【1】教会とシスター
「ただいま……」
教会の脇にある居住棟の玄関を開け、力なく帰宅を告げると、数人のシスターが俺を待ち構えていた。
たったあれだけの道程なのに、教会に着いたら疲労感がどっと出て来た。それに加えてこの彼女たちときたら、余計にぐったりせざるを得ない。
「ショウくんおかえりなさーい!」
「今日はごちそうよ! 昨日から仕込んでたんだから全部食べてね!」
「明日は私の番なんだから! やっとショウくんが来てくれたんだものー」
「ねえさっきの可愛い子、彼女なの? もう彼女作ってショウくんたらモテモテねえ」
(うああ、やめてえ……脳に刺さるぅぅ)
全員がハイテンションで姦しく同時に話しかけてくるので、今のコンディションでは、ごっそりとSAN値が削られる。
キャッキャとまとわりつくシスターたちに力なく片手を上げると、俺はそそくさと逃げるように自室に入った。
こうやってシスターたちが俺をもてなすのは珍しいことではない。
俺が教団本部から各地の教会に派遣されると、初めはどこでもこんな風に姦しく歓待されるので、別に驚きもしない。
異界獣の駆除作業で街にやってきたハンターを手厚く接待するのは、教団の昔からの習いであり、命がけの任務に当たる俺等への、教団からのせめてもの心遣いなのである。
プロだって、奴らに食いつかれて手足を失ったりすることもある。
――俺の師、シスターベロニカのように。
☆
俺は後ろ手に自室のドアを閉めると、即座にカギをかけた。
初夏でだいぶ日が延びたといっても、部屋の中はもう青く染まっている。
俺は明かりも点けず、スクールバッグを床に放り出してベッドに倒れ込んだ。
「もう……何なんだよ……あの子。知らないよ……そんなん……」
俺は、うーんと唸りながら、ベッドの上で身もだえた。
いろんな気持ちが互いに腕を引っ張り合って、思うように気持ちが整理出来ない。
そもそも、こんなに複数の気持ちが入り乱れるなんて経験は初めてだった。
必死に彼女のことや、事故のことを思いだそうとしても、絡まった気持ちのままでは記憶の糸をたぐることもままならない。
「はあ………………」
自分の知らないことを他人が知ってるというのは、時に恐ろしい。
遙香のことを思うと、いろんな意味で頭がおかしくなりそうだった。
それでも必死に考えを整理しようと試みた。
彼女の家を訪問して一つ分かったのは、月刊都市伝説マガジンには厳然とした教団レーティングが存在しており、少なくとも遙香の撮影した化け物や自分の写真を掲載することはないという事だ。
「それは平気だとしても……うーん……」
自分はいずれこの街から出ていく身だ。このまま彼女を無視して切り捨てても構わないし、場合によっては異界獣のせいにして処分することも出来る。
だがそんな人非人なマネだけはしたくない。
そもそも巻き込んだ挙げ句に傷を負わせた責任はあるし、自分の所属する組織のせいで彼女の父親に被害が及んでいるかもしれない。
彼女の言が正しければ、自分は二度も彼女を救っていることになる。
恐くなってロクに話を聞かなかったけど、想像するに、おてんばな遙香が施設の庭の木に登り、それを助けるために自分も昇ってしまい、二人分の体重を支えきれなくなって枝が折れ、彼女をかばって重傷を負った……というところだろう。
自分でシミュレートしてみても、そんなこと、にわかに信じがたい。
そこまで大事になっているのなら、覚えていないわけがないんだから。
幼少期の頃の事は、育ての親であるシスターベロニカに聞けば分かるかもしれない。でも遙香に正体を諸々知られてしまったことや、遙香の父親の安否、ひいては彼女自身の安全なども考えると、おちおち尋ねることも出来ない。
そんなことに比べたら、今後困窮するであろう一文字家の家計など些末な問題である。
「俺としたことが、よりにもよってそんな子に一目惚れするとは……情けない。
っていうか、これってまさかの幼馴染み?
んんんぁあああ~~~~もぉおおおお~~~~」
ぶつぶつ言いながら、ごろりと転がると。
「ぎゃッ!」
――床に顔から落ちてしまった。
「ぐ……ぐぐぐぐ……」
鼻の頭を押さえながら、仰向けになり、
「くそぉもおぉぉ~~~~~~~」
と、わめきながらジタバタ踵で床を叩き、頭を振る。
『だまれ!』
迫力のある女性の罵声と共に、自室のドアをドンと蹴る音が響く。
(うわッ、おこられた)
「ご、ごめんなさい……」
俺はのっそりと身を起こすと、制服を脱ぎ始めた。
「……事故のことくらいなら、聞いても大丈夫かな……」
今のままでは何の進展もないのは間違いない。
せめて少しでも情報が得られれば。
もやもやしつつ、夜の仕事に備えて俺は戦闘服のインナーに袖を通した。