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File1:S高の幽霊『お守り』




 彩花の話が終わると隠はメモ帳を見返しながら数度頷いた。


「S校の制服を着た女性の幽霊が何をするでもなくじっと見てくる……か。決まった場所に現れるわけでもないんですね?」

「私の知る限りではそうです」

「現れる時間帯もバラバラだと」

「はい」


 彩花の返事を受けて隠がメモ帳に短文を書き付ける。さすがに内容までは読み取れない。


「校外で同じ幽霊を視たって人はいます?」

「聞いたことありません」

「生徒以外で幽霊を視た人は?」

「私は知らないです」


 と答えると隠の視線がメモ帳から彩花の左隣に一瞬だけ移動する。

 校長がどうかしたのだろうか。目ざとくそれに気付いた彩花も隠に倣う。しかし校長が元々誰よりも動揺し発汗していたせいで彩花には変化が分からなかった。

 早々に諦めて隠に向き直る。


「その幽霊に見覚えがあるって人はいました?」


 薄れつつある記憶もかき集めて彩花は答えた。


「いない……ですね」

「では最後に。ここ最近安藤さんの様子に変わったところはありましたか?」

「……特にないと……あ、いえ、一つだけ」


 隠がメモ帳から目を離した。興味深そうな顔つきで彩花を促す。


「何でしょう?」

「口数が少し減っていたような気がします」

「何かに悩んでいたとか?」


 彩花は首を横に振った。ただの勘でしかないものを言葉にして説明するのはなかなか難しい。無意識にスカートを握りしめていた。


「いや、そこまで深刻なものではないんですけど……友達何人かで盛り上がってるときに、いつもの理絵なら喋ってみんなを盛り上げるところで黙っているというか、一歩下がって見守ることが何度かあったとか、そういう些細なことです。だからたぶん私の気のせいだと思うんですけど……」


 そしていざ喋ってみると元々地を這っていた自信が完全に地中へめり込んでいくのを感じた。途中から隠と目を合わせるのを諦め、言葉尻はひたすら弱々しい。

 スカートにへばり付いた手を引き剥がすと手汗ですっかり湿っている。こわごわと隠の反応を待っていると、実に乾いた声が返ってきた。

 

「そうですか? 安藤さんと仲の良い佐々木さんだから気付けたことかもしれませんよ」


 きっと上辺だけの慰めだと理解していた。けれどほんの少し緊張が解れたのも事実だった。


「気付いていたって何もできなかったけどね」


 メモ帳を捲っていた手を止めて隠が彩花を見る。


「佐々木さん?」

「え?」


 隠に呼びかけられた理由が分からず彩花は目を瞬かせた。メモ帳を内ポケットに仕舞いながら隠は口の端を上げる。それから言い含めるように囁いた。


「佐々木さんは何も悪くありませんよ。あまりご自分を責めないでくださいね」

「は、はい……」


 そんなに落ち込んでいるように見えたのだろうか。いや見えても全然おかしくはないかと即座に思い直す。ただ少し唐突な気はした。自信は確かになかったけれど自責の念に駆られるほどかというと違うような。

 しかしあれこれと考え込む間もなく隠が腰を上げた。彩花も釣られるように立ち上がる。


「ありがとうございます、佐々木さん。とても助かりました」

「これで終わりですか?」

「ええ」


 隠は首肯した。やや遅れてソファから離れた校長がそんな隠に目配せをしている。何か思い当たる節があったらしく、隠は言葉を継いだ。


「もしかするとまたお話を伺うことがあるかもしれません」

「……分かりました」


 僅かな沈黙が彩花の本心を反映していた。だが隠も校長もわざわざそれを指摘するような愚は犯さない。彩花だって駄々をこねてまで拒絶するつもりはなかった。

 それから校長と二、三言葉を交わして退室しようとした彩花を隠が呼び止める。


「あぁ、そうだ。佐々木さん、これを受け取っていただけますか?」

「え」


 隠が差し出したのは白いお守りだった。彩花の手のひらにすっぽりと収まってしまう小さなお守りには黒糸でシンプルに『御守』とだけ刺繍してある。

 押し売りか? と硬直した彩花を見て隠は苦笑した。括った髪を根本から手で包むようにして何度か撫で上げる。


「気休めに持っていてくれるとおれが助かります」

「隠さんが助かるんですか?」

「そうです。あ、もちろんお金を取ったりはしませんよ?」

「当たり前です」


 冗談めかす隠に対して校長からかなり切実な突っ込みが入る。つい笑ってしまったけれど本当に大丈夫なんだろうかこの人と思わなくもない。もっと言うなら校長も合わせてこの人たちだが。

 それでも彩花はお守りを受け取った。両手で握りしめながら隠を見上げる。

  

「……隠さんは」

「はい」

「隠さんは幽霊が見えるんですよね?」

「視えますよ。相手によりますけど会話もできます。まぁこんなのは言ったもん勝ちなところがありますけどね」


 彩花の信用をまるで得るつもりのないあっけらかんとした答えだった。だが、間違ってはいないのだろう。どれほど時間をかけて説かれたところで見えない彩花には隠が真実を述べているかなんて判断できやしない。

 つまるところ彩花は疲れて、悲しんで、怒っていたのだ。


「……もし、理絵を怪我させたのが本当に幽霊だったら」

「幽霊だったら?」

「理絵に謝れって伝えてください」


 自分でも馬鹿馬鹿しいと思う願いを隠に押し付けて彩花は校長室を立ち去った。隠がどう答えたかは知らない。不躾にもその前に逃げ出したから。

 幸いなことに誰も追いかけてはこなかった。胸を撫で下ろしつつ階段を上る。教室に戻ろう。吹奏楽部が練習する音が至るところから聞こえる。さっさと家に帰って寝てしまいたかった。



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