【7】ゆがむ記憶 崩れる心 7
西側エリアの攻略が終わる頃、俺は泣きじゃくりながらダガーを振り回していた。
今の俺には、正気を保つことが非常に難しく、ただ使命感とプライドだけで異界獣を斬り続けていた。
一度崩れた精神の均衡は、既に自力で持ち直せる段階を遙か遠く過ぎていて、このままでは仕事が終わる前に発狂するかもしれない。
――そんな考えが脳裏をちらちらと過ぎる。
俺は補給ポイントに立ち寄ることも忘れ、青い血の滴る剣を手に、ふらふらと月明かりの街を進む。
ボロボロに千切れたコートは、きっと黒い幽鬼を思わせただろう。
☆☆☆
「おい!! 返事をしろ!!」
気付くと、俺の両肩をシスターベロニカが強く揺さぶっていた。
(……え。何でここに……)
頭がくらくらする。シスターは何を言っているのか、よくわからない。
一体、ここは何処で、何があったのか。
「聞いているのか、勝利!」
パンッ!
――痛い。顔が。一体……あれ?
「正気に戻れ、勝利! おい!」
「あ……。ここは?」
「ここは最深部のキャンプだ。もう終わったんだよ。分かるか?」
「終わった?」
「そうだ」
そう言って、シスターベロニカは俺の肩をつかみ、くるりと後ろを向かせた。
「これを、俺が?」
「そうだ」
「こんなにたくさん?」
「そうだ」
眼前の光景が、今の俺にはリアルに思えなかった。
自分なら、このくらい当然だ。そう、思えなかった。
本当の自分ならもっと倒せる。そう、思えなかった。
「俺……が? ホントに?」
「そうだ。お前がやったんだ」
「……………………」
ぼんやりとした頭で、サーチライトに照らされた地面を見る。地面の上に転がったモノを見る。地面に広がったモノを見る。
ズキズキと、体のあちこちが痛みだした。それと共に、思考と視界がだんだんと明瞭になっていった。
「そうか、俺が。最後まで、やれたのか」
俺の頬に一筋の涙が流れた。安堵の涙だ。
そうか、と何度もつぶやき、手の甲で涙を拭うと、俺は己の仕事の結果を確かめた。
自分たちの前に広がっていたのは、極彩色の地獄絵図だった。
数え切れないほど多くの、切り刻まれた異界獣の死骸が、明かりの届く範囲じゅうに敷き詰められていたのだ。
異界獣の体液や内蔵は、その黒っぽい外皮からは想像出来ないくらい、毒々しい色彩に満ちあふれている。
プリプリとした内臓はゼリービーンズやグミキャンディーを彷彿とさせ、地面にぶち撒けられた体液はパステルカラーのペンキのようだった。
その特徴は、今までのどの異界獣でも例外はなかった。
「でも……なんでこんなたくさん」
「鳴かせただろう?」
ああ、そうか。うっすらと記憶がよみがえる。
途中、敵ともみ合いになり、うっかり絶叫させてしまったのだ。
異界獣は、仲間の声に呼び寄せられる習性がある。
「お前はどこかで鳴かせて、ゾロゾロと大群を引き連れて、ここに来たんだ」
「なんてこった……」
「さすがの私もヤバイと思ったよ。ありったけの電磁ネットをバラ撒いてもまだ足りなかったが、残りのほとんどは、お前が全て片付けてくれた。――鬼神の如くな」
「えっと……ごめん」
「覚えてなかったのか」
こくり、と頷く。
シスターベロニカが安心したような、困ったような顔で俺を見ていた。
「恐らく、無意識でやっていたんだろう。さあ、もう帰ろう。夜が明ける」
そう言って彼女が仰いだ空は、群青に染まりはじめていた。