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箱庭と空  作者: うぇざー
3/4

〇3

 

 人は本当に驚くと、声を出せなくなるらしい。

 あまりの衝撃にそんな関係ないことを考える。扉を開いた先、薄暗がりだった通路から出たそこに広がっていたのは、アスファルトでできた道路のようなものだった。

 ようなもの、というのは俺が知っている道路ではない、見たこともないような形をしているからだ。普通道路というのは直角に交わっているものだが、目の前のそれは交わる部分が円の形をしている。道路の至る所にヒビが入り隙間から草が生えている。

 円の中心にはよく分からないオブジェのようなものと、それを囲むように連立するビル。コンクリートで作られたビルたちもまた蔦をまとい、崩れかけてむき出しになった鉄骨が異様な雰囲気を醸し出していた。

 まだ衝撃から頭が立ち直り切れていない中、無意識に周囲を観察する。人の気配は感じられなかった。しかし、その直後、ピーというよく響く甲高い音が辺り一帯に鳴り響く。


「おい、いるのはわかってる。姿を現せ。ここに何の用だ。」


 降ってきた声に上を見上げると、建物の途中2階あたりの崩れた壁から人が半分身を乗り出しているのが目に入った。

 本当に、人が、いた。文献でわかっていたことだとはいえ、まだ半信半疑の部分があった。だが、今、この瞬間、同じような見た目に、知っている言語を話すモノと、会えた。ならば、本当にこの世界は……。

 先程から色々とありすぎて思考がまとまらない。だが、ここで焦って動いてはダメだとまだ冷静な部分が判断する。敵にしても味方にしても相手のことがわかっていなさすぎる。


 とりあえず姿と気配を消して様子を伺っているが、姿を現せと言われて素直に従うわけにはいかない。なぜ相手が俺の隠形を見破れたのかも分からないのだ。ここにいるからといって、まだこちらの世界の者かは分からない。

 だからといってずっとこのままでいる訳にはいかないだろう。ここはどうすべきか。情報を得るためには相手と話す必要がある。幸い話している言葉は俺と変わらない。ならばやはり気になるのは相手の戦力。そして、相手が話をする気があるかどうか、だが。


 悩んでいるうちに相手の仲間が集まって来てしまった。だが、これで上層部の手の者である可能性は消えた。いくらあいつらでも、これだけの人数を社会から消すことは出来ない。

 先程の音が合図だったのだろう。ざっと数えて20人くらいか。道路の中央やビルの中や壁など至る所に現れてくれたおかげで、しっかりと観察できるようになった。

 顔立ちは俺たちと変わらないように見えるが、肌の色が濃いから野性味が増している気がする。ただ、瞳に宿る光は理知的で、それぞれが意思を持っていることを示していた。


「ヨイさーん、警笛聞こえたけどどったの? いつものちゃうん? 」

「何かが、違う。」

「ふぅん、確かに気配は感じないけど……。」

「え! あんたが気配感じれないってどんだけよ。かなり異常事態じゃない! 本当にいるんだろうね? あたいにも感じられないよ。」

「それはいつも通りだよ〜? 」

「確かに〜! 」

「おい、そこ、明るく同意すんな! 」


 続々と集まってくる相手が軽い口調で会話をまじわしている。その様子からは敵意は感じられないが、それは自分の力への自信故に舐めているのか、よくあることだからなのか。いや、両方なのかもしれない。

 ただ各々が好きなように話していて、どうにも収集がつく気がしない。これは俺がなにか行動して事態を動かすべきか。出来ればあちらの出方を探りたかったがしょうがない。そう思って俺が口を開いたその時。突然人が降ってきて、モニュメントの上に着地した。


「あ、ボス。」

「ボス遅いっすよー。何してたんすか。」

「夢の中でジャイを追っかけ回してた。」

「どんな夢ですか、それ。やめてくださいよ。というか、いないと思ったら寝てたんですね。」

「わりぃ、わりぃ。」


 そいつが現れた瞬間、そちらに一斉に注目が集まった。見た目としては、俺とほとんど変わらない背格好、褐色肌にギラギラとした金色の瞳。着ている服も他の者と変わらない簡単な構造のものだ。少し露出が強い気もするが、同じくらいの者もいるので特に気にはならない。


 それよりも目を引くのが、腰でジャラジャラと鳴るベルトだ。剣にしては長く薄い刃が収まった鞘や拳銃のホルダー、鉄球が着いた鎖など、色んな物がそいつのベルトに装備されている。

 周りを見てもそんな幾つも武器を持ってるようなのはいないから、そいつが特別なのだろうことは容易に想像できた。実際、ボスって呼ばれてたしな。こんな若いのがボスというのも信じ難いが。

 俺が観察を済ませると向こうも会話が終わったらしく、ようやくこっちを見た。と言っても、俺はインバルで姿を隠しているし気配も消しているから、見られるわけは無い。


「へぇ、これは……。」


 何かを呟いたがよく聞き取れない。相手がどう動くのか、静かに観察していると、合うはずのない目が合った気がした。その瞬間、目を細めて俺を見据えていた相手が、突如としてニンマリと笑って口を開く。


「お前、今までのヤツらとは違うな。なんの用で来た。」

「ボス、そいつさっきからずっとうちらが何話しかけてもダンマリなんだよ。ボスだからって答えてもらえるとは思えないよ。」

「るっせ! 一応だよ、一応。で、答える気は? 」

「……。」

「ま、そーだろうな。逆にここで話されてもつまんねぇし。いいじゃねぇか、やっぱ分かり合うには拳を合わせんのが手っ取り早いよな。」


 愉悦にまみれた、それでいて子供のような無邪気さの混じった様子でやつが話し続ける。モニュメントから飛び降りると真っ直ぐに迷うことなく俺に向かって歩いてきた。その動作の全てにおいて足音ひとつ鳴らないことに、軽く戦慄が走る。

 こいつは、やばい。静かに近づいてくる様子には威圧感などないというのに、鳥肌が止まらない。本能が警鐘を鳴らしているのが分かる。だが俺に逃げるという選択肢は端からない。


 こうなった以上、戦うしかない。もとより事態を動かさなくてはと思っていたんだ。相手の真意を見極めようとしていたが、目の前からは今すぐ戦おうという意思しか伝わってこない。

 なら、利用出来るものは全て利用するだけだ。相手の実力を測り、俺への害意を確認するための絶好のチャンスなのだから。

 軽い足取りで近づいてくる相手が間合いに入った瞬間に振り抜けるよう、インバルを剣の形に集めておく。それすらも見透かすようにさらに笑みを深めてくるが、動じずに構えをとる。そして、あと一歩で間合いに入る距離まで近づいた時、また声が聞こえた。


「遊ぼうか。」


 そこからは、正直曖昧にしか覚えていない。気づいた時には剣が目の前まで迫っていて、やられないようとにかく対応するのに必死だった。もはや気配を殺す余裕なんてない。次々と襲い来る剣を、拳を、蹴りを、時にインバルで時に身体能力で防ぐことしか出来ない。反撃をしようにも軽々と躱されてしまう。


「俺の攻撃に対応するなんてなかなかやるじゃねぇか。地下のじゃ初めてだ。褒めてやる。だが、まだ甘ぇな。一回、大人しくしやがれ! 」

「うっ! 」


 首を狙って振った剣が少し屈むだけで躱される。いつもならばたとえ空振ってもインバルで自分の動きを制御して隙を作らないようにするが、身を隠す方にだいぶ割いているせいでインバルに指示が出せない。慣性の法則に従って体が流され重心がぶれたその瞬間、相手の蹴りが思いっきり鳩尾に決まった。

 肺にあった全ての空気が強制的に吐き出され、心臓が押しつぶされたように錯覚する。必死に息を吸おうとするが、蹴られた衝撃と痛みで喉がひきつり上手く吸えない。

 なんとか受け身だけは取ったが吹っ飛んだ先で立ち上がれずにいると、自動でインバルの救急装置が発動し、その他の機能を停止して呼吸の補助を始めた。体に酸素が満ちる代わりに俺の姿が露になる。


「え、お前まだガキだったの? 」

「お前だって、ゲホッ、変わらないだろう! ゲホッ。」

「オレはいいんだよ。つか無理すんな。強めに蹴ったから普通なら気絶すんだから。逆になんでまだ意識あんのかが不思議。」

「これぐらいで、気など失うものか、ゲホッ。」

「これぐらいねぇ。結構本気だったから地味に傷つくんだけど。」

「まさかボスについてこれる人がいるなんてね〜。ワタシ興味出ちゃった。」

「厄介そうな匂いしかしないと思うが。」


 こんな風になるつもりはなかったんだが。まさか、これほどとは。

 未知のことばかりなのだから後手後手になるのはしょうがないとはいえ、こいつの強さは予想外過ぎた。純粋な身体能力だけでインバルの補助の着いた俺を超えてくるなんて誰が想像出来るか。

 呼吸が整ってきたことで立ち上がり考えるだけの余裕ができた。その間にも俺の姿が見えるようになったことで脅威では無いと思われたのか、遠巻きに囲んでた奴らがワラワラと近づいてきた。

 チッ、できれば姿はもっと余裕を持って出したかった。自分の優位性を示すことは交渉において外してはならないことだ。ただでさえ人数や地の利で劣っている中で、最初の印象が負けて倒れた姿など、舐められる。


「へぇ、結構イケメンじゃん。というか、そもそも地下の奴らもうちらと見た目変わんないんだねー。」

「ばっか、そりゃそうだろ。」

「えー、わかんないじゃん。もしかしたら、足が4本あって手が6本あるかもって期待してたのに。」

「どんな怪物だよ、それは。」

「強そうで良くない? 」

「キモイだろ。まぁいい、とりあえず本部まで行くぞ。話はそっからだ。」

「ボス、地下のやつを連れてっていいんすか? 」

「こいつは大丈夫だ。戦ってる間もただの警戒心しか感じなかったし。多分こいつは頭がいい。わざわざ無駄なことはしねぇよ。」

「えー、もしかしてボスこいつ気に入っちゃったの? 」

「シェーク、そんな趣味があったんですね……。」

「いや、ねぇよ! 適当なこと言うんじゃねぇ、ジャイ! 」

「わかってます。いいですよ。どう思うかは人それぞれですからね。」

「なんもわかってねぇ! 」


 今からなにかされるのか、と警戒してる俺の前でポンポンと会話が交わされる。全くもって意味のある会話とは思えないが、俺が何かを挟む隙間もない。というか、話してることが色々とおかしい。

 まず、ボスのやつのその感想はどこから出てきたんだ。俺のことを観察できるくらい余裕があったのか。そこのツインテールのは勝手に俺たちを怪物にするな。あと弓持ってるお前もやめろ、気持ち悪い。初対面の奴をそういう目で見ないでくれ。


「もういいから、お前ら一旦黙ってろ! はぁ。おい、お前ここで話すのもなんだから移動する。着いてこい。」


 脳内で色々と突っ込んでると、頭を抱えていたボスが復活した。そして、そのまま俺を案内すると言う。それは本当だったんだな。こいつらの会話のせいでなんか気が抜けてしまった。

 なんにせよ、現状囲まれ姿も見られている俺にはその提案に乗る以外にできることは無い。……ボスには分かりやすく負けてるしな。

 元々、俺はこの場所について知らなければならないと思ってやってきたんだ。これは情報を得るのにちょうど良い。

 着いていくために歩き出そうとした瞬間、突然相手が振り返った。何をするのか、と身構えたのも一瞬、相手は俺に人差し指を突きつけて言った。


「あとオレにそういう趣味はないからな! 」

「わかってる! 」



この度は作品を読んで頂きありがとうございます。

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