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【9】傷だらけの天使 2

 通常のハンターは数人でチームを作り、小規模かつ計画的に駆除作業を行う。

 ロスも多く、被害も増えるが、現状で効果的な方法はない。


 俺の狩り方は、あくまで特殊で、人間どころか若干数教団に所属している人外ですらマネ出来るようなものではなかった。


 広範囲の地形、その立体的な構造を精密に記憶するのが俺の特技だ。

 赴任した都市の地形を丸ごと記憶し、縦横無尽に街を飛び回り、正確無比に異界獣を大量抹殺する。それが人ならぬ俺の、狩りのスタイルである。


 俺が赴任地の情報を頭に入力する際には、電子機器を使用して頭部インプラントのチップに地形情報を流し込んで記憶している。特殊な方法だが、俺が人ならざる生物であればこその方法だ。


 だがそれは諸刃の剣で、地形情報を入力すればするほど、過去の記憶を無差別に消してしまう。


 ――俺はまだ、その事実を知らなかった。教団の非人道的な行為を。



     ☆☆☆



「お前が情緒不安定なのは、地形データ入力による弊害だ。今までうまくバランスを取ってきたが、何らかのきっかけで表出したのだろう。あまり気にしすぎるな」


「つまり、気のせいと……」



 俺はシスターベロニカの回答に釈然としないものを覚えた。

 昼食時にシスターベロニカから聞いた話によれば、電子機器による地形入力のせいで、俺はもともと情緒不安定になりやすい。


 諸々の原因でその危ういバランスが崩れ、急に学校で不安にかられたり、晩に勘が狂ったりしたのだろうと。


 俺は、改めて自分を追い詰めたものの正体を考えた。

 原因として大きいのは、恐らく遙香を傷つけた件だ。

 その場で蘇生したとはいえ、恋する女性を死なせた上、彼女に本当の事を未だ言えないでいる。


 しかし、バランスの崩れた原因はそれだけではない。


 何故教団の経営する学校の構造がどこも同じなのか、何故自分は遙香のことを一切合切忘れているのか。遙香の父親の失踪に教団は関与しているのか。


 自分はこれらの件に対して、強い不安や恐怖を感じている。


(ハルカさんの父さんは、教団に始末されたりしてないだろうな……)


 俺はさらに問い正そうと思ったが、今現在行方不明となっている遙香の父の件を考えると、うかつに聞き出すのは危険だ。


 いくら信用しているシスターベロニカとはいえ、彼女は教団側に雇われた人間なのだ。何をどう本部に報告されるか分からない。


(今にして思えば、教団内に信用出来る人間が、一人もいないじゃないか……)


 これまで考えようともしなかった事が、次々と脳裏に浮かぶ。

 ――自分は、孤立無援なのか? 自分は教団にとって一体何なのだ?

 

     ☆


 夕食後、シスターベロニカが俺の部屋にやってきた。

 彼女がいつになく心配そうな様子だ……。


「今晩は無理せず休んでいてもいいんだぞ」


 俺はそれに応えず、自室のベッドの上で黙々と全身の包帯を外していた。

 サージカルテープで貼り付けた幾枚ものガーゼをピリピリと剥がす度、少し痛む。多少カサブタが剥がれたものの、あらかたの傷は既に塞がっていた。


「ほっとけば、また今夜も誰かが死ぬんだ。俺が全ての獣を狩り尽くすまで、死人は出続ける。行かないわけにゃいかないだろ」


「今夜は私が――」


「その足で、どうする気なのさ。また、残った手足を食われたいの」


 シスターベロニカは二の句を告げられず、ただ歯噛みするしかなかった。


 俺の言うとおりなのだ。

 今の彼女では、たとえ武器が充実していたとしても、囲まれたらお終いだ。


 現在装着している義手と義足は、最低限身を守るためにパワー重視のセッティングとなっている。五体満足な頃のように機敏な動きは出来ない。


「……分かっている。だが、今お前が無理をすると……」


 シスターベロニカは、珍しく口ごもった。

 普段は明瞭簡潔な物言いをする女なのだが。


「大丈夫。もう、あんなみっともないマネなしない。ケガも全部治っている。大丈夫。いつも通りに狩りをすればいい。でしょ」


「しょうがないヤツだな。今日は軽めの区画にするんだぞ」

「分かってる。それと……」

「なんだ?」


 俺はニヤリと笑って言った。

「小遣い増やして。…………ダメ?」


「ああ、検討しておく」シスターベロニカは呆れ顔で応えた。


     ☆


 その夜、近場の現場に出動し、ものの三十分もしないうちに俺は教会に戻ってきた。


「た、ただいま……」


 非常にバツの悪い顔で控え室のドアを開ける俺。

 室内で装備品の手入れをしていたシスターベロニカが、やっぱり、という顔で俺を見上げた。


「だから言ったじゃないか、息子よ」

「………………チッ」


 ジロリ、と恨めしげな目を保護者に投げると、俺は舌打ちした。

 剛胆な保護者は気にも留めず、

「いいから早く脱いで風呂に入れ」と言った。


 出戻りハンターの俺は、その場で装備品を外し、バラバラと床の上に落としていく。足下は、全身から滴る水でびちゃびちゃになってしまった。


「で、一体どうしたんだ?」


「………………電柱の上から足踏み外して、川に落ちた」


「いい加減自分の調子くらい……いや、とにかく早く風呂に入れ。風邪をひく」


「今――」

 俺はシスターベロニカをにらんだ。


「ん?」


「何を言おうとしたんだ? こないだも、何かを言いかけてやめた。ハッキリ言ってくれよ、頼むから、母さん」


 俺の声音に、わずかに悲壮な色が混ざっていたのにシスターベロニカは気付いていた。だが、この時の俺に全てを語ることは出来なかった。


「別に何もない。疲れているのに、ついお前に厳しい事を言いそうになって、やめただけだ。気にすることはない。体を温めて、今日は休め。いいな?」


「ふーーー……、もういいよ」


 俺は風呂場に向かった。



     ☆☆☆



「どこに行く気だ、勝利」


 背後からシスターベロニカのドスの効いた声が、玄関ホールに響いた。

 風呂に入り、仕切り直して仕事に出かけようとした矢先のことだ。


 俺は振り返らず、靴紐を結びながら応えた。

「仕事。今日のぶん終わってない」


「その格好でか」


 プレーンな黒い野戦服に運動靴。

 腰のベルトに銃とマガジンを二本、それとダガーを二丁差し込んである。


 背負った市販のディバックには、さらに予備のマガジンと、ライトなどが入っていた。サバゲのプレイヤーだって、もうちょっとマシな装備を身に付けているご時世だ。異界獣ハンター的には、丸腰に近い。


 俺はシスターベロニカに咎められるのは分かっていたから、控え室を避けて自室でこっそり準備したのだ。


 だが当然ながら予備の服や普段持ち歩いている銃の弾倉くらいしか自室に置いておらず、この様な無様な状態になっている。


「今夜の獲物なら、これで十分やれる」

「だけ、ならな」


 当然だが、異界獣は好き勝手にこの街の中を闊歩している。

 こちらが地図に引いた線で分割した場所には、複数の種類の異界獣がいる可能性が高いのだ。


 この晩の狩り場に指定された場所は、あくまで小物が多いというだけで、大物が絶対にいないという保証はどこにもない。


 万一、先日のカエルやアギトのような大物が現れた際、今のような装備では、俺を護る装備はごく僅か、ということになる。


「ヤバくなったら戻る」

「では今戻れ」

 と言うなり、いきなり俺の襟首を掴んで持ち上げた。


 身の丈二メートルの大女に吊り下げられた俺は、まるで親猫に咥えられた子猫のようだ。


「離せよ、出かけるんだから」ジタバタと足掻く俺。

「女の所に行くなら離してやる」

「えッ!!」


 動きがピタリと止まった。


「だが違うんだろ」

「ちーがーうー。はーなーせー」


 俺は再度ジタバタしはじめた。


 本気で暴れれば逃げられるのは分かっているが、玄関を破壊したり、シスターベロニカにケガをさせる可能性が高い。

 そう思うと、そのまま無様にジタバタする他なかった。


「じゃ、ダメだ。枕元で絵本を読んでやるから寝ろ」

「うがーッ、はなせってば」

「ダメだ」

「はーなーせぇぇー」


 俺はぶら下げられたまま、自室に強制Uターンすることになった。

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