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完結【バトルホラーアクション】退魔天使は闇夜に踊る【人外の戦士が記憶を失いながら魔物を屠る】  作者: 東雲飛鶴
第二章 相棒は、シスターベロニカ

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【2】教会とシスター 2

「うっわー……どうしたんスかコレ」

 ごちそうを見慣れている俺でも、これにはちょっと引いた。


 着替えを済ませ、仕事前の腹ごしらえにと食堂にやってきた彼が目にしたものは、でっかいテーブルの上に、でっかい皿、そしてその上には――


「パンガシウスの丸焼きよ! ベトナムから取り寄せるの大変だったんだから」

 シスターの一人が腰に手を当ててドヤ顔で言い放った。


(昨日から仕込んでたって、コイツのことなの? つか食えるの?)


 確かにそこには、不気味で巨大なナマズが、デデンと横たわっていらっしゃる。

 近年ではウナギの代替とされたこともあったけど、結局あまり普及しなかった。


 それにしても、全長一メートルくらいはありそうなのだが、一体どうやって調理したのだろうか。

 全体にまぶした香草とバターの香りが、油の乗った魚の匂いと混ざり合っている。


「えーっと………………デカイっスねコレ」

 やっとそれだけコメントする俺。


「あんまり大きすぎると調理できないから、これでもまだ小さい方なのよ?」


(これでも小さい……のか)


     ☆


 教団直営の教会の食堂は、どこも同じような作りや内装だ。西洋風で質素すぎない程度の壁紙や美術品や調度品がしつらえてある。

 テーブルそのものは学食などで使う一般的なものだが、こじゃれたテーブルクロスがかけられ、一応の品位を保っている。


 だがこの教団の食堂は、教会そのものの規模からはどう見ても大きすぎる。学校の教室二つ分ほどの広さがあるが、常駐しているシスターは通常十人未満。たまにハンターがやってきたとしても、1チームの人数は五、六人がいいところだ。


 では、何故こんなに広いのかといえば、近隣住民を招いてお茶会や食事会を開いたり、カルチャースクールやボランティア活動に使う、というのは建前で、本当は有事の際に、避難場所としてある程度の数の近隣住民を受け入れるためだ。

 礼拝堂も同様で、救急施設として使う用意がある。


 何時、『虹の螺旋階段』の惨劇(・・)が起こるかもしれない。

 異界の穴という穴から虹色の光とともに異界獣が噴出した、あの地獄が。


 ゆえに教団は、いつも最悪の状況を考えているのだ。


     ☆


 一名を除き、他のシスターたちは給仕だの次の料理の準備だので忙しそうに働いている。ハンターが赴任している時は、彼女たちの食事は後回しにされるのが教団の習いだった。


 その一名とは――


「さっさと食え、勝利。美味いぞ」


 彼がドン引いているのを横目に、切り分けた巨大ナマズに梅肉ソースをブッかけてガツガツ食っている白人の大女がいる。


 彼女の名はシスターベロニカ。

 俺の育ての親であり、戦闘術を叩き込んだ師匠であり、そしてつい先ほど俺の部屋のドアを蹴り飛ばした張本人である。


 彼女も一応シスターのような格好をしてはいるものの、その装束は周囲の似非(エセ)シスターとは全く異なり、有り体に言えばごつい素材と仰々しいデザインが目につく、どちらかといえば撮影用の衣装やプロップに近い外装をしていた。


 それもその筈、俺のコート同様、対異界獣用の特殊素材と魔方陣の刺繍等による魔道コーティングが施されている戦闘用のシスター服である。

 ぺらぺらのシスター服とは比較のしようがない。


 隠密活動なのだから、もっと地味な格好の方が、という教団内部の声も無きにしも非ずだが、駆除活動に協力している政府機関の人間に、一目で教団関係者だと分かってもらえるというアドバンテージは捨てがたいのだ。


 なお、他のハンターチームでは、通常の軍隊で用いる戦闘服に少々手を加えたものに、教団の記章を取り付けただけの者もいるが飯時なので詳細は割愛する。



 俺は、師匠にこれ以上怒られるのが恐いので、とっとと席に着いた。すると、切り身になったパンガシウスが目の前に置かれた。


 ホントに旨いの? と伺うような眼差しで彼女を見ると、フォークでブっ刺した身を無言で俺の口元に突き出してきた。


「ん」


 早く食え、と顎で促される。シスターベロニカの無言の圧力は計り知れない。


「ぁぅ……」


 他人がいない場所ならまだしも、他のシスターたちがいる前でこれは恥ずかしい。


 一応は幼少期から義理の親子な関係だから『あ~ん』というシチュエーションは数限り無く発生しているが、さすがに高校生にもなって、人前でママから『あ~ん』はしんどい。


 そうこうしていると、周囲のシスターの視線に当たり判定が増えてきた。


(ヤバイ、このまま拒否っていても、かえって機嫌を損ねてしまうぞ……)


「はぐッ!」


 意を決して食らいつく。


(ふぉ、ふぉおお??)


 ぷりぷりの白身にジューシーな肉汁、そして香草とバターの芳醇な香りが口いっぱいに広がった。


「フンッ」

 シスターベロニカは満足そうに鼻を鳴らすと、食事を再開した。


 ――で。食ってみたら案外イケた。


 やっぱ見た目で食わず嫌いしたらいけないなー、と思った。


(少し残して遥香にも食わせてやろう。さっきは悪いことしちゃったし……)


 彼はシスターに頼んで、切り身を少々取っておいてもらうことにした。


     ☆


 俺の師匠兼保護者であるシスターベロニカは、金髪ロングのマッチョな白人大女で、身長は二メートル近い。年齢不詳、一言で言えばメスゴリラだ。


 元はどこかの国の凄腕の軍人だったのを教団がスカウトしたのだが、まさか闘う相手が人間じゃないとは思わず、契約に至るまでずいぶんモメたらしい。


 そして彼女は異界獣との戦いで左手、左足を失い、義肢を得た。

 もう、十年以上昔の話になる。


 だが彼女の予想に反して、教団は彼女との契約を打ち切らず、まだ幼かった俺の教育係としてのポジションを提供し、現在に至る。


 今は直接異界獣とは戦わず、武器の開発や俺のバックアップ、狙撃などをやっている。



 ――シスターベロニカは鬼厳しいが、本当にすごい人だ。

 俺はまだまだ彼女の足元にも及ばない。人より少々身軽な、ただの軽業師だよ。

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