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【1】パンガシウスを喰らう者

「やだあ、どうしたのその顔! おっきなばんそうこうなんか貼って」


 翌朝、朝飯の最中に遙香が教会にやってきた。で、開口一番がコレだった。

 門の柵越しに俺の顔を見て呆れている。

 気まずい空気を作る前に、こんな風に切り出されてしまってはどうにもならない。


「昨日、仕事でちょっと」

 俺はバツ悪そうに、頬の絆創膏に手を当てた。


 化け物に切られた頬の傷が存外深かったので、痛み止めを塗った湿布を貼っている。傷口自体はもう塞がっているのだが。


「そう……」

 何かを悟ったのか、彼女はそれ以上追求することはなかった。


「えっと……き、昨日は勝手に帰って、ゴメン」

「あ、あああ、ああ……いいよ、べつに。急にあんなこと言った私が悪いんだし……ごめん、ショウくん」


 遙香はそっぽを向きながら、ブレザーのポケットに両手を突っ込んで、肩を左右に振っている。

 気まずいとも若干違うような、微妙な空気が流れる。


「あーっと……いま朝飯食ってる最中なんだけど、なに?」

「通学路の途中だし、一緒に学校行こうかなー、とか思って――」


 そこまで言うと、ぐきゅるるるる……と遙香の腹の虫が盛大に鳴いた。


「きゃぁっ」

 顔を真っ赤にし、腹を押さえて前屈みになる彼女。


「……朝飯まだなのか?」

「うん」うつむきながら、こくりと頷く。


(そっか、こいつんち今、ハルカしかいないから、朝飯抜いてるのか……可愛そうに)


「来いよ。一緒に食おうぜ」


 勝利は門戸を開けて、遙香を中へと促した。


 虹色ぐるぐるソーセージをご馳走になったから、そのお返しである。

 彼女を食堂に通すと、シスターたちは意味深な笑いで出迎えた。

 教団きっての凄腕ハンター・多島勝利の客人だ。無下に扱われることはないだろう。


     ☆


 シスターベロニカは既に食事を終えて、食堂の隅で連ドラを見ている。あちこちの街に赴任する俺達にとって、全国ネットの国営放送は地味に有り難かった。


 俺は、取っておいた昨夜のパンガシウスの切り身を暖めるようシスターに頼むと、自分の向かいの席に遙香を座らせた。


「懐かしいなあ、教会って子供の頃に入ったきりよ」

 遙香が言った。


「そうなの?」

「教会のクリスマス会に来たとき、迷子になって入り込んだのよ」

「ふうん……」



 街の教会でクリスマスに子供を招いてパーティを催すのはよくある話だが、この教団でも全ての施設で近隣住民へのサービスを行っている。

 一般的には宗教に親しんでもらうことが目的だが、この教団の目的はあくまで地元に溶け込むため。

 本来武装組織である教団には、教義など最初から存在しない。あくまでも世を忍ぶ仮の姿なのだ。



 遙香がクロワッサンとスクランブルエッグに舌鼓を打っていると、厨房からシスターが例のブツを運んできた。


「さあ、これも食えよ」

「なに? お魚? いいの? こんな……」


 暖めなおした魚には香草とバターが添えられて、いい薫りが食卓に溢れる。


「本当は、昼休みにお前に食わせてやろうと思ったんだ」

「……ありがと。こんなちゃんとしたもの、食べるの久しぶり」


 どんな食生活送ってんだ、と言いそうになって言葉を飲み込んだ。

 彼女の生活が困窮していることをうっかり忘れかけていた。


「これな、ベトナムの大ナマズなんだ。シスターが俺たちのために取り寄せてくれたんだよ。うまいぞ!」

「すごーい! いっただっきまーす!」


 遙香は大喜びで手を合わせ、さくさくとパンガシウスにナイフを入れた。


「どう?」

「んー! んー!」

 満面の笑みで頭をこくこくと上下させている。


「よかった。たくさん食えよ」

「ありがとう、ショウくん」


 遥香は美味そうにパンガシウスに舌鼓を打っている。俺はそれをまんじりともせずに眺めていた。

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