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【8】都市伝説ハンター

「さー入って入って~」


 遙香が自宅のドアを開けると、俺を中に招き入れた。


 彼女の自宅はご近所とほぼ同じ外装、つまり建て売りの二階建て住宅だ。今どきは周辺の区画でも三階建てが主流だから、結構昔に販売されたのだろう。


 遙香にくっついて玄関ホールに入ると、お香みたいな香りや、古本、木の匂いがする。何かに似ているな、と思うと、多分古物屋だろうか。

 ホールからすぐ二階に上がる階段と、奥へと続く廊下があり、壁面や作り付けの棚、そして階段のはじっこは、都市伝説がらみの怪しげな物体で満ちあふれていた。


「いっやー、すごいなコレ」

 素直な感想が俺の口から漏れる。主に量的な意味でだが。


「みんなお父さんのコレクションだよ」まんざらでもない様子の遙香。


「だろうな。なんつーか……すげえや」ボキャブラリーのなさに泣けてくる。



 いかにもアヤシイ置物やいろんな言語で書かれた書籍、気持ちの悪い絵柄のタペストリーや呪術用としか思えない壁掛けに、呪われそうなでっかいお面。


 そして世界各国の呪術用品などなど、玄関から居間にたどり着くまでの短い間にすら、余裕で店を出せるくらいの量の怪しげなオカルトグッズで溢れかえっていた。


 きっと奥の部屋や二階には、もっと大量の物品があるのだろう。

 借金があるなら、こいつらを売り飛ばして足しにすればいいのにと思った。


 廊下を進んでいくと、壁掛けなどに混じり、額装された写真が何枚も貼ってあった。それらは都市伝説とはあまり関係がなさそうな、風景や建物などの美しい写真だった。


 しばし足を止めて見ていると、遙香が言った。


「それ、全部お父さんが撮ったのよ。いいでしょ」

「うん、いいね。綺麗だ」


「もともとカメラマン志望だったんだって。でも、いつのまにか、ね」


 ハハハ、と彼女は軽く笑い飛ばすが本当は不安なのだろう。

 目は笑っていない。


     ☆


 俺を一階のリビング(?)に通すと、遙香はチンピラを追い払ったことに感謝の意を述べつつ「ジュース持ってくるから」と言って隣のキッチンに姿を消した。


『リビング(ハテナ)』なのは、半ば彼女のお父さんの仕事場と化していたからだ。

 隣にあるお父さんの書斎らしき部屋の壁をブチ抜いて、リビングと合体している。


 そのせいで、多分お父さんの仕事の資料と思われるヘンテコなものが、書斎から大量に溢れ出してリビングの少なくない部分を占拠しているのだ。


 彼女が台所でガチャガチャとやってる間、俺は何気なく部屋の壁を見ていた。


(さすがは有名都市伝説ハンターの家だな……いろんな意味ですごい)


 そこには怪しいペナントや古文書のコピーに混じり、近県の広域地図が貼ってあった。


「これは……この辺りの?」


 地図にはたくさんのマーカーが付けられていたが、そのうちのいくつかが線で結ばれ、幾何学的な図形――五芒星を描いていた。


 イヤな予感がした。

 俺は、さらに近寄って、その地図をじっと見た。

 背中に冷たいものが流れた。


 ――――これは自分が今まで派遣された場所と同じだ。


 そして、五芒星の頂点の一つは、


 ――この町を指しているじゃないか!



『やっぱり彼女のお父さんは、あいつらの、異界獣の沸く場所を渡り歩いてきたんだ。もしかしたら、彼と俺はどこかで出会っているかもしれない。

 そして、核心に近づき過ぎたお父さんは教団の手に……まさか、そんな……』


 イヤな想像が俺の脳裏を過ぎる。


 ひとつは、秘密保持のために彼女の父親が処分されたのではないか、ということ。

 そしてもうひとつは、彼女の父親にとって自分は『獲物』だったのかもしれない、ということだ。


 世間に出没する不気味な生物を狩る、謎の組織の尖兵。それが俺だ。

 都市伝説ハンターの獲物としては十分過ぎる。


(教団の報道管制がなければ、俺はもっと前にハルカのお父さんの餌食に……)


 そう思った途端、背筋に寒いものを感じた。

 普段、一方的に狩る側だから、狩られる側の気持ちなど、考えたこともなかった。


 俺は壁の地図から目が離せなくなっていた。

 いや、実際に見ていたわけじゃない。

 恐怖や、いろんな感情が肺や心臓をぐるぐる巻きにして、俺は身動きが取れなくなった……。



 不意に背後から声がした。

 俺の意識を締め付けていたものが、弾け飛んだ。


「おまたせ。雑誌のバックナンバーも持って来たよ」


 それは遙香の声だった。

 これがもし遙香でなければ、気付くのにもう数瞬かかっていただろう。

 そしてそれが作戦中なら、俺は死んでいる。


「……どうしたの? 蛇にでもにらまれたような顔して」

「え? あ、ああ……。ごめん。大丈夫だよ」

「ホント? ショウ君こっち座って、ジュース持ってきたから」


 遙香はジュースを載せたお盆と一緒に、雑誌を数冊、リビングのローテーブルの上に置いた。俺は布張りのふかふかなソファに腰掛け、雑誌の山から一冊取った。


「ふうん……コンビニで見たことはあるけど、中を見るの始めてだよ」

「あんなお仕事してるのに、オカルトとか興味ないわけ?」

「仕事だから興味ないんだっての。さてさて……」

 俺は、でかでかとUFOの写真が刷られた表紙をめくった。



『月刊都市伝説マガジン』、それがこの雑誌の名前だ。

 表紙には怪しい写真や文字列が踊り、かなり人を選ぶ造りだ。オカルト雑誌の金字塔、名前だけなら知らぬものはない有名雑誌である。


 あまりにも怪しげなので、記事は全てインチキやでっちあげと言われて真に受ける者はなく、時折ネタにされては笑いを取る、雑誌界の道化のような存在だ。


 だが、こういったゴシップ系の新聞や雑誌には、あながちウソとも言えないような記事がこっそり紛れているのは万国共通で、それ故に真実を載せても削除されたり廃刊に追い込まれたり、関係者が謎の失踪や謎の事故や謎の自殺で消えることもない。


(うわあ……このUFOぜったい造りものだよなあ。うは、これは――)


 ついつい記事に夢中になってしまうのが、このテの雑誌の魔力だろう。

 なまじ未確認生物や超常現象などに触れているものだから、つっこみを入れつつ、プロ目線でがっつり読んでしまう。


「おもしろい?」

「う、うん」

「だよね~。私この本大好き」


 俺がこの雑誌をくまなく調べてみると、駆除対象に関する写真は確かに掲載されているのだが、どれも不明瞭で、先日遥香本人が撮影したものとは比べるべくもない。


『もしかしたら、あえて不明瞭なものだけを選んで掲載してきたのでは』

 と思った。ここまでボケた写真なら信じる人も少ないだろう、という教団上層部の判断か……。


「あのさ、ハルカさん」

「なに?」


 彼女は向かいのソファに腰掛けて、足をぶらぶらさせながら様子をうかがっていた。色よい返事を期待しているのは間違いない。だって、ニコニコしてるから。


「非常に言いにくいんだけど……」

「なによ」


 ピタリと遙香の足が止まった。


「多分、買ってくれないと思うよ。

 だってどの写真よりも、キミの写真は綺麗だから」


「どういう……こと?」


 俺はジュースのグラスを手に取り、ストローも使わずに一気に飲み干した。そして、おもむろに語り出した。


「それはね――」

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