【3】何もかもが同じという恐怖
昼休み、俺はちょっと出遅れて学食に行った。
すると遙香が信じられない量の昼食を取っていてドン引きした。
親子丼、ネギトロ丼、カレーうどん、焼き肉定食。
炭水化物過多なメニューが、テーブルいっぱいに皿が並んでいる。
周囲の生徒は見慣れているのか、誰も気に留める者はいない。
(……あ、ハンバーガーをタッパーに詰めてるぞ。まさか夕食にする気か?)
「ショウくん、遅いよ。もうA定食なくなっちゃうよ?」
遙香はもぐもぐしながら言う。
「う、うん……」
呆気にとられていた俺は、慌てて配膳カウンターに向かった。
俺はコロッケカレー特盛りを持って、遙香のいるテーブルに戻ってきた。
「なあ、家で食事作ってないのか?」
彼はコロッケにソースをかけながら遙香に訊ねた。
「うん。節約しないと。お父さんがこの学校に入れてくれて良かったよ。タダで食べられる学食なんて、他にはないもの」
スプーンでふわとろの親子丼をかきこみながら、遙香は言った。
「え? ちょっと待って。学食ってどこでもタダじゃないのか?」
「え? まさか。そんなハズないじゃない。あ、でも……」
ハルカはスプーンを咥えながら思案した。
「でも?」
「この学園は、ショウくんのいる教会と同じ経営でしょ?。で、全国各地に同じ系列の学校があるから、そこならきっとタダかもしれないわよ」
「本当に、本当に他の学校じゃメシはタダじゃないんだな?」
「あ、当たり前じゃない。学校ごとに違うわよ。普通は有料だし、購買だけのとこもあるし、みんなお弁当なところだってあるわよ。……ねえ、どうしたの?」
俺は血相を変えて席を立つと、後からやってきたタケノコを捕まえて、同じ質問をぶつけた。一緒にいたタケノコの友達にも訊いた。
――でも、返ってきた答えは、全く同じだった。
『どういう……ことなんだ?』
これまで俺は一切疑問を抱いてこなかった。
それが当たり前だと思っていたから。しかし、本当は自分の常識ってヤツは、世間の常識とは全く違うんじゃないか……。そんな気が沸々としてきた。
遙香の家で見た写真もそうだ。
自分には全く身に覚えがないのに、彼女は知っている。
『もしかしたら、俺は異常かもしれない』
些細な掛け違いかもしれない。だが、大きな掛け違いだったら?
小さなほころびから、色々なものが信じられなくなってくる。
足元が急にゆらゆらし始めた。
だがそんなのは気のせいだと分かってる。
自分以外、誰もゆらゆらしてなどいない。
ゆらゆらしているのは、自分の中の確たる記憶――
『俺って、一体?』
――ガンッ! 勝利の頭上に、いきなりゲンコツが降ってきた。
「ぎゃッ!」
殴ったのは遙香だった。
「なにやってんのよ! はやく食べちゃいなさい。昼休み終わっちゃうでしょ!」
「はーい」
言われてみれば、どこの学食も固定メニューは全く同じだ。
そうか。そうなんだ。
自分は全国の学校のメニューが同じだと思い込んでいたんだ。
でも違う。同じ系列の学校だから同じなんだ。
同じ、系列? 同じ?
(同じ系列という事すら、俺は気付いていなかったのか!)
これってどういうことなんだ? すぐいなくなるから気にしてなかったのか? いやそれだけじゃないだろう。
普通なら気付くはずだ。
フィクションの中の学校ですら、多種多様なのだから。
自分はそれを知識として知っていたはずなのに、現実では皆同じだと誤認していた。
――それは、何故?
自分には分からないことが多すぎる。
あえて意図的に伏せられていたのか。ただ気にせずにいただけなのか。
それとも教団は何かの都合で自分を騙していたのか。
頭が本気でパンクしそうだ。
「ねえ、具合でも悪いの? それとも……ケガのせい?」
いつまで経っても食事に手をつけない俺に、遙香が声をかけた。
心配そうに俺を見つめている。
「ケガはもう、大丈夫。痛みはなくなったから。どっちかというと……頭、かな」
「頭……ねえ。あの……もしかして、昔のこと、とか関係ある?」
「昔……あ……子供の頃のことか!」
俺の中で、複雑な何かが一本の線でつながりかけた。
でも、思うように思考が繋がってくれない。
すごくもどかしい……。
(あ……。そういえば)
俺の脳裏にハルカの家にあった地図が浮かんだ。
あれがきっと鍵になる。そう思った。