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箱庭と空  作者: うぇざー
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〇2

 

 見た目にこだわらず実用性だけを求めた、シンプルな家具と自分しか存在しない部屋に、スプーンを置いた音がやけに響く。一人で使うには広すぎるこの部屋で一人で食べるようになったのはいつからだったか。最後にこの部屋が賑やかになったのは随分前だったように思う。


「どうでもいいか。」


 この部屋に父上が来ることはない。それだけわかっていればこの後の計画に支障はない。そう、今は感傷に浸っている場合ではないんだ。俺がこれまで調べてきたことが正しいなら、それどころではなくなるのだから。

 席を立ち、ヴィキシランシアに片付けを命じる。すると、卓上の空になった皿や使い終わったスプーンなどが浮遊し、独りでに食洗機まで運ばれていく。さらに食洗機も連動して蓋を閉じると運転を開始する。その様子を最後まで見ることなく部屋を出た。


「いってきます。」


 返事を求めない言葉を呟くと、俺は目的地へと向かった。



 ###



 国の中央に建つ、目が痛くなるほどに白く大きな建物。その広さは、この狭い国土の十分の一を占めるほどだ。正面のエントランスは大きなガラスによって外からも見えるようになっていて、一般人でも入ることが出来る。

 この施設の性質を思えば、警戒が足りないのではと思われても仕方がない。入れるのはエントランスまでだから、わざわざ訪れるような者もそうそういないからこそだろうが。今はその警備の甘さを利用させてもらおう。



 相変わらずエントランスに人がほとんどいないことを確認すると、まず俺の存在を隠すのに使っていたインバルを施設全体までできるだけ薄く充満するように広がらせる。ここからは時間の勝負になる。

 ここは先端技術研究所、国の叡智が集まる場所。あくまで一般公開しているのは、一階のエントランス部分だけだ。それより上の階は国の心臓と言っても過言では無いような研究が日々行われている。

 いくらインバルの濃度を極限まで薄めてヴィキシランシアの反応を阻害しないようにしても、そうかからずに異物の混入に気付くだろう。目的の達成のためにはここで見つかるわけにはいかない。


「行くか。」


 事前に調べておいた施設内地図を元に、気配を殺して歩を進める。まず最初に目指すのは一階東棟の奥、資材担当が各階の研究室へ資材を運ぶためにあるエスカレーター。そこがこの建物の中で最も人の出入りが激しく警備の穴をつきやすいはずだ。

 ばらまいたインバルから流れ込んでくる無数の映像を思考の片隅で確認しつつ、確実に奥へと進んでいく。たとえ人がいることが分かっても、道を塞ぐほどに大人数でないのなら足を止めずに慎重にすれ違う。気配の消し方に自信があるからこそ出来る強引な方法だ。



 やがて円形の建物の入口の反対側の端まで来ると、そこには情報通りのエスカレーターがあった。一般的にここは、資材を運び込む担当の者しか使わず、研究者本人がここへ来ることはまず無い。充分な情報を得ることが出来ず少し不安があったが、ひとまず地図に偽りがないようで安心した。

 壁に沿うように取り付けられたエスカレーターは、その部分だけ遥か高いところまで吹き抜けになっていた。


「おおい、気をつけて運べよ。」

「わかってるよ、父さん。」

「仕事中は旦那様と呼べと何度言ったら覚えるんだ! 」


 後ろから聞こえた声に静かに振り返ると、数人が大きな荷物を抱えて歩いてきていた。万が一にもぶつかってバレる事のないよう、エスカレーターの影に隠れる。


「痛ッ! 何も殴らなくてもいいじゃないか! 」

「敬語を使いなさい! 」

「……殴る必要はなかったのではないですか。」

「はぁ、まったく。いつまでもそんなだから今日ここに連れてくるのも嫌だったんだ。いいか、くれぐれも余計なことはするんじゃないぞ。」

「分かっていますよ。」


 どうやら、先頭を歩く男とその後ろで比較的小さな箱を抱えている俺より少し年上の青年は親子のようだ。2人の言い合いは見慣れた光景なのか、後ろに続く使用人らしき者たちは苦笑しつつそのやり取りを見守っている。


「にしても重いですね、この荷物。なんでヴィキシランシアで運ばないんですか。」

「ああ、言ってなかったか。今回の荷物はヒース所長殿の物なのだ。詳しくは知らないが、どうも性質上ヴィキシランシアを近づけず運ばなくてはいけないらしい。」

「ヴィキシランシアを近づけてはいけない? そんなこと可能なんですか? 」

「今は全体のシステムを所長自ら管理しているらしい。この荷物も総合管理室前まで運ぶよう言われている。」

「げ! 総合管理室って確か最上階じゃないですか! これをそこまで運ぶのか。遠いな。」


 あの荷物は所長の物なのか。しかも周囲からヴィキシランシアを排除しているのなら、俺のインバルも使いやすい。中に潜入したら時間勝負で無理やり突破しようと考えてたが、ここをバレずに行けるのであればこの先の対応も増える。上手く説得すれば、所長の協力を仰げるかもしれない。

 一か八かの賭けにはなるが、やるだけの価値はある。目の前にいる業者の者たちが俺に気づく様子はないし、近距離でついて行っても気づくことはないだろう。


「文句ばかり言っても仕方がない。時間に遅れてはいけないし、早く行くぞ。」

「はい。」


 男たちが荷物を持ち直しエスカレーターに乗る。業者用だけあって、ひとつのレーンの幅は縦横共にかなり広い。1段につき2人づつ乗っていく彼らの、最後尾と同じ段に静かに乗り込む。

 インバルで周囲の風景と同化し、幼い頃から勝手に磨かれてきた気配を殺す技術を駆使して気づかれないまま男の隣に立つ。手元のインバルで周囲を探ると、どうやら吹き抜けになっている範囲全体からヴィキシランシアが排除されてるみたいだ。

 これなら、存分にインバルを使ってもバレることはないか。施設内にばらまいていたインバルを慎重に引き寄せる。もしもに備えて少量は残しといた方がいいかもしれない。全体の8割が手元に戻ってきたところで、床の数cm上に障壁を作りその上に乗る。靴に何かが着いていることなど滅多にないが、少しでも現場の痕跡は減らした方がいい。


「そういえば最上階って何階なんですか? エスカレーター多すぎて数える気にもなりませんけど。」

「確か、212階だったはずだ。あと、エスカレーターの本数を数えても階数はわからんぞ。ここは各階で止まるのもあれば10階上まで一気に通るのもあるからな。」

「へぇ。」


 呑気とも言える親子の会話を聞きながら少しづつ上へと昇っていく。安全への配慮により進む速度はかなりゆっくりで焦れったくなるが、ここまできてバレたら元も子もないので動くことはしない。何度もエスカレーターを乗り換えようやく最上階に着いた時には、腕が限界なのか、もう皆の会話もなくなっていた。


「やっと着いた……。これ、帰りはヴィキシランシア使えるんですよね? 」

「あぁ、私たちが依頼されているのは持ち込みまでだからな。時間通りだし、所長殿もすぐに出てくださるだろう。」


 最後のエスカレーターを降りたそこにあったのは、いっそ不用心とも言えるほど簡素なひとつのドアだった。どうせ普段は警備のほとんどをヴィキシランシアに任せ切りにしているのだろう。こんな重要な場所をそれでいいのかと思う。……いや、ここだからこそ、か。そう思えば、よく所長のヴィキシランシアを一時的とはいえ排除したいという願いが叶えられたものだ。


「失礼します。ヒース所長殿はいらっしゃいますか。お荷物を届けに参りました。」

「はーい。今行くよー。」


 ドアの横についている呼び鈴を鳴らし声をかけた男に、部屋の中から軽い返事が返ってくる。ドタドタという騒がしい音の後にドアが内側からパッと開かれた。


「ありがとう。お疲れ様ー。中までお願い出来る? 」

「はい。失礼します。」


 所長が男たちを中に招き入れいるために大きくドアを開いたその瞬間に、横をすり抜け部屋の中に入り込む。本当にすれすれを急いで通ったから風が起こってしまい、所長が不思議そうな顔をしたが、気のせいだと処理してくれたらしい。物置のような部屋に入りながら男たちとの会話を続ける。


「ここまで大変だったでしょ? お茶でも飲んでく? お菓子もあるよ。」

「いえ、そんな滅相もない、これが役割ですので。」

「そっか。じゃあお菓子だけでもあげるよ。本当にありがとうね。」


 代表の男が少し困惑した顔をしつつ、菓子を受け取り礼をすると部屋から出ていった。相変わらず所長のお菓子を持ち歩く癖は変わってないみたいだな。この後どうするのか、所長を観察していると不意に隣の部屋へに移動し、そこにいた人物たちに声をかけた。


「ねぇねぇ、君たち。ずっとここにいるよね、ちょっと外に出て空気吸ってきなよ。ヴィキシランシアの管理ぐらいなら僕ひとりでも出来るからさ。」

「……、……。」

「いやそうじゃなくてね。今届いた荷物を開けて色々考えたいの。周りに人がいると気が散るでしょ。」

「……。」

「大丈夫だって。ほら出てった、出てった。僕が交代する時に帰ってきてくれればいいからね。」

「……。」

「じゃーねー。」


 どうやら隣室にいた者たちを追い出してしまったようだ。これは都合がいい。さすがに俺の話を所長以外にも話すのは難しいからな。所長だけならもし反対されてもどうにかできる。どうやって2人きりにしようかと考えてたが、所長のおかげで簡単に達成してしまった。

 物置部屋に戻ってきた所長がドアを閉める。それと同時に俺もインバルを解除しようと指示を出す、その直前――


「それで、そこにいるのは誰ですか? 正直に出てきたらすぐさま命を奪うことだけはやめてあげましょう。」

「……まさか気づいていたとは。勘が鋭いのは変わっていないみたいですね。」

「その声は! 」


 俺が声を出し姿を露わにすると、所長が俺の方を()()()()()。その表情は驚愕に染まっている。


「アグイス君! 」

「そして、その勘が微妙に外れるところも。どこ向いてたんですか。」


 そう、所長が声をかけた時、そこに俺はいなかった。というより、所長は俺に背を向けた状態で話し始めたのだ。勘も鋭く頭の回転も速いが、どこか抜けてる彼らしいとも言える。


「いや、なんとなく言ってみたかっただけなんだよ。本当に誰かいるだなんて思わなくて。だから結構今びっくりしてる。」

「そうは見えませんけどね。」

「まぁまぁそんなもんさ。それで、なんでここにアグイス君がいるんだい? 」

「少しこの先に用がありまして。所長のところにはついでに寄ったのです。ちょうどヴィキシランシアもいないとの事だったので。」

「確かに僕のためにヴィキシランシアは移動させて貰ってるけど。それにこの先って? ここは最上階だよ? 」


 改めて所長の顔を真っ直ぐに見つめる。ここで彼に話すという選択があっているのかは分からない。俺自身不確定な部分が多すぎて行き当たりばったりのようになってしまっている自覚はある。全てが間違っていて俺の行動にはなんの意味もないんじゃないか、とも思えてくる。だが、反対に全てが正しかったとき、ここで行動を起こさなきゃ後悔する所ではすまないかもしれない。

 間違えだったことを後悔するか、何もしなかったことに絶望するか。どちらがいいかと問われれば、そんなもの答えは決まっている。自分の人生くらい自分で決めてみせる。これがその第一歩であることを信じて、口を開いた。


「俺の話を聞いて貰えますか。」



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