【5】何もかもが同じという恐怖 3
――万一教団クビになったら、ヤクザになるのも悪くないかなあ、と思ったけど、最近はヤクザも肩身が狭いので、シスターベロニカみたいに外国で傭兵とかするのもカッコイイかなあ――
☆
タケノコも帰宅してしまい、話し相手もなくなって暇をもてあました俺は、万一の際の身の振り方をぼんやり考えていた。
そして、いいかげん待つのに飽きたころ、遙香が教室に戻ってきた。
「おまたせおまたせぇ~~」
「お待たされだよ。ったく鍵取りに行くだけでどんだけかかってんの」
「だってぇ、緊急職員会議で先生がいなかったんだもん。しょうがないじゃない」
「そっか。じゃ、しゃあねえな」
「んじゃ、いきましょ」
遙香に連れられていった先は、部活棟だった。
もちろんその位置は把握している。
だが、さすがにここだけは学校ごとに違う気がした。
いくら部の配列がある程度同じだったとしても、廊下に積み上げられている荷物や壁のポスターまでは、さすがに同じにはならない。
(よかった……。ここは、違う場所なんだ)
自分が存在しているのは、あくまでも現実であってゲームのサーバー内なんかじゃない。だから、箱が同じでも中身の人間は全部違う。
細かいところまで一緒にはならない。
この事実を目の当たりにして、とてもホっとした。
急に自分のいた場所が異常な空間だと認識してしまったら、気がおかしくなりそうに思うのは、当たり前じゃないか。
俺すごく恐かった。ホントに恐かった。
なんでこんな恐ろしいことに今まで気付かなかったのか……。
その事実そのものが、恐ろしかった。
☆
俺と遙香が部活棟の雑然とした廊下を歩き、到着したのは文化部ブロックにある写真部だ。どうやらここが目的地らしい。
この学校に都市伝説部とかオカルト部がないのなら、彼女にとって次の候補は、多分ここなのだろう。
遙香に続いて部屋の中に入ると、現像液のツンとした臭気が鼻に刺さる。
部室内は、スチール製の棚に詰まった大量のアルバム、印画紙のダンボール箱や現像用の薬品の瓶、ガラス戸つきの棚に飾られたトロフィー、壁の上の方には額装された賞状が何枚も飾られている。
そして、窓際の流しの所には、干物のようにヒモから吊された大量の現像済みのフィルム。部屋の隅には暗幕で囲った簡易現像室もあって、いかにも一昔前の写真部ってカンジだ。
「やっぱり不思議? ……よね。今どき写真は、みんなデジタルだもんね。アナログにこだわるのは顧問のポリシーでもあるし、部の伝統でもあるし、ってところかな」
「ねえ、他には部員いないの?」
手短な椅子に腰掛けて彼女に訊いた。
俺は、室内が蒸し暑いのでブレザーを脱ぎ、椅子の背もたれに掛けた。
脇のホルスターが丸見えだが、急に人が入って来ることもなさそうだから、問題はないだろう。
「私以外はみんな受験だから、実質ひとり」
そう言うと、遙香は窓をかたっぱしから全開にして換気を始めた。
少し酸っぱくて蒸された空気は徐々に排出され、室温も下がっていく。
そして彼女は、流し台の端に掛けてあった雑巾を濡らして、白くほこりの積もった会議テーブルの上を水拭きしはじめた。
「そっか……大変だな」
俺は、雑巾がけをしてゆらゆらと揺れる遙香の髪を、なんとなく眺めていた。
それだけで、少し不安や恐怖が薄くなっていく気がした。