【6】電気を喰らう者 3 ベロニカside
「まったく、所轄は何をやってるんだ? 自分たちの街を護る気もないのか。嘆かわしい連中だ」
「まあ、そうプリプリすると小じわが増えますよ。シスターベロニカ」
「や、やかましい! オフの時にはちゃんとスパでフォローしているのだ、問題ない!」
検問を抜けた車がいると聞いて、私は腹を立てた。そこにお肌の心配まで上積みされて、私の右眉は若干ぴくぴくしている。
今夜の現場である、金属加工工場の電源室に陣取った私と、その補佐についているシスターマーガレットの二人は、異界獣をおびき寄せるタイミングを待っていた。
近くに異界獣が来たときに電源を入れてやれば、高い電圧におびき寄せられるだろう、という算段だ。
作戦立案者は私だが、正直自信がなかった。
かの異界獣の好物が電気であるという根拠が、変電所を襲ったことや、VR車を喰らったことくらいしかないのだ。
教団にとって、そして自分にとっても、民間の工場を囮に使うのは不本意ではあるが、異界獣の拡散を放置するわけにはいかない。
異界獣による被害には、非公式ながら国家による保障も存在している。
利用される民間人を気の毒に思っている。その気持ちに偽りはない。
だが、出来ることなら愛息子に傷を付けたくはない。
それもまた偽らざる本心だ。
「あの……じつは私、実戦は初めてで。大丈夫でしょうか」
センサー類のケーブルを束ねていたマーガレットが、急に不安そうな顔で訊いた。
「ん、そうなのか? 冗談を言う余裕があるのだから、そうは思わなかったぞ」
「緊張すると余計なこと言っちゃうんです。昔から」
アハハ、と困り顔で笑いながら言う。
私達のサポート役を仰せつかったシスターマーガレットは、近隣の街の出身だ。異界獣により両親を失い、教会で育った。成長して教団の養成所を卒業し、昨年この街の教会にシスターとして赴任したばかりだ。
「案ずるな。今この街にいるハンターを誰だと思っている? 我が教団の最終兵器だぞ」
「そ、そうですよね。勝利さんなら……」
「もちろんだ。ちょっと外の空気を吸ってくる。ここは任せた」
「了解です!」
私はポンとマーガレットの肩を叩くと、飲みかけのペットボトルを取って電源室を出た。
何か胸騒ぎがする……。
☆
電源室の前でミネラルウォーターのペットボトルを一気に空にすると、ふいに工場のゲート付近でタイヤの激しいスキール音が鳴った。
次の瞬間、私はボトルを放り投げ、ゲートに向かって全力で駆けだした。
「ゲート前、何事だ、報告しろ!」
インカムに向かって叫ぶ。
『こちらゲート前、今トラッ、きゃああああ』
待機中のシスターの絶叫、そして大きな衝突音が聞こえた。
例のトラックにでも突っ込まれたのか。
(くッ、派手なお出ましだなッ)
私は走りながらインカムに呼びかける。
「勝利、すぐ戻ってこい。予定が狂った」
『こちら勝利、了解。さっきの悲鳴は?』
「これから確認する、以上」
いやな予感を覚えつつ、私は走った。
☆
まもなくゲート前に到着すると、白煙を上げ、運転席をパトカーの半ばまで突っ込んだ貨物トラックが彼女を出迎えた。
「シスターベロニカ! た、た、たすけて」
私めがけて飛び込んできたのは、見張り担当のシスターチェリーだ。
すっかり怯えきっていて使い物になりそうにない。
私は、チッ、と舌打ちをすると、
「貴様は電源室に向かえ! ドアの前でマーガレットを援護しろ」
とだけチェリーに告げて、自分は白煙を上げているトラックに警戒しつつ近寄った。
警官たちは皆、道路封鎖で出払っており、こちらの被害はパトカー一台のみ。
だが、車体前部が酷くひしゃげた、このトラックの運転手は無事では済まないだろう。悪いが構っている暇はない。
「この煙は……?」
トラックを見ると、荷室側面に冷凍車と書いてある。
煙はエンジンからではなく、荷室前部の冷却ユニットから出ていた。
(まさか……この電源に釣られたのか?)
車一台を大きな冷凍庫にしているのだから、使われる電力も大きい。
万一獲物がこのトラックに引き寄せられたのだしたら――
私は、背中に担いでいたアサルトライフルを急いで構えると、トラック後方にぐるりと回り込んだ。
さらにゆっくり回り込むと、車の向こう側に張り付いていた何かが、一瞬で姿を消した。
(これか――)
私はおもむろに車体の下に爆薬を放り込み、全力でゲートの内側に飛び込んだ。
次の瞬間、トラックはパトカーもろとも爆発した。
(どうだ?)
ゲートの柱の陰から体を起こすと、青く炎上する二台の車が視界に入る。
炎の色が異質なのは、異界獣専用に造られた手榴弾を使用したためだ。
炎で明るく照らされた周囲には、道路に張り付くように燃える積み荷の残骸や、吹き飛ばされたガラスの破片、冷凍車のちぎれた壁が散乱していた。
「この程度で殺れるとは思わんが……」
私は、敵の死体がないか、注意深く炎の中に目を凝らした。




