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File5:ハナビくん『友だち』完



 日没後、隠はT川の河川敷にやって来ていた。幸運なことに周囲に人気はない。とはいえこれから誰か来ないとも限らないので急いで花火の準備を始めた。花火セットに入っていた簡易バケツに水を汲み、これまた花火セットに付いていた小型のろうそくにライターで火をつける。

 花火をする前でも“ハナビくん”は見つけられるかもしれない。隠は眼鏡を外して周囲をよく観察しながら河川敷を歩いてきた。徒労に終わるかと思っていたが、今回は違った。隠の前方、川の近くに佇んでいる霊がいる。昼に会った子どもたちと似た背丈の少年だ。青いTシャツにカーキ色の半ズボンを履いていた。

 彼を現世に留める『核』は小さく、崩壊しつつある。そのため輪郭がぼやけていた。幽霊が生きた人間と同じように視える隠にとってすら存在を感じ取りにくくなっている。青いTシャツの小学生らしき男の子の幽霊。きっと彼が“ハナビくん”だろう。依頼人の小学生たちは“ハナビくん”がいたら倒してほしいと言っていたが、彼から人間を害するような悪意は感じ取れなかった。加えて核があの状態なら彼はこの夏が終わる頃か、もしくはそれよりも早く消えるはずだ。隠がわざわざ手を下す必要があるのだろうか。それを知るためにもハナビくんと話さなければいけない。

 ハナビくんは距離を置いて隠の動向を見守っていた。ここでこちらから話しかけて逃げられてしまっても困る。少し泳がせておいた方がいい。隠は手持ち花火を一本取り出しろうそくで火をつけた。数秒過ぎてからオレンジ色の火花が噴き出し始めて辺りを明るくした。そして瞬く間に燃え尽きて元通りの暗さになる。


「こんなもんか」


 と呟いて隠は二本目に火をつける。今度は青い火花が周囲を照らした。二本目の花火を簡易バケツに放り込んで花火の入った袋を見つめる。これを最後まで続けるには想像していたよりも強固な精神力が必要かもしれない。ハナビくんと思しき少年の様子を窺う。最初よりも近付いてきている。しかしまだ訝しげだ。当然だろう。近付いてきているだけハナビくんの方が勇気がある。自分が彼の立場なら怪しさしかない男にそもそも近付こうと思わない。好奇心が強いのかもしれない。

 あと少し時間を稼ぐべく隠が取り出した小袋には『ねずみ花火』と書かれていた。火花を散らしながら回転する花火らしい。説明だけ読むとなかなか危なそうだが、子どもでも遊べる花火なのだから平気だろう。地面に置いて火をつける。一二本目の花火と同じように火花が噴き出す。しかし回らない。不発だったかと隠が気を緩めたところで火花の勢いが増した。花火が回転を始める。数秒は独楽のようにその場で回っていたねずみ花火だが、回転のさなか地面の小石に当たってバランスを崩した。そして一瞬縦回転となった花火は真っ直ぐ隠の方へと飛んできた。


「何だよ!?」


 慌てて後ずさる。先ほどまで隠の立っていた場所の近くで横回転に復帰したねずみ花火は最後に一際大きな火花を噴き上げて静止した。隠は無言で燃え尽きた花火を回収する。


「説明文以上に危険な気がするが、子どもは好きそうだよな」


 簡易バケツに花火を投げ入れる。つい先ほどみっともない姿を晒したことについては考えないことにした。誰にも見られていなければ良かったのだが、そうはいかない。

 ハナビくんのいる方向にさりげなく目を向ける。ハナビくんは笑っていた。更に近付いてきてもいる。成人男性の醜態は小学生男子に受けたようだ。最初からこうやってハナビくんの警戒を解く作戦だったということにしておこう。隠はそう決めて花火セットから手持ち花火を二本取り出した。ハナビくんの方へと歩いていく。

 そして状況をまったく把握できていないハナビくんに花火を一本差し出した。


「見てるだけだとつまらないだろ」

「……大人なのにおれが見えるの?」


 ハナビくんは目を丸くしている。恐怖よりも驚きが上回っているようだ。隠は気取った笑みを浮かべてみせた。


「まあな。大人なのに視えちまうんだよ」

「おれ、ユーレイなんだけど。コワくないの?」

「全然。大人だからな。ほら、受け取れよ。一緒に遊ぼうぜ。さすがに一人でやるのは寂しくてな」


 差し出した花火を猫じゃらしのように揺らす。ハナビくんは真剣な表情でそれを見つめていた。


「……なんで一人で花火してるの? 友だちいない?」


 大人相手ではなかなか飛んでこない率直な質問に隠は笑い声を上げた。子どもは恐ろしい。同時に羨ましくもなる。


「一応友達はいる。一応な。おまえは? 友達いるか?」


 ハナビくんの核が激しく振動している。当人は自覚していないだろうが、そのまま壊れてしまわないかと隠は気が気でなかった。そのうち核の動きが穏やかになる。ハナビくんは無言のまま隠から花火を受け取った。それを手のひらの上で転がす。現世との繋がりが弱まり幽霊としての存在も希薄になりつつあるものの、まだ物に触れることはできるようだ。触れる対象が花火だからかもしれないが。

 ハナビくんはしばらく転がしていた花火をきつく握りしめた。


「忘れた」

「忘れた?」

「友だちがいたのは覚えてるけど、名前とか顔とかわからなくなっちゃった」


 表情にも口調にも悲愴感はない。むしろあっけらかんとしていた。核の崩壊と共に友人の記憶の喪失を悲しむ心も欠けつつあるのかもしれない。


「自分の名前は覚えてるか?」

「ううん。わかんない」


 ハナビくんは首を横に振る。これまでの経験上でも、長く現世に留まり過ぎたり核が崩壊しつつある幽霊の記憶や心は欠落していることが多かった。

 彼に何を聞くべきか隠が熟考している間にハナビくんは花火に火をつけた。隠も真似をする。まずは青、そして数秒遅れでオレンジ色の火が噴き出した。花火の本数が増えたことで先ほどよりも明るさが増している。花火の勢いが弱まった頃合いで隠は尋ねた。


「そうか。どうして幽霊になったか覚えてるか?」


 使用済みの花火を簡易バケツに入れる。次の花火を吟味しながらハナビくんは答えた。


「ちょっとだけ。川で遊んでたんだ。楽しかったけど途中で苦しくなって……」

「川ってのはT川か?」


 ハナビくんは頷いた。T川の河川敷にハナビくんが現れる原因の一つかもしれない。更に突っ込んだ話を聞きたい気持ちもあるが、相手は子どもだ。せっかくの花火なのに嫌なことばかり尋ねられるのもつまらないだろう。質問はまた後にすることにした。

 それから隠とハナビくんは次々に花火を消費していった。ハナビくんは花火の扱いに慣れていて、初登場の花火が出てくるとこれはこういう花火だよと説明をしてくれた。友人と何度もこうして花火で遊んでいたのだろう。二つ残っていたねずみ花火も同時に火をつけて見事にその場で回してみせた。風向きの関係で花火の煙をもろに浴び、煙が多すぎると愚痴りながらむせる隠を見てハナビくんはこっちに来なよと言いながら笑っていた。

 そうこうしているうちに、花火セットに入っているのは線香花火だけになった。しかし、ハナビくんは線香花火の袋を持ったまま動かない。


「近所の子どもから“ハナビくん”って呼ばれてるの知ってるか?」

「そうなの?」


 ハナビくんが振り向く。線香花火の袋を抱き込むようにして持っていた。


「ああ。花火で遊んでるといつの間にかおまえが参加してるって言ってな。さっきもおれを見てたよな。そんなに好きなのか?」


 隠はそう言いながらハナビくんに近付いた。しゃがんでハナビくんと目線を合わせる。けれどもハナビくんは俯いてしまった。


「……わかんない。けど、花火を見てるとおれもやりたいって思う」

「実際にやってみてどうだった?」

「楽しかったよ。花火してる間はみんなおれがユーレイかどうかなんてどうでもいいみたいだし。…………でも、なんかちがって」


 小さな声は震えていた。核が明滅を繰り返している。当初の見立てよりも時間は残されていないのかもしれない。隠は静かに問いかける。


「何回やっても違うと思う?」

「うん」


 ハナビくんが顔を上げた。宿題の答えがどうしても分からなくて途方に暮れている子どもの表情だった。とりあえず丸写しするための回答集は手元にない。その答えが単純明快なものであったとしても、今の彼は思いつきもしないのだ。


「そりゃ大変だ。……ん? それ線香花火だよな? せっかくだし勝負しようぜ。普通はするもんなんだろ?」


 隠が袋を指差すと、ハナビくんは逡巡の後に中から線香花火を取り出した。一本を隠に渡す。


「そうだけど、おじさんしたことないの?」

「ねえなあ」


 笑って首肯した隠をハナビくんは珍しいものを見る目で眺めていた。話し合うでもなく二人並んで屈む。続けてろうそくで線香花火に火をつける前に隠は冗談めかして尋ねてみた。


「おれとの花火はどうだった? 楽しめたか?」

「うん」

「でも今回の花火も違っただろ?」


 ハナビくんの眉が寄る。決まりが悪そうに頷いた。


「……うん」

「何か違うのか聞きたいか?」

「わかるの?」


 ハナビくんは期待をたたえて隠の顔を覗き込んできた。これで見当外れのことを言ってしまったら恥の上塗りにならないだろうか。だとしてもここまできて言わないという選択はできないのだが。


「多分な。間違ってても怒るなよ」

「おこらないから聞かせてよ」


 ハナビくんはそう言ったが、隠はすぐには口を開かなかった。線香花火の先端に火をつける。二人の花火はほとんど同時に着火した。線香花火の大敵である風は計ったように止んでいた。その代わり花火の白い煙が周辺に留まったままで視界を微妙に妨げていたが、線香花火の邪魔にはならない。吊り下がった火の玉が火花を散らし始める。


「遊び相手が違うんだよ」


 そこでようやく隠は声を潜めて言った。線香花火から目は離さない。そんな隠の真似をしながらハナビくんは尋ねた。


「なにそれ?」

「おれも近所の子どもたちもおまえの友だちじゃない。おまえは花火がしたかったんじゃなくて、花火で友だちと遊びたかったんだ」


 一分にも満たない盛りを迎えた火花の弾ける音だけが響いていた。どちらの火の玉も落下することなく懸命に燃え続けている。


「おれは言ったからな。間違ってても怒るなよって」


 瞬く間に火花の勢いは弱まっていく。いつ火の玉が地面に落ちてもおかしくない。だがその前にハナビくんが沈黙を破った。


「おこってない。思い出したんだよ」

「何を?」

「川で遊んだあと花火するって友だちと約束してたんだ」


 ハナビくんの横顔は淡い橙の光と色濃い影に象られていた。悲しんでいるのか。偲んでいるのか。それともまったく違うことを思っているのか。隠には読み取れなかった。友人と花火で遊ぶ。ただそれだけの約束がハナビくんを死後も現世に縛り付けていたのだ。彼の友人たちは今何歳になっているだろうか。ハナビくんのことを今も覚えているだろうか。

 ついに火花の途絶えた火の玉が小刻みに震えていた。


「……その友達を連れてくれれば良かったんだがな」

「むりだよ。だってだれが友だちだったか思い出せないもん」


 火の玉がぽとりと落ちる。地面にぶつかってあっという間に消えてしまった。


「……あー! 負けた!」


 悔しそうに叫びながらハナビくんが立ち上がる。そのタイミングで隠の線香花火も落下していった。唇を尖らせるハナビくんを得意げに見上げる。


「おじさんだって結構やるだろ?」

「次はおれが勝つもんね!」


 勝負はすぐさま二回戦に突入した。



■■■



 二回戦目も隠の勝利に終わり、二人は最終戦を始めていた。どちらの線香花火も危なげなく火花を咲かせている。しかし隠が見ていたのはハナビくんだった。


「まだここに残りたいか?」


 すぐに返事があるとは思っていなかった。だが隠の予想はあっさりと覆された。


「ううん。もういい。ここにいたって友だちはいないし……でもどうやってちがう場所に行けばいいんだろ?」


 ハナビくんも隠を見た。残酷な問いかけをした隠を責める様子はない。核も落ち着いている。しかし核の両端から本格的に崩壊し始めていた。今も凄まじい速度で崩壊は進行している。ハナビくんが現世に留まる理由を見出せなくなったからだろう。「ここにいたって友だちはいない」だ。彼が次の夜を迎えることはない。


「心配するな。線香花火が終わる頃にはここから離れられるさ」

「そうなの?」


 どちらの火の玉からも火花が飛び散っている。勝負は互角のようだ。けれども隠の意識はハナビくんの核に向けられていた。


「ああ。……そういや“ハナビくん”は線香花火の勝負に負けた子どもの魂を取っちまうって噂もあったぞ」

「おれそんなことしないよ! タマシイの取り方なんてわかんないし」

「だよなあ」


 ハナビくんが大真面目に言うものだから隠はつい笑ってしまった。そのせいで線香花火を持つ手が揺れてしまう。火の玉がいびつに傾いた。隠は気付いていない。


「こんなふうに遊んだのは初めてだ。思ってたより楽しいもんなんだな。おまえのおかげで一人寂しく花火をせずに済んだよ。ありがとな」

「おれも楽しかった。最初はコワかったけど……」


 そう言って満面の笑みを浮かべるハナビくんの視線が下へ下へと向かっていって、ついに止まった。


「あっ! おじさんの落ちた! おれの勝ち! 大人に勝ったってみんなにジマンしよ!」


 ハナビくんが歓声を上げる。


「おいおい、嘘だろ?」


 一拍遅れて隠は自身の手元を確認した。すると確かに隠の線香花火は燃え尽きていた。一方でハナビくんの火の玉はまだ残っていた。けれど間もなく線香花火ごと地面に落下したことで火は消えてしまった。

 その場で飛び跳ねるハナビくんの体が薄れていく。核の欠片がかろうじてハナビくんを現世に繋いでいた。そして歓喜の最中、ある方向を向いたハナビくんが突然動きを止める。


「あれ? あっちにだれかいる! おれと同じくらいの子たちかな? 変なの。今までいなかったのに。おじさん、おれあっちにいっていい?」


 ハナビくんがT川の方向を指差す。しかし隠には視えない。完全に死者の領域にあるものはどれだけ目があちらに寄っていようと隠のような半端者には視えないのだ。ハナビくんは自分で次の道を見つけた。隠の助けはいらない。


「もちろん。新しい友だちができるかもな。でもおれが負けたってのをそいつらに言い触らすのはなしだぜ」

「えー。どうしよっかな。一回くらいならいい?」


 ハナビくんが悪戯っぽく首を傾げる。隠は目を細めた。昔の自分に彼のような友人がいれば何かが変わっていただろうか? そんな馬鹿馬鹿しい思いつきを振り払って隠は大仰に頷いてみせた。


「仕方ねえなあ……一回だけだぞ」

「やった! じゃあおれいくね! バイバイおじさん!」


 隠に力いっぱい手を振り、ハナビくんは駆けていった。そして川に入る前にハナビくんの姿は視えなくなる。ハナビくんのいた場所には最後に残った核の欠片が漂い徐々に地面へと落ちていく。隠が手のひらを上にして待っていると、欠片が乗った。普段のように核を喰らって消滅させる必要はない。隠は手のひらの上の欠片が消えるまでじっと見守っていた。そして、欠片は線香花火よりもずっと早くに消えていった。

 空っぽになった手のひらを握りしめ、ハナビくんが駆けていった方向を見つめる。


「じゃあな。友達とたくさん遊べよ」


 今夜一番の強い風が吹いた。ろうそくの炎は消え、花火の煙は何処かへ運ばれていく。

 T川の河川敷に“ハナビくん”はもう現れない。明日にでも小さな依頼人たちに報告しなければ。

 そうして花火の片付けを始めた隠はまだ知らない。“ハナビくん”はもう現れないから思う存分花火を楽しめよと小学生たちに告げたところ質問攻めにされることを。そして後日携帯電話に大変元気のいい「あそぼー!」という誘いの電話が掛かっていて、危うく虫取りに付き合わされそうになることも。隠はまだ知らなかった。



File5:ハナビくん〜完〜




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