボックスにも関わることなのかもしれない。


――やはり、全てを確かめなければ。

 俺は決心した。

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