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【3】ゆがむ記憶 崩れる心 3

 眩しい。

 町外れの一角が、まるでナイター施設のように輝いている。


 今夜の現場は、照明障壁で防護されている。

 といっても珍しいものではない。


 工事用の仮囲い鋼板で作られた壁の上に、高輝度照明をずらりと並べて取り付けただけのものだ。しかし、これが異界獣にはてきめんに効果がある。


 異界獣は明るい場所が大嫌いだ。夜にならないと出歩いたりはしない。

 正確に言えば、紫外線に弱い。


 だから、紫外線の含まれないLEDの明かりでは眩しいと思わず、暗闇と同じように、元気に出歩いてしまう。


 教団施設のある都市、つまりゲートのある街では紫外線を含まない道路照明は固く禁じている。

 それは市民を守るためだ。

 事情を知らないバカな市民団体が文句をつけてくることも希にあるが、金を命を引き替えにしたがるヤツなどいない。大概は一蹴して終わる。


     ☆


「今日はずいぶんと手際がいいな」

「市長が物わかりのいい男だそうだが……。どうやったんだ?」


 ハンドルを握るシスターベロニカが、後部座席に声をかけた。


「警察に、教団育ちの人がいるんですよ。ちょっと怖い写真を見せてあげたら、ずいぶんと協力的になったそうですよ」


「教団育ち……ね。俺と同じか」


「十年ほど前、この街に異界獣が発生した際孤児になり、遠縁の親戚以外は身寄りもないので当教会に引き取られました。

 その方は、私が赴任した時にはもう警察官になられてましたので、街のどこかですれ違いはしても直接お会いしたことはありません」


「我が教団は、相変わらず面倒見のいいことで」


「そう皮肉を言うもんじゃない、勝利。元はと言えば、被害を抑えられなかった教団にも責任はある。

 それを国に代わって全うしようとしているのだから、正しい行いだろう?」


「そりゃそうだけど……。でも後々教団職員にしたりと、利用するのがミエミエなのが気に入らないんだよ」


「就職を斡旋する事のどこが悪いんだ? さっきの警察官のように、公務員になる者もいるじゃないか。別に強制しているわけではないだろう」


「っつてもなあ」


 そうこうしているうちに、車は閉鎖区画の入り口に到着した。

 パトカー数台と防弾チョッキを着た警察官たちが、彼等を迎えた。


「さあ、着いたぞ。みんな降りろ」

「うーい」浮かない顔でシートベルトを外す俺。

「気合いを入れろ。今夜の主役はお前なんだぞ。分かってるな?」


 ――んなこと、言われなくたって分かってるよ。毎晩、主役なんだから。


「了解、っと」

 俺は車を降り、照明に目を細めた。


     ☆


「うぎゃッ」

 俺はケーブルに足を取られ、思いっきり転んだ。


 県道に設けられたゲートから、封鎖されたK地区に侵入した俺は、開始早々でいきなり額を擦りむいてしまった。


「……つつつ。誰だよ、こんなとこにケーブル這わせてるヤツは。頭おかしいんじゃないの?」


 まったく、序盤から縁起が悪い。ぶつくさ言いながら、俺は光の届かない場所まで周囲を伺いながら徒歩で進んでいく。



 背後からの強い光に照らされて、囲いの内側にある街灯の支柱や街路樹、ガードレールなどの影が真横に細く伸びている。

 もちろん、異界獣ハンターの影も、その一つだ。


 今夜のターゲットは、教団本部の見立てによると、八十%の確率で『アギト』だ。

 中型犬~大型犬くらいの外観を持つ、犬のようであって犬ではない化け物。

 その名の通り、鋭い歯と牙で獲物を喰らう、どう猛なヤツだ。



「ん……」

 俺はふと、足を止めた。


 まだ周囲は明るいが、血の臭いがする。嗅覚の鋭い俺様でもなければ、気づけないほど微かに漂っている。

 昨日以降、被害者は出ていないと聞いている。しかし、誰かが喰われているのは間違いない。


 まさか、車で奥へと先行したシスターベロニカではないだろうが。


「……なわけ、ねえか。だったら無線で連絡してくるはずだ」


 どうも色々あって、心身ともに調子が出ないようだ。

 さっきも転んでしまったし。


 俺はぶんぶん、と頭を振ると、臭いの元を探し始めた。


     ☆


「あちゃあ……参ったな」

 俺は、構えていた二丁のサブマシンガンを、ぶらりと降ろした。


 俺の追っていた血の臭いが、途中で別のものにかき消されてしまったのだ。

 犯人は、発電機のまき散らす排ガスだ。


 大量の照明を点灯させるため、発電機もまた閉鎖区画をぐるりと囲んでいる。それを今さら止めろとも言えず、俺は苦虫を噛み潰す心地だった。


「なんか今日は、仕事がちっともスムーズに進まねえなあ……」


 少々イラつきながら銃を地面に置くと、背中の荷物を降ろした。

 俺は嗅覚での探知を諦め、暗視ゴーグルを装備しはじめた。


 もう辺りには照明障壁からの光はおおむね届かなくなっている。

 ここからが本番だ。


「おっと、ワンちゃん相手にゃ、これも着けないとな」


 俺は、重いアームガードを腕に巻き付けた。

 教団開発部ご自慢の物理防護装備の一種だ。軽くスイッチを入れると、ギュッと締め付けて腕にフィットする。


 拳銃程度なら難なく弾くほどの強度を持つが重量もあり、身軽さがウリの俺様にはすこぶる評判が悪い。


 だが。


 今夜の敵は『アギト』だ。何でもかんでも食いちぎってしまう、悪食の犬だ。このくらいの準備も、ヤツが相手なら致し方ないだろう。


「あの顎でばっくりやられた日にゃあ……腕の一本くらいすぐ無くなっちまうからな」


 腕の一本、と口にしたところで、シスターベロニカを思い出した。


 ――俺の腕が無くなったら、あの人はどう思うだろうか。

 ――やっぱり悲しむんだろうか。多分。だろうな。


「俺ぁそんなドジ踏まないよ、ママ」


 俺はサブマシンガンを手に取ると、再び歩き始めた。【3】ゆがむ記憶 崩れる心 3

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