【11】電気を喰らう者 8
「勝利、待たせた!」
背後からシスターベロニカの声が。
「こっちに全力ダッシュして! 小屋の上に放り投げる!」
無言で頷き、俺に向かって突進するシスターベロニカ。
腰を落とし、両手を体の前で組み迎える俺。
「飛べえッ!」
彼女が俺の手に駆け上がると同時に、俺は天に向かって彼女を放り上げた。
黒いベールをはためかせ、シスターベロニカは警備室の屋根にひらりと舞い降りた。
「今夜も綺麗だぜ、俺の勝利の女神」
「当たり前だ」
軽口を叩きつつ、シスターベロニカは周囲を一瞥した。
屋根の上から現状を見たシスターベロニカは、愛息子が新種の化け物に相当の苦戦を強いられていることを察した。
いま俺たちのいる工場前の道路は、やや広めの二車線だが、敷地の向こう側は緑地ブロックのため木ばかりだ。工場ゲートの両サイドも、盛り土と街路樹で場所に遊びがほとんどない。
俺の得意とする高低差を利用した戦法も、利用出来る地形や建造物が少ない。
その上、道路は炎上したトラックとパトカーによって半ば塞がれている。
場外乱闘をするために、この場から離れれば、先ほどの運の悪い警官のような被害者が出ないとも限らない。
かといって、ある程度の広さのある工場敷地内に招き入れるのもはばかられる。
ならば、自分の出来ることは――
「奴の弱点は真ん中の胴体だ! 足は攻撃がほとんど効かない」
狙撃手のシスターベロニカへの注意を逸らすため、俺は銃を連射しながら異界獣の反対側へ回り込んだ。俺の背後には燃えるトラック。近づき過ぎれば火達磨だ。
『私は上から奴の口を狙えばいいのか』無線からベロニカの声が入る。
「こいつは立体的な動きが苦手らしい。奴の突進は威力とスピードは強いが、」
言っている側から敵が突っ込んで来た。
四本の無骨で大きな足を巧みに使い、まるで蜘蛛か昆虫のように高速で這い寄ってくるのだ。
さながら、特撮映画を早回しで見ているようで、気色が悪いことこの上ない。
俺はすんでのところでヤツの突進を脇へとかわすと、毛むくじゃらな足の化け物は、俺の背後の炎に構う様子もなく車体を道路の反対側まで吹き飛ばした。
「細かいコントロールが出来ないのは、あまり目が良くないからかも」
『とにかく動きを止めろ』
「んなこと言っても、接近戦になったら俺負けちゃう」
『なんとかしろ』
分かってるよ、と毒づくと、俺は血の滲む頬を手の甲でひと撫でし、ぺろりと舐めた。
「同じ青い血でも……俺の方が旨いな」
不器用に方向転換する異界獣を見つめながら、俺は銃のマガジンを入れ替えた。
「さあ、こいよ!」
叫ぶなり、俺は異界獣に一発弾丸をお見舞いした。
偶然に期待して足下を狙ったが、そうそう上手い具合に跳弾するものではなかった。
化け物は奇声を上げて体を震わせると、アスファルトの上に踊る青い揺らめきを蹴散らしながら俺めがけて突進してきた。
俺は身を翻し、シスターベロニカの射線へと一目散に駆けだした。
背後からドドドと重たい足音が迫る。
警備室の横を通り抜けようとしたその時――俺の体が宙を舞った。
「がッ!!」
俺は強い衝撃で弾き飛ばされ、工場内の路面を数度転がり、縁石にぶつかって止まった。クラつく頭を無理やり持ち上げて、俺を突き飛ばしたヤツを見た。
突進しか出来ないと思われていた異界獣が、いきなりロケットのように前方にジャンプしたのだ。
「勝利ッ!!」
シスターベロニカが叫ぶ。
霞む視界からヤツが消えた。次の瞬間、
「うぐ……何が、ぐあああッ!」
いきなり体が押し潰され、息が出来なくなった。俺の上にいる、すごく重たいものから鋭いものが腹にねじ込まれると、俺は激しく吐血した。
「なん……だよ……これ」
激痛で意識を失いそうになりながら見上げると、己の腹の上で化け物の巨大な足がステップを踏んでいた。
『大丈夫か!』
「く、来るなよ……ぐぶッ」
『おい!』
「こ……いつめ」
俺は、やっとの思いで予備の銃を腰から抜くと、当てずっぽうに数発ブチ込んだ。
『ヴヴヴルルルルッ、ゥウウウルルルルッ』
当たったかどうか自信はなかった。
だが、こいつが鳴いてんなら当たったのだろう。
ふっと体に伸し掛かる重さも失せた。そのスキに俺は、ゴロゴロと力なく転がって化け物の体の下から逃げた。
「ずりいよ……ジャ、ンプするとか……聞いてねえ」
全身がギシギシと思うように動かない。
激痛も走っている。
恐らく、体のあちこちにヒビや骨折を負っているのは間違いなさそうだった。
だが俺は気力を振り絞って立ち上がった。
足は震えてるが、今は立つしかない。
口に溜まった血ヘドをべっと吐き出す。
奴も苦しそうな鳴き声を発しながら、こちらを威嚇してくる。
「ああ……また逆方向にこいつ誘導しねえといけねえのかよ……つれえな」
足はまだ無事だ。
動くだけなら何とかなる。だがスピードに自信がない。
「食われたら、それまでよ」
軽く息を吐くと、俺は少々狙いをつけ、腰からアンカーを射出した。
ガツン、とゲートの柵にぶつかった。
くッ、と軽くワイヤーを手繰り、引っかかっているのを確認した。
「頼むから、あんま早くくんなよ――」




