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【8】傷だらけの天使 

「おはようございます、多島君いますか?」


 鎮痛剤を飲んで、やっと自室で眠りについたばかりの俺は、往来で自分の名を呼ばれて目を覚ました。

 億劫そうに身を起こし、指先でカーテンを少し開けると、門の前に遙香の姿が見えた。


「……うぅ。タジマくんはいません」


 ばたり、と寝床に倒れ込む。相手が想い人だったとしても、眠いものは眠い。寝入りばなで起こされれば、誰だってイヤだ。

 無視を決め込んでいると、シスターの誰かが応対し始めたようだ。


(すまん、ハルカさん。寝かせてくれ……)


 布団を被って二度寝を決め込んだ。


 ……廊下をバタバタと歩く音がする。朝っぱらから随分と慌ただしい。

 ううん、と寝返りを打って、うっかり傷に体重を掛けてしまい涙目になる。

 痛みをこらえ、今度こそ本気で寝ようと思った、が。


 ――バンバンッ、とドアを乱暴に叩く音で飛び起きた。


「ショウくん、朝だよー。起きてー」

 声の主は、遙香だった。


(ゲッ、誰だよ、中に入れたの!)


「いません……ショウくんはいません……」掛け布団の中で念仏のように唱える。


 さらにドアを連打する遙香。


「いませんいませんいません、タジマくんはいません、眠りの世界に旅だったのです」


 布団の中でさらに小さく丸まっていく俺。

 ただただ、災害が通り過ぎるのを、息を殺して待っている。


「ウラぁっ!!」

 かけ声とともに、ドカンと扉が蹴り開けられた。

 遙香は勢いよく室内に侵入して来た。


「おきろってば!!」

 バサッと、俺の掛け布団を剥がす遙香。

 だが、次の瞬間、彼女は絶句した。


「やあ。おはよ」


 眠そうな顔で無理やり笑顔を作り、片手を上げて遙香に挨拶をする。

 だが、遙香は布団をめくった時の姿のままで固まっていた。

 俺は下着一枚でベッドに転がっていたのだ。


「……どうした? 自分で男の布団をはぎ取ったんだから、覚悟くらいしてんだろ?」


 声を掛けられて、ようよう遙香は一言だけ言葉を発した。


「…………なによ、それ……」


 パンツ一枚の俺。

 だが、問題はそこではなかった。


「どうしたの……そのケガ……」


 遙香は真っ青な顔で、ベッドの上の彼氏(仮)に訊ねた。


 見れば俺はパンツ一丁だったが、体中に包帯を巻かれ、肌が露出しているのは、手足の先と首から上だけだったのだ。

 ところどころ、青く血が滲んで痛々しい。


「仕事。朝までやってた。だから寝かせて」

 それだけ言うと、俺は遙香から掛け布団を奪い返し、頭から被った。


     ☆


 傷だらけで仕事を終えた俺は、現場から真っ直ぐ教団直営の病院へ運ばれ、手当を受けた。本来なら数ヶ月は入院が必要な程の重傷だったが、応急処置だけで教会に戻ってきたのだ。


 大きな負傷個所は医療用テープでむりやり皮膚を寄せてくっつけて、止血してある。雑な処置のように思えるが、俺の治癒力をもってすれば、半日程度で表面の傷はおおむね塞がってしまうからだ。


     ☆


「ショウくん……あの……。今日、学校は?」


 布団の上から、遙香の心配そうな声が降ってくる。さっきまでの威勢の良さはすっかり消え失せてしまっていた。


「今晩も仕事だから、今日は休む。教会から学校に電話入れるから心配しなくていい」


 遙香が布団の上から、自分の体を優しくさすっている。

 傷は痛まないが、胸が痛い。

 邪険にしていることが、ただ心苦しい。しかし、今は一人にして欲しかった。


「………………あの……ショウくん……」


「お前が何かを言いたげなのは分かる。でも、今の俺には、構っている精神的肉体的余裕は全くないんだ。俺はこの街に仕事で来てる。分かっているだろ」


「うん。……でも……」

「出てってくれ。じゃないと人を呼ぶぞ」

「ごめん……。放課後また来るね」

「ん。おやすみ」


 遙香はとぼとぼと部屋を出て行った。

 あのまま粘られでもしたら、キレて怒鳴ってしまいそうだった。

 今の自分は『普通じゃない』のだから。


 罪悪感にかられ、カーテンの隙間から外を見ると、肩を落とした遙香が出てきた。だが、どのみち今の自分には何も出来ない。

 罪滅ぼしをするにしろ、傷を治すのが先決だ。そう思って、俺は眠りについた。


     ☆


「勝利さん、お客さんですよ」


 その日の午後、食堂でシスターたちのお茶会に混ざっていると、外で掃除をしていたシスターが、来客を報せにやってきた。


「はあ、どうも。それで――」


 誰が来たのかと尋ねるよりも前に、騒々しい客人たちがスリッパをペタペタ鳴らしながら食堂に入ってきた。


「なんだ、もう起きてる」

「チース」

「ハルカさんがいるのはいいとして、何でタケノコまでついて来てんだよ」

「お見舞いっス。これ、今日の宿題のプリント」


 そう言って、タケノコはスクールバックから、少々シワのついたプリントを取り出して差し出した。


「あんがとよ」


 珍客の来訪で、お茶会はかなり奇怪な雰囲気になったが、昨晩限界まで追い詰められていた俺の精神状態は、遙香と竹野のおかげで幾分か回復した。


 元々このお茶会自体が、俺を労う意味合いの強いものだったのだ。

 賑やかに越したことはない。


「オレ教会に入るの久しぶり。子ども会以来っすよ」

「私も」

「……にしても、まさかヤクザが教会を隠れ蓑にしてるなんて、スゴイっすね」


「「「「「え?」」」」」


 俺と遙香と竹野以外の全員が、一斉に竹野を凝視した。


(あわわわ、忘れてた……。そういう設定だったんだよな)


「あ、あくまでここは間借りしてるだけだ。事務所の用意が出来たら出て行くんだ」


 俺は誤魔化しつつ、シスターたちにアイコンタクトを送った。しかし顔は引きつり、どう見ても挙動不審な男子高校生にしか見えない。


「へえ、そうなんスか」

「う、うちの組長が昔世話になった時からの縁……らしい」

「縁! 任侠には大事っすよね!」


(あああ……タケノコがバカで良かった!!)


 俺は心の中で、ほっと胸をなで下ろした。


     ☆


「じゃあね。お大事に」

「お大事にっス」

「おう。早く帰れよ。今日はありがとな」


 お茶会もお開きとなり、教会の門まで出て遙香と竹野を見送った俺は、ジャージのズボンに両手を突っ込み、くるりと背を向けて教会へと入っていった。


 遙香に「夕食用」にと、お茶会で残ったサンドイッチを持たせ、竹野には、さっと済ませた宿題のプリントを持たせた。万一翌日も登校出来なかった場合の用心だ。


「友達、か。こんな感覚久しぶりだな」


 ちら、と廊下のガラス越しに夕暮れの街へと視線を投げて、俺は独りごちた。

 自分には、友達なんていたんだろうか?

 思い出そうとしても、誰も覚えていない。


 でも、遙香は…………。

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