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File4:猛犬注意『悪いこと』



 二階に上がると、瑠璃は階段に一番近い部屋の前で止まった。扉には『GENKI』と刻まれた木製の名札がかかっている。


「玄希?」


 瑠璃がノックをするが、反応はない。瑠璃は逡巡の後に扉をやや強めに叩いた。


「玄希? お母さんの悩みを解決するために探偵さんが来ててね。少しだけでいいの、お話しできる?」


 優しく呼びかけてもやはり玄希は応えなかった。寝てるのかも、と呟いて瑠璃は後ろで待機している姫榊へと振り返る。


「すみません、姫榊さん。やはり息子と話すのは……」


 難しいです、とでも瑠璃は続けようとしたのだろう。しかしその前に扉が開く。中から顔を出した少年――玄希は無表情に言い放った。


「探偵なんか呼んだの?」

「ああ、玄希。この人が探偵の姫榊さんよ」

「初めまして。姫榊礼一です」


 と言って姫榊は会釈をした。そんな姫榊の頭から足先までじっくりと観察してから玄希が口を開く。応答してから今まで瑠璃には目もくれない。彼女の存在を認識しているかも怪しかった。


「……何を聞いてもムダだと思うけど。いいよ、入って」


 扉を半開きにしたまま玄希が室内へ戻る。姫榊も続いて入室した。すると瑠璃が一歩前に出て玄希に呼びかける。


「玄希。答えたくないことは答えなくて――」


 いいからね、という言葉は乱暴に閉じられた扉の向こう側から聞こえた。玄希はさっさと部屋の奥に行ってしまった。瑠璃のフォローをするべきか一瞬判断に迷ったが、この機会を逃すわけにはいかないと姫榊も玄希の後を追う。


「失礼します」


 改めて挨拶をしつつ、部屋を見回す。カーテンは全開になっており、窓から射し込む夏の太陽が部屋中を白白と照らしている。

 そして床には黒犬の絵が散乱していた。玄関扉やリビングに貼ってあったのと違って【もう犬注意】と書いていない絵もある。他にも猛と書こうとして失敗した跡があったり、黒犬を描く途中で止まっていたり、黒犬と注意文とのバランスが極端に悪いものもあった。ここに撒いてあるのはほとんどが失敗作なのかもしれない。

 そしてもう一つ。かすかな獣臭が姫榊の鼻に届いていた。加えて血と、肉が腐った臭いも。臭いの元はどこなのだろう。意識して再度嗅いでみるが元を辿るどころかまったくそんな臭いはしなくなっていた。気のせいだったのか? また? 訝しみつつ、玄希の様子を窺う。

 玄希は学習机で白い画用紙に大きく“何か”を描いていた。机の上ではコピー用紙やら色鉛筆やらクレヨンやらマジックやらがひしめいている。背中を丸め、玄希は作業に集中していた。姫榊を部屋に招き入れたのをすっかり忘れてしまったんじゃないかと少し心配になる。

 床に散らばる絵を踏まないようにしながら机に近付いた。“何か”の正体はすぐに分かった。もはや見慣れたといってもいい犬の顔だ。これまでの絵と違って犬の全身は描かれていなかった。折れ耳の犬にまだ色はついていないが、きっと黒く塗られるのだろう。

 しかしここにきて【もう犬注意】とは異なるパターンの絵を描き始めたのは何故だろうか? 思案しながら姫榊は玄希に話しかけた。玄希の視線は画用紙から動かない。


「早速だけど、質問をしてもいいかい? 私は君のお母さんに頼まれて家で聞こえる犬の鳴き声について調べているんだ。君は犬の鳴き声を聞いたことがある?」

「あるわけないじゃん。うちに犬はいないんだから」


 敵意のこもった返事だった。そして恐らく敵意は姫榊ではなく瑠璃に向けられている。入室前のいざこざといい瑠璃の存在を無視したり敵意を向けたりするのは反抗期のせいだ、と確かに言えなくもないが……。


「そうだね。でも、君のお母さんには聞こえるみたいなんだ。どうしてだと思う?」


 急に玄希が顔を上げた。ぎこちないが力強く首を動かして姫榊を見る。異様に頬の上がった笑みを張り付けながら囁いた。


「悪いことをしたからじゃない?」

「悪いこと? 瑠璃さんは何をしたんだ?」

「…………」


 玄希は唇をぴったりと閉じて答えない。笑顔は崩れるどころか酷くなっていく。笑っているのか怒っているのか区別がつかなくなっていく。姫榊は無意識に拳を握りしめていた。


「犬は悪いことをした瑠璃さんに怒っているのかな。だからずっと吠えていると思う?」

「…………」


 やはり沈黙。ここで姫榊は白い紙の下から赤い輪っかのようなものが僅かに覗いていることに気が付いた。銀色の金具がついている。あれは……首輪だろうか? そちらにやや気を取られつつも質問は続ける。


「どこのどんな犬が吠えているんだろう? 犬は飼っていないって言ったけれど、昔はどうだい?」

「一度も飼ったことないよ。でももうすぐ飼えるからいいんだ」


 今度は返事があった。進展といえるが、まだ足りない。


「飼える?」

「犬だよ。やっとぼくも犬が飼えるんだ」


 歌うように玄希は言った。紙の下に埋もれた輪っかはその犬のための首輪なのかもしれない。

 しかし、犬を飼う予定があるとは。瑠璃からそんな話は聞いていなかった。単に話し忘れていただけにしても、犬の鳴き声で今あれほど怯えている瑠璃が近々に犬を飼うことを許可するだろうか? 

 黒犬の絵を無数に張り付けたり犬が飼えると何の衒いもなく喜んだり瑠璃の訴えを「おかしい」と切り捨てたり。反抗期だとしても、犬の鳴き声で憔悴しきっている瑠璃に対してここまで無頓着でいられるものなのだろうか? それとも反抗期だからこそできる仕打ちなのか? 玄希の言動から姫榊が感じられるのは瑠璃への反発あるいは反逆ではなく、瑠璃を貶めようとする悪意であり敵意だった。


「……そうか。どんな犬が飼いたいの?」

「…………」


 残念なことに会話は続かなかった。質問と姫榊への興味が失せたのか、玄希の笑顔は瞬時に消え失せ絵を描くのを再開させる。暗に失せろと言われていたが姫榊はあえて一歩前に出た。机に手をつく。


「今描いてるのは【もう犬注意】の絵じゃないね。犬の顔を描いているのかな」


 独り言のつもりだったが、意外なことに「失せろ」以外の返事があった。


「犬のお面。誕生日プレゼントにするんだ」

「そうなんだ。誰にプレゼントするの?」

「母さんに決まってんじゃん。明日誕生日だから。…………ねえ、もう出ていってくれない? ジャマなんだけど」


 玄希が姫榊を鬱陶しそうに睨む。しかし怖くはない。初めて玄希の年齢相応の表情を見られた気がした。姫榊は机から離れて頭を下げる。


「そうだね、少しだけっていったのに長くいすぎた。すまない」


 来たときと同じように足元に注意を払いながら扉まで戻る。ドアノブに手をかけたところでまたあの臭いがした。それに強烈な視線も。玄希に見られているのか? それとも別の何かに?

 答えを得るため、去り際の挨拶を理由にして姫榊は振り向いた。日光が眩しい。姫榊は目を細める。


「……質問に答えてくれてありがとう。助かったよ」


 部屋中の犬が姫榊を見ていた。玄希は描きかけの犬の顔を姫榊に向けて溢れんばかりの笑顔を浮かべている。姫榊は凍り付いた。玄希に呼びかけたくても声が出せない。焦燥に駆られた心が回転の遅い脳に叫ぶ。

 ここから離れなければ。

 玄希を止めなければ。

 隠を呼ばなければ。

 どうして。

 どうしてこんなに静かなんだ?

 どうして鳴き声が聞こえないんだ?

 今も。

 これまでも。

 こんなにもうるさく聞こえていたじゃないか。

 ――耳元で。


「……っ……」


 ちくりと、左手首につけた腕時計から刺激が伝わった。隠のちょっとしたおまじないのかけられた腕時計だ。姫榊はぎこちなく体を動かして扉を開けた。躊躇わずに部屋を出る。それから扉を閉じ、玄希の部屋で激しい物音がしないのと誰も追ってこないことを確かめてようやく詰めていた息を吐き出した。

 ……須賀原邸は訪ねたときと変わらず静寂に包まれている。犬の鳴き声なんてまったく響いておらず、事実として姫榊にも聞こえない。はずなのだが。

 

「…………聞こえていないのに、聞こえていたのか」


 それとも聞こえなければいけないのに、聞こえていないだけなのか。姫榊には判断する術がなかった。



■■■



 呼吸が落ち着くのを待つついでに姫榊は玄希との会話を手帳に書き留めた。それから一階へ降りる。リビングに入ると、ダイニングテーブルの椅子に座っていた瑠璃がすぐに駆け寄ってきた。


「玄希は何か話しましたか?」

「はい。少々……気になることを」


 前のめりの瑠璃に頷きつつもダイニングテーブルに戻るように促す。瑠璃は渋々ながら着席した。姫榊も椅子に腰を下ろし、手帳を開いてから話を始めた。


「まず、やはり玄希くんには犬の鳴き声は聞こえていないようです」

「……そうですか」


 落胆の色が隠せていない。これについては瑠璃にとってもおおよそ予想できた答えだったはずだ。万が一にでも瑠璃以外になら違う答えを返すのではないかと期待していたところはあったのだろう。だが、姫榊が知りたいのはここからだ。


「しかし『どうして君のお母さんに犬の鳴き声が聞こえていると思う?』と尋ねたところ、玄希くんは『母さんが悪いことをしたからだ』と答えました。…………聞き苦しいのですが、何か心当たりはありませんか?」


 瑠璃が息を呑む。みるみるうちに顔から血の気が失せていった。


「……ど、どういうことです? 悪いこと? 知りませんよ、わ、私は悪いことなんて何も……」


 言葉を詰まらせながら、瑠璃は左右に激しく首を振った。再び平静さを失いつつある瑠璃に姫榊は宥めるように二の句を継ぐ。


「須賀原さん。悪いことと言うのはそのまま犯罪行為を示しているわけではないと思います。おそらくですが、須賀原さんの行った何かが玄希くんにとっては『悪いこと』だったんです。……そうですね、もう一つ窺いたいことがあります」

「…………」


 瑠璃は立ち上がったり叫び出したりすることなく姫榊の質問を待っている。テーブルの下で膝を忙しなく揺すってはいるが、かなり落ち着けている方だろう。


「これまで須賀原家で犬を飼ったことはありますか?」

「…………い、犬? 何の関係があるんですか?」

「正直に申し上げれば、私の勘でしかありません。ですが、玄希くんの反応からして何かが関係しているはずなんです」


 そう真摯に訴えると、瑠璃は考える素振りを見せた。とはいえ納得はいっていないようで、唇はかたく結ばれていた。


「……………………い、ちどもありませんよ。この家には玄希が中学に上がる前に越してきて、その前はI区のK団地に住んでいたんです。団地ではペットを飼うのは禁止されていたので。金魚やカブトムシくらいなら育てていましたけどね」

「犬を飼ったことはないんですね?」


 重ねて姫榊が問いかける。すると瑠璃は大きく頷いた。……が、一拍置いて目を瞠った。


「ありませんね。…………ああ、いえ、嘘、まさか」

「須賀原さん?」

「………………犬、昔……玄希が六歳か七歳くらいのときに、子犬を拾ってきたことがあるんです」


 過去を語る瑠璃の声はか細く、集中していないと聞き逃してしまいそうだった。子どもが捨て犬を拾ってきて親に飼いたいとねだる。姫榊自身にその経験はないものの、そう珍しい出来事でもないはずだ。それが現状にどう繋がるというのか。


「……道ばたに捨てられていたんですか?」

「そうです。あの子は……子犬を飼いたいと言いましたが、私、私は……」

「犬は飼えないと断ったんですね」


 途切れた言葉を継いだ姫榊に、瑠璃は悲痛な表情で訴えた。当時の心境を鮮明に思い出してしまったのかもしれない。


「…………そ、そうです。ご近所や管理組合に内緒で飼ったとしても鳴き声や臭いでいつかは絶対に知られてしまいます。散歩だって必要なのに……そうしたら、犬を手放すか引っ越すしかなくなる。当時は引っ越しなんてできる状況にありませんでした。犬を手放すのも……保健所に連れて行くにしろ誰か飼ってくれる人を探すにしろそれをするのは私です。そんな責任を持つ余裕はなかった。持ちたくなかったんです」


 言い終わると、瑠璃は肩を落とした。頭を垂れているようにも見える。ずっと抱えていた苦悩を打ち明けて、なじられるのを待っているのか。だとしたら瑠璃は相手を間違えている。そもそも姫榊には瑠璃の行いが悪いことだとは思えなかった。


「飼えないものは最初から飼えないと決断するのも一つの責任の持ち方だと思いますよ。私個人の意見ですが……それで、その後はどうなったんですか?」

団地(うち)ではその子は飼えないと説得して……一緒に元いた場所に返しに行きました」

「玄希くんはどういう反応を?」

「………………泣いていました。小学生になってから背伸びして泣かないようにしていたみたいですが、あのときは大泣きして」


 そのときの情景が目に浮かぶのか、瑠璃は顔をしかめる。それから目頭を押さえた。姫榊は手帳にペンを走らせる。


「その後、子犬がどうなったかご存じですか?」

「…………次の日、玄希が学校に行っている間に様子を見に行ったのですがそのときにはもういなくなっていました」


 潤んだ目で姫榊を見る。瑠璃と同じ選択を迫られ、瑠璃と同じ決断を下した親は一体どれほどいるのだろうか。どれほどの子どもが『悪いこと』をした親を責めただろうか。姫榊はリビングに貼られた黒犬たちを眺めた。


「なるほど。……その子犬ですが、あの絵の犬に似ていたりは?」

「………………ああ、そんな。玄希の言う『悪いこと』はそれですか? 子犬を飼うことを許さなかったこと? その、その……子犬がずっと吠えているっていうんですか? 幽霊になって私を恨んで? だから私にだけ鳴き声が聞こえるっていうの?」


 甲高い声を上げながら瑠璃は哄笑していた。己の出した結論を馬鹿馬鹿しいと思いながらも真実だと確信している。瑠璃という人格が崩壊し始める予兆のようだ。姫榊は低い声で、しかし確実に瑠璃へと届く大きさで言った。


「そう結論付けるのは早いと思います」

「…………あなた、こんな馬鹿みたいな話を信じるの?」


 瑠璃があどけなく首を傾げる。姫榊は大げさなくらいに頷いた。


「そうですね。多少そういう経験があるんです」


 ぱちぱちと音がしそうなくらいしっかりと瞬きをして、瑠璃は笑った。口を手で覆って隠そうとしているがもちろん隠しきれていない。


「……おっかしい。でも……そうじゃなきゃ、そもそもこんな依頼受けてくれないですね」


 口を覆っていた手で今度は髪を弄る。これまでで一番気の抜けた表情を姫榊に向けていた。姫榊は口元を緩めて手帳を閉じる。


「私はそちら方面の専門家ではありませんが、協力を頼める人はいます。隠という男なのですが、そうですね……明日、できれば今日中にその隠を連れてお伺いしたいのですがよろしいですか?」


 突然の専門家なる協力者の登場に瑠璃は明らかに困惑していた。すかさず姫榊は付け加える。


「協力者を呼んだからといって追加料金などは一切発生しませんのでご安心ください」

「…………え、ええ……それなら構いませんけど……」


 まだまだ訝しんでいる部分もあるだろうが、とりあえず瑠璃は姫榊の提案を了承してくれた。瑠璃の気が変わってしまう前に話を進めなければ。


「ありがとうございます。大変助かります。協力者の都合が合えば今日の夕方……十八時までには伺います。それ以上遅くなるようなら明日に持ち越しで。詳細はまたお電話いたしますので」

「は、はい……」

「それでは、一度お暇させていただきますね」


 言質は取ったと言わんばかりに姫榊はさっさと手帳を鞄にしまうと立ち上がった。できる限り早く隠に須賀原邸を視てほしかった。

 鳴き声の主にターゲットにされていると思しき瑠璃にしか聞こえていなかった鳴き声が姫榊にも届きかけていた。あるいはそう錯覚しただけかもしれないが。やはり勘に過ぎないけれどもこれが姫榊の睨んだ通り人間ならざるものの仕業だとするならもうあまり時間は残っていないように思えた。

 玄関まで移動して姫榊は靴を履いた。それからホールに置いていた鞄を掴む。


「そうだ。近々犬を飼うご予定が?」

「ないです。あるわけない」


 即答だった。苦々しい表情で瑠璃は腕をさする。姫榊が疑問に思っていた通り、玄希の言い分とは噛み合わない。


「この家ではペットは飼えるんですか?」

「ええ。玄希が飼いたいと言うなら考えますけど……そんなこともありませんから」

「……そうですか」


 玄希はもうすぐ犬を飼えると言っていたが、それを瑠璃には伝えていないようだった。この食い違いはどういうことだろうか? 玄希はどんな犬を飼おうとしているのだろうか? 気にはなるが、無暗に介入をして瑠璃と玄希の関係が悪化するのは避けたい。今はともかく隠に家を視てもらうのが先だろう。

 姫榊はドアノブに手をかけ、最後に瑠璃を振り返った。


「最後に一つ個人的な質問をしてもよろしいですか?」

「な、何でしょう」

「私の恋人が明日誕生日なのですが、まだプレゼントを買っていなくて。女性目線でのアドバイスをいただければと」


 真っ赤な嘘だ。姫榊に恋人はいない。直截的には尋ねにくい質問でも近しい話題を振れば自ら話をしてくれるのではないかと思ったのだが……。

 瑠璃は大きくため息をついた。やや姫榊を非難するように見る。


「前日になってそれを聞くんですか? 私に? ……男の人って記念日に無頓着ですよね。……姫榊さんは主人と違って誕生日を覚えてくれているだけ優しいですけど」

「……皓一さんもですか?」


 瑠璃と晧一の関係が良好と呼べないことは薄々どころでなく察してはいた。こういう日々の積み重ねの不満が関係にヒビを入れていくのかもしれない。住む場所が離れているなら尚更。


「…………実は私も明日誕生日なんですよ。電話の一つくらいしてくれればいいけど、もう期待はしません」


 そう言って瑠璃は自嘲するように笑った。今回の依頼を解決することで二人の仲が少しでも改善すればいいのにと願うのは的外れだろう。

 鳴き声に悩まされる前から晧一は瑠璃の誕生日を忘れていたし、瑠璃は晧一に誕生日を思い出させるのを諦めていた。姫榊の力の及ぶところではない。瑠璃もその方面での口出しなど望んでいない。


「それは……残念ですね。ですが、玄希くんが何かお祝いをしてくれるかもしれません」

「玄希が? ……そうですね。あの子はここ数年ケーキをプレゼントしてくれてるんですよ。でも今年は……」


 ようやく核心に触れられた。やはり玄希の行動は奇妙だ。ここ数年ケーキをプレゼントしているのに、今年は犬のお面? 玄希には聞こえていないらしいが、瑠璃は犬の鳴き声に悩まされている真っ最中だというのに? 鳴き声の主と玄希はどう関係しているのか……。今考えたところで答えは出せないだろう。


「きっとプレゼントしてくれますよ」

「だといいんですが……」


 と返しつつ、瑠璃は諦めきった顔で姫榊を見送った。


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