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【2】転校生は異界獣ハンター 2

「おーい、一文字遙香(いちもんじはるか)

 DQNが言った。ズンズンと近づいてくる。


 俺は小声で、今しがた付き合い始めた彼女に聞いた。

(あんたの名前か?)

(そうよ)


「いちいちフルネームで呼ばないでよ! 金貸しのクソボンボンが!」


(えーっと、なんなんだこの展開は?)

(いいから合わせて)


「おい、おま、なに転校生襲ってんだよ。つかお前いつから肉食女子になったんだ?

 あーそれとも、俺と付き合うのがイヤで、借金返済のために地道にカツアゲでもしてんのかぁ? そんなんじゃ利子かさんじゃうだろ~?」


 クソボンボンと呼ばれた背の低い男は、遠慮がちに茶色く染めた髪をジェルでムリヤリ後ろになびかせ、立派だが、どうひいき目に見ても脳みそが詰まっているとは思えないデコを目立たせている。


 そこに薄くてヘタクソにほっそーく削った眉毛を載せてあるのが余計にバカっぽい。校則が厳しいのか、制服のブレザー上下に加工を施した様子はないものの、ワイシャツの首元を少しあけてネクタイをヘンテコな格好に結んでいる。

 これが精一杯の抵抗なのだろう。当人はカッコイイつもりなんだろうが。


 ――なるほど。なんとなく読めてきた。つまり、こういうことか。


「今日から遥香は俺の女だ。DQNはさっさと帰ってママの乳でも吸ってろ」


 俺はDQNと彼女の間にズイ、と出て、バカにも分かりやすく大見得を切った。


「ンだとコラァ!」


 教科書どおりの返しで、つい吹き出してしまった。


「ンじゃおメェがーそいつの借金肩代わりでもする気なのかー? アン?」


「お前が貸したわけでもなければ、彼女は未成年なんだから家族の借金を請求される謂われもなかろうに。

 なんならウチの経理担当に過去の利息から現在の請求金額まで一切合切を計算させた上で、貴様の話を聞いてやってもいいが……どうする?」


「へぁあ? 返せないから俺の女にするんだろ。お前ナニ言ってんだこのタコー?」


 だめだ。

 コイツはバカの子だ。

 言ってる事が理解出来ないらしい。


 遙香が俺の背中をバシバシ叩いてる。

(知ってんだから。アンタが強いこと)

 遥香が囁く。


(……ヤツを、ブチのめせということか。

 参ったな。俺、人間相手は苦手なんだよ。すぐ、死んじゃうから)


「おい! 聞こえないのか転校生。そいつは俺のモンだ。そこどけ! このタコ!」

「やれやれ……」


 俺は遥香に自分のカバンを渡した。彼女は「うん」とうなづいて数メートル後方に下がった。思ったよりも察しのいい女の子のようだ。

 俺は一瞬でヤツの直前まで距離を詰めた。


「ふぁ、はわッ!?」


 いきなり俺が消えて沸いたので、DQNが泡食ってるところに軽く腹パンチ三発。

 声にもならない嗚咽を漏らしながら、DQNが腹を抱え背中を丸めている。

 足下がおぼつかなくなり、今にも膝から崩れ落ちそうだ。


「おっとっと、大丈夫か?」


 俺はニヤリと笑いながら、DQNに声をかける。

 近くを誰か通りかかったので、とりあえず肩を貸してるフリしてやり過ごした。


「まだまだ」

「うぐっぇえぉ」


 俺は通行人が遠ざかったのを見計らい、怯えきった奴の喉頸を掴み、壁に軽~く軽~く押しつけた。大仰にうめくDQN御曹司。


「ヒッ、ヒッ」


 キュッキュと壁に押しつけられる度に、小さく悲鳴を上げるDQN。


「そろそろ自分のやらかした事の自覚は出来たか? ん?」


 DQNは顔を引きつらせたまま、こくこくとうなづいた。


 俺は遙香の方を伺い、

『こんなもんでいいか?』と、小首をかしげて返事を待つ。

 彼女は苦笑し、うんうんとうなづいた。


 遥香様の許可が出たので、俺はDQNを開放した。

 俺の手を離れたDQNはそのまま床に落ちた。

 

「あーあー、聞こえますか? 聞こえますか?」

 俺はDQNの横にしゃがみこんで、事務的に話しかけた。


「ごべんなひゃい……」


 力なく答える金融会社の御曹司ことDQN。


 その言葉に己の行動を悔いる意味が含まれているのか、単に圧倒的な力の差を見せつけられて降伏を宣言しているのかは分からない。


 兎に角これで遙香へのちょっかいを断念してもらえるのが一番有り難い。


「……明瞭なお返事がありませんが、めんどくさいので聞こえていると判断します。

 あー、今後キミはイチモンジハルカさんに接触することを禁止します。

 借金の取り立ても禁止します。つか、次やったら法的手段に訴えます。

 で、再度確認しますがハルカは俺の彼女です。以上。オーケー?」


「……ひゃ、ひゃい、もうしまひぇん……

 ゆるひてくだひゃい……遙香はあきらめます」


 ボロボロになったDQNは、心底怯え切った顔で言った。

 俺はさらに屈み込んで、遙香に聞こえないように奴の耳元で囁いた。


『貴様はいつでも殺せる。忘れるな』


 その途端、ヤツは顔を引きつらせ、股間に水たまりを作り始めた。


 俺は立ち上がると、今度はたっぷりと憐憫を含んだ眼差しを落とし、

「お前の名前は?」と尋ねた。


「た……竹野幸三(たけのこうぞう)……です」

「よし。今日からお前のコードネームはタケノコだ」

「ひゃい……」


 涙目で小さく頷くタケノコ。

 俺はタケノコを一瞥すると、遥香のところに戻った。


「おまたせ。さあ、ご要望どおり、タケノコはボコボコにしてやったぞ。

 約束は守ってもらうからな……ん、どうした?」


「う、うん……」

 遥香が神妙な顔で俺を見ている。


「どうした? 具合でも悪いのか」

「ちがうわよバカ」


 遥香は俺のスクールバッグを突っ返してきた。


「相手は人間なんだから、その……もうちょっと容赦しなさいよ……」


「ったく、自分でぶちのめせって言ったクセに。ちゃんと生かしておいてやったじゃないか。どこが容赦ないんだよ」


 先ほどの反応は、神妙なんじゃなくて、引いていたらしい。


「……だってぇ。じゃ、行くわよ。靴履き替えてきて」


 見れば遥香はもうローファーに履き替えていた。


「どこに? もう、あいつをシメたら俺に用はないだろ?」


「まだアンタの素性も諸々も、セクハラの理由も何もかも聞いてないんだから、

 あれで無罪放免なんかなるわけないでしょ?」


「え~~……」

「ほら、行くわよ」

「ちぇ。わかったよう……」


 シュンとしていると、遥香がくすりと笑った。


「ヘンな人。夜に街中をニンジャみたいに飛び回ってバケモノ退治してると思えば女子に怒鳴られて小さくなったり、かと思えばDQNをボコボコにしたり。で、また今みたくヘコんだり。マジで何なのよ、君って」


 スクールバッグをひょいと肩に担ぐと、俺は涼やかな顔で告げた。


「俺か? ――聖職者だよ」

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