【8】電気を喰らう者 5
「危ない!!」
次の瞬間、俺はシスターベロニカの体を脇に抱いて宙を舞った。
そしてゲート脇の警備室の屋根に飛び乗った。するとすぐ目の前に強い光が瞬いた。
「うッ」
シスターベロニカは思わず手のひらで目を覆った。
さっきまで彼女のいた場所に、稲妻が落ちたように見える。
「ふう。間に合って良かった」
脇に抱えた彼女を屋根に下ろした。
「勝利……」
「上から見たらアレが帯電してたんだ。やっぱ電気を食うみたいだね」
異界獣はシスターベロニカに撃たれた拍子に、貯めに貯め込んでいた電気を放出させたのだった。
「遅いぞ。もう二人犠牲者が出ている」
シスターベロニカは口では咎めているが、さすがは我が息子だと内心褒めているのが表情で分かる。
「ごめん、冷凍車を見た時点で気付くべきだった」
彼女を姫だっこして、警備室の屋根からヒラリと飛び降りた俺は、彼女をそっと降ろすと、背後へと押しやった。
視線は異界獣にロックオンしたままだ。
奴は銃撃と放電のダメージでフラフラしていて、ずいぶん弱っているように見える。
「お前に護られるほど、私は落ちぶれてはいないぞ」
と、むくれながらシスターベロニカが言った。
「師匠に何かあったらこっちが困るんだよ」
俺は背中から得物を取り出すと、両のリストバンドにカチリと固定した。
そして胸の辺りでクロスさせると、両脇にヒュン、と振り抜いた。
未だ握力が戻っていないので、腕に直接武器を装着している。
一見トンファーのように見えるが、刃物のように薄く、刀身はつや消しのブラックだ。
対異界獣用コーティングが施された、ナノカーボン繊維とセラミックのハイブリッド素材で出来ている接近戦用の武器だ。
「じゃ、向こうで待ってて」
それだけ言うと、俺はコートを翻し、ワンステップで獣の前に躍り出た。
上半身のカエル部分はシスターベロニカの撃ったグレネード弾でボロボロになっていた。
ひどく鮮やかな水色の体液が、皮膚の裂け目からだらだらと流れ落ちて幾本も筋を描き、黒い体表にムダにサイバー感を与えている。
「トドメを刺してやんぜ!」
俺は大きく振りかぶり、頭上から刃を振り下ろして化け物を真っ二つに――したつもりだった。
だが、黒い刃は敵の腹の辺りでピタリと止まってしまった。
「なッ!?」
彼は咄嗟に体をスピンさせると、化け物の体の表面を横薙ぎに幾重にも切り裂いた。
(どう……だ?)
正直、あまり自信はなかった。ただ何度か体表面をひっかいただけだから。
黒いゴム状の表皮を裂き、腕も一本くらいは断ち落としたかもしれない。
……でも、やっぱり手応えがない。
ブシュッ、といっぺん、水色の体液を吹き上げると、半死半生の異界獣が鳴きだした。
『ヴ……ルルル……ヴププ……』
「刃物が通らねえならッ」
俺は腰から銃を抜くと、続けざまに五、六発撃ち込んだ。
弾がヒットする度に、体を震わせてはいるが、サルのような足はしっかりと地面を踏みしめている。
(なんだこいつ、手応えが)
俺はさらに、腹の辺りに狙いをつけて銃を撃った。
「くそッ、おかしい!」
残りの銃弾を撃ち尽くしてもなお、敵は立っている。
あんなに柔らかかった上半身とは裏腹に、下半身はビクともしていない。こんな敵、今まで見たことがない。
背中に冷たいものが流れる。
焦る心を抑えながら、マガジンを替えようとしたときにそれは起こった。