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【4】ゆがむ記憶 崩れる心 4

「ふぎゃッ!!」


 俺のブーツの底が宙を泳ぎ、あるはずの地面を踏み抜いた。

 サブマシンガンで両手の塞がっていた俺は、再び前のめりに転んでしまった。

 粗めのアスファルトで顔をすりおろしてしまい、痛みが激しい。


「……ッ、つつつつ。何でここ段差があるんだよ! ったく、3Dデータ間違ってんじゃないの? あたたた……」


 その高さ、およそ三十㌢。

 打ち所が悪ければ重傷を負っていたところだ。


「おかしいなあ……。こんな筈は……」


 俺は小首をかしげた。

 無理もない。この都市の地形は十㌢単位で頭に入っているはずなのだ。

 道路の縁石ですら踏み違えることは、ほとんどない。


(言ったそばからドジるなんて。あり得ないあり得ないあり得ない………………)


 擦り傷に消毒薬を吹き付け、気を取り直して歩き出すと生臭い匂いが漂ってきた。


(ゴミの放置……、いや違うな)


 俺は立ち止まり、周囲を伺った。

 気配は感じるが、姿は見えない。暗視ゴーグルにも映らないということは――。


(視界の、外か!)


 サブマシンガンを腰の磁力ホルダーに固定すると、俺は側の中層マンションに向かってワイヤーを射出した。


 ガツン、と当たる感触。


 ぐっ、と手繰(たぐ)るとウインチのスイッチを入れ、一気にワイヤーを巻き上げた。俺の体はするするとマンションの壁面を昇っていく。

 キュルキュルと耳障りな音が闇に響く。


 最上階のベランダに到着した俺はワイヤーのフックを外し、さらに屋上へと飛び上がった。


(どこだ……)


 高所に立つと、照明障壁の明かりが横殴りに視界に入る。

 両手で暗視ゴーグルの脇を覆うと、真下の地面を調べ始めた。だが、先ほどの気配の主が見当たらない。


「物陰にでも入ってしまったんだろうか……」


 屋上のへりをぐるりと歩きながら階下を覗き込んでいると、何かが視界の端で動いた。


「あれかッ」


 サブマシンガンを腰から外して両手に握ると、俺はふわり、と体を重力に預けた。


「ぎょえッ!!」


 地上五階のマンション屋上からヒラリと舞い降りようとしたそのとき、何者かによって、強く後ろに引き戻された。


 ――何ッ!?


 バランスを取る間もなく、俺は屋上に背中から叩きつけられた。

 強い衝撃を頭部に受け、視界はぼやけ、気が遠くなっていく。

 酷い目眩に襲われながら、身を起こそうとした時――――


『バウウウウ――――ッ』


 ――はあああああッ!? い、犬!?


 俺の体は、さらに強い力でズルズルと後ろへと引き摺られていく。


「こ、コートに食いつかれてるのか!? え?」


 振り解こうともがくが、かえって左右にブンブンと振り回されてしまう。


「ふ、ざけッ、うえぇ……」


 ただでさえ脳震盪を起こしているところで、そんなことをされたら余計に気分が悪くなってくる。

 暗視ゴーグルの視界がめまぐるしく動き、三半規管を鍛えているはずの俺は吐き気を催した。


『ガウッ、バルルルル……』


「や、やめろ、ううぅ」


『ガフッ、ガフッ』


 犬とおぼしき生物は、調子に乗って俺をブンブンと振り回している。まるでオモチャにしているようだ。


(くそッ、これ以上やられたら……吐く!)


 引きずり回され、振り回されながら、俺は気力を振り絞って両腕を頭上へと向けた。


「くッたばれえええ――――――ッ!」


 ダダダダダダダダダ――ッ、と、二丁のサブマシンガンを(めくら)撃ちした。


 ギャン、と犬らしき生物が短い悲鳴を上げ、もみくちゃにされた俺の体は、屋上のコンクリート床の上に放り出され、二、三度転がるとぴたりと止まった。


「うう……」


 ぐるぐる回る視界に酔いながら、俺は暗視ゴーグルを額の上に押し上げ、ふらふらと立ち上がった。

 そして、ベルトのバックルに仕込まれた、小型LEDライトのスイッチを入れた。


 俺の眼前に現れたのは、血を大量にぶち撒けた、犬のようで犬でない物だった。俺に撃ち込まれた銃弾で虫の息だ。


 ソレは黒くぬらついた皮膚を持ち、犬のように四つ足だが、口は胸の辺りまで裂け、しかも花のように顎が四枚に割れている。


「っきしょお……やっぱテメエかよ。俺をさんざ振り回してくれた野郎は……」


 その生物は、異界獣。

 コードネームは『アギト』、今夜の獲物だ。

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