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File??:影蟄穴『食食食』



『――大食い界の新星、八木博俊(ひろとし)さんの登場です!』

「……うわ」


 箸を動かす手が止まる。特に見たい番組があるわけでもなく、電源を入れたままにしていたテレビ画面に映ったものに隠はすっかり意識を奪われていた。


『八木さんは半年ほど前に他局の某番組で大食い現役大学生として出演して以来、その尽きることのない食欲で視聴者を驚かせ続けてきました』

 

 どこかの洋食店を貸し切ったと思しき場所で司会者が話を続けている。司会者と八木の他にはすでに紹介の済んだ大食いタレントが二人、そして応援兼賑やかし要員のタレントとお笑い芸人が三人いた。司会者と八木以外は全員席についている。八木は司会者の隣に立っていた。

 司会者の話を丸呑みにするとして、どうやら八木は半年前まではテレビとは無縁の生活を送る大学生だったようだ。しかし何かしらの有名番組で取り上げられてからは、プロの大食いを凌ぐアマチュア大食い大学生としてバラエティ番組で引っ張りだこになっているとのこと。

 そして何と今は大食いに集中するために大学を休学しているらしい。高校すら卒業していない隠が大学の内情など知りようもないのだけれど、こういうことはよくあるのだろうか?いずれにせよ、八木は随分と大食いにのめり込んでいるようだ。しかしそれが八木の意思かどうかは非常に疑わしい。

 隠は箸を置き、更に眼鏡を外してテレビ画面に目を凝らした。八木と他二名の大食いタレントによる勝負が始まっている。三つ並んだテーブルの真ん中に八木が座っていた。場を盛り上げる司会者やタレントたちの掛け声には反応することもなく、八木は総重量五キロを超える山盛りのハンバーグとカレーを次々に口に運んでいく。


『八木さん早いぞ! ハンバーグがどんどん減っていく!』


 画面の中にいる八木博俊という人間がどういう表情をしているのか、隠には判断できなかった。隠の目には八木の全身が苔混じりの土に似た怪異の肉でほぼ覆われているように映っていたからである。大まかには人の形をしているが、どんな服を着ているかは分からない。

 本来目がある場所には真っ黒な穴が二つ空いている。その空洞はひたすら食べ物だけに向けられていた。耳も眉も鼻もないほぼ平面の顔面で土が盛り上がって唯一唇を形作っていた。いっそ漫画的なまでに大きく開いた口の中もやはり真っ黒だ。歯も舌もない。ただの穴だった。そこにハンバーグやカレーが無造作に放り込まれていく。ブラックホールに例えたくなるが、さすがに安直だから止めておいた方がいいだろう。

 八木は食べ物を丸呑みにせず、短く咀嚼していた。大食いのテクニックとして噛む回数を少なくすることで満腹中枢を刺激してしまうのをなるべく避ける、というのがあるらしいが八木がそれを実践しているかというとかなり怪しい。何せ隠には八木の口の中に歯も舌も見えないので、人間に合わせて咀嚼するふりをしているようにしか思えなかった。

 隠が八木の観察をする一方で番組も進行していた。八木の左隣で大食いに挑んでいる女性がテレビ画面に大写しになっている。年齢は十代後半から二十代前半だろうか。パステルカラーでフリルの多用されたいかにもなステージ衣装を身に纏っていた。華奢な体格で一見すると大食いとは無縁そうだ。しかし彼女は一口こそ小さいもののまったく一定の速さでカレーを食べている。にこにこと笑いながら。


『しかしLumiLily(ルミリリー)のサーヤちゃんもすごい勢いだ!』

『大食い系アイドルとして、負けられません!』


 大食い系アイドルって何なんだ。と思うのは野暮なのだろう。それにしてもルミリリーというアイドルグループの名前には聞き覚えがなかった。こうして家で食事するときには大体テレビをつけているのだが、本腰を入れて見ているわけではないから番組の内容はあまり頭に入ってきていない。ファッション雑誌なんかもまったく買わないし、そういうことに興味津々な友人知人がいるわけでもない。隠は年齢のわりに世間の流行に疎い方だった。

 とはいえ、番組内での司会者やサーヤの話しぶりを見る限りルミリリーは最近ようやく全国ネットのテレビ番組に顔出しできるようになったようだ。それなら今の今まで知らなくても大問題とまではいかないだろう。……と隠は誰にでもなく言い訳をした。


『今日は同じルミリリーのトーコちゃんも応援に来ていますから、余計に負けられませんね!』


 司会者がそう言うと、カメラが応援兼賑やかし要員の集まる端のテーブルに寄った。その中の一人、サーヤと似つつもボーイッシュ寄りのステージ衣装の女性――トーコが真ん中に映る。

 ある一点を見つめる彼女の顔は青ざめていた。カメラが向けられていることに一拍遅れで気付いたトーコは慌てて笑顔を作りサーヤに手を振った。


『……が、頑張れ! サーヤ』


 明らかに不自然な間と動作だったが、場の空気が悪くなるのを避けのか誰もそれには触れなかった。『サーヤちゃんは大食い系アイドルですがトーコちゃんは心霊系アイドルなんですよね~』などとトーコの隣に座る芸人が補足説明のようなものをしている。失態を演じたせいか、それとも意識した結果なのかは分からないがトーコの顔色は正常に戻っていた。

 しかし視線は変わらず……八木に向けられたままだ。八木の一挙手一投足から目を離せないでいる。一瞬でもそうしたら死ぬと本能が警鐘を鳴らしているのかもしれない。ナイフを振り回す人間や野犬の群れ、そういった迫りくる生命の危機と対峙しているかのようだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。事情を知らない者が見ればもしかしたら恋をしていると勘違いするかもしれない。それほど彼女は必死だった。


「視えてるのか」


 心霊系アイドルというやはりわけの分からない分類をされているが、どうやらトーコは本物のようだ。目立つために霊が視えると主張する多くの人たちとは違って。隠と同じように視えているとは限らないけれども。どういう形にしろアレが視えているのならば恐怖でしかないだろう。

 視えなくていいものが本当に視えてしまうのに、それを売りにしなければいけない。周囲の意向に沿って“視える自分”を演じなければいけない、というのは芸能界と縁のない隠からすれば拷問としか思えないが。知り合いでもなく“視える”という共通点しかない隠に心配されたところでトーコも迷惑だろう。


『――さんも追い上げてきた! しかし! 八木さんには届かないかー!?』


 これまで八木とサーヤ(とトーコ)の陰に隠れていた三人目の大食いタレントが見せ場を作っていた。サーヤも着実に食べ進めている。けれども八木の勢いは留まるところを知らなかった。みるみるうちに皿が空になっていく。肉片一つ、米粒一つ残さない。行儀の良さよりも食べることそのものへの執念を強く感じた。

 この怪異の目的は一体何なのだろうか。冷めつつある豚小間の生姜焼きを箸で突きながら隠は考えを巡らせる。テレビで怪異や怪異に憑りつかれた人を見るのは初めてではない。だがここまでの……どうしようもない事案は珍しい。隠の見立てでしかないが、怪異に憑りつかれる前の八木はもう存在していない。そして戻る見込みもない。生きてはいるだろう。けれども八木の意思はどこまで残っているのか。

 今の八木は怪異の入れ物に過ぎず、怪異の目的を達成するためだけに生かされているようなものだ。八木が大学を休学して、テレビに出てまでしていること。大食い。とにかく食べること。それが目的だろうか? 『核』を維持するために?

 ついに八木が最後の一口をブラックホールに投げ込んだ。司会者がここ一番の大声で勝者の名を告げる。


『今回の大食い勝負……勝者は八木さんです! 前評判に違わぬ強さでした!』


 八木が空になった大皿を掲げてカメラに向けた。他の二人は悔しそうにしつつも八木を称えて拍手を送っている。応援席の人たちも同じだ。トーコの表情はまだ微妙に強張っている。他の二名が残った料理を平らげる間に司会者と八木の起伏のないやり取りをし、応援席の芸人がそれをフォローして限界まで盛り上げていた。

 番組が終わりに近付きスタッフの名前が画面下に流れ始める。司会者が『近日中にまた大食いの大会に出場なさるんですよね?』と八木に振った。


『はい。十二月十日にF商店街でラーメンの大食いをします。それで最後(最期)になります』

『最後!? そ、それは大食いを引退するということでしょうか?』


 番組終わりに爆弾発言をぶち込まれた司会者が八木を問い詰める。台本にはない言葉だったのだろうか。しかし八木は答えないまま、番組は終了しテレビ画面はコマーシャルに切り替わった。明らかに妙な空気になっていた一連の場面を編集で切らなかったのは八木の意向に沿ったと考えていいのだろうか。

 最後になると八木は言った。大食いは最後にして大学に復学するつもりなのかもしれない。そう受け取るのが自然だ。しかしどうにも釈然としない。


「最後。()()ね……」


 F商店街なら電車で行ける距離だ。十二月十日に予定も入っていない。間近で八木を視ようと思えば視ることができる。だが視てどうするのか? 怪異と対峙して『核』を消すのか? 依頼を受けているわけでもないのに? テレビで見かけただけのものにまでいちいち関わっていけるほどの余裕はない。それに有能でもない。

 隠は小心者だ。自分が関わらなかったせいで生じるかもしれない被害。自分が関わったせいで生じるかもしれない被害。選択の結果と向き合うどころか、“もしも”の可能性を考えることすら嫌だった。



■■■



 十二月十日。F商店街で大食い大会が開催されていた。

 あくまで地域活性化のための催しであるため、テレビ映りを気にした飾りつけはされていない。ラーメン店の前に長机が数台並べられただけの簡素な会場で四名の参加者が大食いを競っていた。全員がアマチュアだ。参加者の一人であり近頃テレビでも活躍中の八木博俊を目当てに来ている観客が多かった。先日放送された大食い番組で八木が「十二月十日の大食いで最後になる」というような趣旨の発言をしたから余計に注目を集めているのだろう。テレビ関係者らしきカメラを持った人間も何人かいる。

 自己嫌悪に苛まれながらも、隠は観客の一人としてその場にいた。最初は最前列に陣取っていたが大会が中盤に差し掛かった頃には最後列付近まで下がっていた。八木に憑りついた怪異を対処してやるぞという使命感に駆られたわけではない。ただ利己的な好奇心のためだ。あれを間近で視てみたい。そうすれば目的の一端でも分かるのではないかと。分かったところで意味はないのだけれど。


「げ……現在のトップは八木さんです! 制限時間は残り五分!」


 今回の大食い大会のルールは単純だ。一時間以内にラーメンを多く食べた者が勝ち。麺と具さえ完食すれば良く、スープは飲む必要はない。そのため参加者はスープには一切口をつけることなく器を重ねている。ただ一人、八木を除いて。八木は火傷のことなど頭にないように躊躇なく熱々の麺を啜り、チャーシューや煮卵といった具を咀嚼もせずに呑み込んでいった。そして一息にスープを飲み干す。この一連の流れにかかる時間はおよそ一分。序盤から終盤まで一切ペースが乱れていない。

 控えめに表現しても人間業とは思えなかった。最初は感嘆の声を上げていた観衆も、今となってはほとんど無言で成り行きを見守っている。猛獣が獲物にありつくのを遠巻きに眺めている様とそう変わりなかった。最後だからもう人間のふりをするのは止めにしたのかもしれない。

 人だかりの隙間から視える八木はやはり人間の姿をしていなかった。そこはテレビで視たのと同じだ。近くに寄れば少しくらい表情が読み取れるかと思っていたが期待外れに終わった。しかし新たに気付いたこともあった。においだ。八木からは湿った土と色んな食べ物の残り香がした。飲食店の排気ダクトの密集した裏道を通っているような。

 どの料理のにおいと特定するのは難しい。油っこいのは確かだった。嗅いで食欲が湧いたりすることはなく、むしろ吐き気を催すにおいだ。しかしながら顔をしかめたり鼻をつまんだりして周囲の人間がそのにおいを嗅ぎ取っている様子はない。八木ではなく八木に憑りついた怪異の発するにおいなのだろう。これまで八木が食べてきたものはただの一欠片も体外に排出されることなく溜め込まれている。そんな想像をした。

 怪異は八木の体を使って食べている。ずっと食べている。食べること、それ自体が目的なのか? 食べて腹を満たし続けることで『核』を維持しているのか? 大会が始まってから注意深く探してみてはいるけれど『核』がどこにあるのか目星もつけられていなかった。

 それから残りの五分も何事もなく経過した。


「三、二、一……終了です! 優勝は――八木博俊さん!」


 最初は疎らに、そして数秒遅れで一斉に拍手が起こった。大体の観客が放心状態にあったのが原因だろう。拍手に礼をして応える八木を尻目に隠はその場から少し距離を置くことにした。その際に男性と肩が軽くぶつかってしまう。隠はすぐに謝った。けれども男性からの反応はない。隠を意地悪く無視しているわけではなく、そもそも肩がぶつかったことに気付いていないのだろう。男性は険しい表情で八木を睨んでいた。少なくともファンではなさそうだ。

 怪我をさせたわけでもない。ここで粘ってまで謝罪をする必要もないだろう。隠は男性から離れた。


「俺のせいや……」


 背後から聞こえた呟きは果たしてあの男性のものだったのだろうか?




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