【4】何もかもが同じという恐怖 2
放課後ちょっと付き合ってと遙香に言われ、俺は居残りすることになった。
彼女が職員室にどこかの鍵を取りに行ってるあいだ、人気のない教室で、ぼーっと校庭を眺めていた。
「あそこに体育倉庫があって、あそこにサッカーのゴール、あっちに野球場があって、その向こうに陸上のトラックと屋内プール。そして、剣道場……」
誰に言うでもなく、独り口に出しながら、ひとつひとつ指さしていく。
自分は、この学校に来るのは初めてなのに、校内の全ての施設の位置を把握している……。でもそれは、おかしなことなのか?
☆
俺一人の手で町中にはびこる異界獣をくまなく駆除するためには、詳細な地形情報の記憶が不可欠になる。
ビルの高さ、屋根の幅、電柱の位置に全ての道路。
それらが克明に頭に入っていればこそ、全力で街中を飛び回り、人類の敵たる異界獣を殲滅してこられたのだ。
俺にとってどの町の地形情報も、ただの地面の上の箱、起伏にしか過ぎなかったし、仕事が終われば不要になる情報でもあった。
次の街に行けば、新しい情報が入力され、古い情報に上書きされるのだから。
☆
「なあ、タケノコぉ」
物思いに耽るのに飽きた俺は、居残りでプリントをやってるタケノコに声をかけた。
昼休みの一件で彼の遙香への気持ちは理解したものの、なぜ昨日昇降口で見せたような悪態をつくのかが理解出来なかった。
念のため当人に聞いてはみたものの、脅すなら本格的にやろうと思ったから……などと、やはり理解に苦しむ答えが返ってきた。
DQNの考えは、やっぱり休むに似たりなのである。
「なんスか、兄貴」
彼は眉間に皺を寄せたまま、首の角度だけ動かしてこちらを見ている。
あまりに苦悶の表情をしているので、ほっといたら脳が溶けて鼻からダダ漏れてしまいそうだ。
俺が一文字家の前で退治したチンピラから、多島はとてもコワイ稼業の人だと聞いて以来、タケノコの態度は舎弟モードにシフトしたらしい。
素性を聞いてもなお、こうして普通に口をきいているあたり、鈍感なのかDQNだからなのか、とにかく臆さないのはさすが金貸しの息子と思える。
で、将来金勘定をしなければならないはずの御曹司が、数学のプリントに苦戦を強いられているというわけだ。
「ひょっとしたらだけど、学校の施設って、みんな違うのか? たとえば体育館とか陸上トラックとかプールとかの場所……とか」
「なに言ってんスか、当たり前……って、そういや昼間もヘンなこと言ってましたね、兄貴」
俺はこれまで、学校というものは、全て同じ規格で作られていると信じて疑わなかった。他の学校に関しては、ただの地形情報としてのみ頭に入っているから、何の施設かは一切知らないまま仕事をしてきた。
だから、転校する学校全てが同じつくりでも、違和感を覚えることがなかった。
「もしかして、組の仕事が忙しくてシャバに出たことないんスか?」
「ん、まあ、そんなとこかな。あちこち点々としてるから……」
とりあえずそういう設定ということで、このままビビってもらった方が都合よい。
タケノコは再びプリントと格闘しはじめた。
そんなタケノコのことを少し考えたら、不思議と気分がクールダウンしてきた。
俺はまた物思いに耽った。
揺れる心をいくら気合いでどうにかしようとしても、失敗を確実に防ぐことは難しいし、昨夜のような強敵がまた現れるかもしれない。
異界獣の来訪を防げないように、新種の出現もこちら側の人間には防ぎようがない。あれらは全て、あちらの都合でこちらにやって来ているのだ。
だがこの数年、新種の出現はなかった。
それ故にみな油断もした。
しかし新種は現れてしまったのだ。一匹現れれば、また現れるかもしれない。
一種類現れれば、違う種類が現れるかもしれない。
――だから、今度は本当に死ぬかもしれない。
「なあ、竹野」
「なんスか、改まって」
「もしも俺に何かあったら、ハルカの力になってやってくんないかな。あんな脅迫なんかしないで誠意を持って接してやれば、彼女にはなってくれなくても、嫌われることはないと思うんだ……」
バカに言って通じるかどうか分からないが、試しに言ってみた。
「兄貴……。ま、任せてください!」
タケノコは、ガタッ、と椅子を鳴らして立ち上がり、直立して言った。
「い、いい命に換えても、ハルカを守って見せます!」
「だが、俺の目の黒いウチに指一本触れてみろ。……殺すぞ」
俺はアブナイ稼業の人らしく、低い声で凄んでみせた。
なかなか遙香が戻って来ないので、俺はひまつぶしにタケノコのプリントを手伝ってやった。こんなウルトラ簡単なのが解けないなんて、一体どうやってこの学校に……。
(ああ……そういうことか)
俺はなんとなく察した。