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【9】都市伝説ハンター 2

「それはね、知られてはいけない本物の情報だからだよ」


 俺は膝の間で手を組み、遙香からわずかに視線を逸らしながら語り出した。

 まさか自分でも、こんなことになっているとは思わなかったのだ。


 教団の情報統制について、最前線の実動部隊である自分には知る由もない。

 まして報道される写真のレーティングなんて……。



「いま見せてもらった雑誌には、確かに本物の異界獣の写真がいくつか載っていた。それは俺が保証する。だが、どれもピンボケだったり暗かったりと、明確に分かるものがないんだ。気付かなかった?」


「えーっと……」

 遙香は困惑気味に雑誌をめくっている。

「そう言われてみれば……」


「どうだ? 自分が最近撮影したものと比べて」


「ぼんやりしてる……。

 おかしいなあ、お父さんの撮った写真ってこんなだったっけ」


「思い出補正、あるいは別の写真で補完されていたか。

 もしかしたらお父さんは、もっと鮮明な写真を撮っていて、家ではキミに見せていたかもしれない、でも採用されたのはこんなのばかりだ」


「……」

 遙香はしょんぼりと肩を落とした。


「それが何を意味することなのか、わかるよね?」


「しられ……ては、いけない……こと」


「そう。少なくとも、今この街で起こっている連続殺人事件が風化して、都市伝説化しないかぎり異界獣が大量発生したなんて記事は作れないしハルカさんの写真も使えない。たとえピンボケ写真があったとしてもだ。

 ましてや関係者である俺の写真なんて言語道断」


 ゆっくり冷静に考えてみれば分かることだったんだ。

 リアルタイムで発生してるこの殺人事件を、たとえゴシップ誌ですら記事になんて出来っこないってことが。

 それに気付けなかったのは、俺が心を乱していたからだ。


「写真で稼ぐのは諦めろ」

「じゃあどうしたら……」


「とにかく、なるはやでバイト探せ。んで、もしあいつらを見つけても、絶対近くに寄ったらダメだ。次こそ死ぬぞ。じゃ、俺帰るよ」


 そう言って立ち上がりかけた俺を遙香が制止した。


「待ってよ。まだ終わってない」


「……えっと、なんだっけ。まだ何か?」

 正直あまり長居をしたくなかったのだ。


 これ以上、写真のことで詰め寄られたくなかったし、惚れた弱みでうっかり失言をしてしまうかもしれないし、お父さんの失踪の原因が教団にあるかもしれない……なんて、気付かれるのも困る。


「なんでアンタがキスしたのか、まだ聞いてない!」


 遙香はローテーブルから身を乗り出すと、キレ気味に言った。

 でもそれは、下駄箱前で見せた表情とは少し違っていた。


 苦しそうというか、切なそうというか、どうにも言い表しにくい顔をしていた。


「あ、あれは……、あの時、ハルカさんは化け物に腹をドつかれて倒れたんだ。一刻も早く助けないと死にそうな程の重傷だった。俺がそいつを退治したあと治療をして、意識のないキミに口移しで薬を飲ませたんだ。多分その時、少しだけ意識があったんだろう」


 でも半分は本当で、半分はウソだ。たとえそれが事故だったとしても、



       『ハルカを殺したのは自分だったのだから』



 慌てて蘇生と治療をし、事なきを得たわけだけど、自分が彼女を一度は死なせてしまった事実は消しようがない。


 だが、本当の事を言う度胸がなかった。

 そんなちっぽけな保身を願う気持ちが、俺はたまらなくイヤだった。



 遙香は困惑していた。


「ち……りょう? 確かに、怪我したはずなのに、気付いた時には治ってたけど……」


 当人も、あの晩、腹に強いダメージを受けたところまでは覚えていた。

 その後のことは意識も切れ切れで、俺に抱かれて口づけされたことしか記憶にない。


 次に意識が回復したのは、腹の風穴がふさがって痛みも消え失せた後のことだ。

 さすがに破れた服までは修復していなかったから、全てが夢だったとはならなかったのだが。


「キミが街中からずっと俺を追って来ているのは分かってた。そのうち見失って諦めるだろうとも思ってた。でも、まさかあの公園の奥まで女の子が踏み込んで来るとは思わなかったんだ。

 人気はないし、真っ暗だったし、そんなに切羽詰まってるなんて知らなかったし……。だから、ハルカさんが襲われたのは、俺にも責任がある」


 遙香は黙り込んでしまった。真相を聞いて恐くなったのだろうか。


 少しして、おとなしくソファに座ると、彼女はスカートの端を掴み、唇を噛んだ。

 沈黙が恐くて、先に口を開いたのは俺だった。


「あ、あの……ごめん……ホントにゴメン……」

「うん……」


 二人して(こうべ)を垂れて、リビングがお通夜になってしまった。


「そ、それに俺らは予防してっけど、一般ピープルがあいつらに触れると、ひどい病気になることがあるんだ。だから、急いで薬を口移しで飲ませたんだ。

 ……ホントだよ」


 これも真っ赤なウソだ。

 飲ませたものだって、本当は薬品などではない。

 もっとヒドイものだ。

 慣れないウソにウソを塗り重ね、しどろもどろになっていく。


「そう……」


「だ、だから、こないだのアレは、キスは事故。ただの医療行為、ノーカンだ。俺もお前もファーストキスを失ってなんかいないよ。お、OK?」


「俺も……って、ショウ君も初めてだったの?」

 ヘンに驚いている遙香。


「な、何か問題でも? お、おお俺が初めてかどうかなんて関係ない……じゃん。た、ただの医療行為なんだから。そ、それとも治療しない方がよかったの?」


(くそ~~、口移ししたとき焦ってたから感触とかちっとも覚えてない~~)


 ――実は俺、くやしかった。

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