今日も婚約者をストーキングする
人間界には向いてないので魔族と幸せになります。
に掲載している話を修正したお話です。
「今日はここまで。」
教師の声に私は、がばっと立ち上がる。
「ちょ、ちょっとミリーナ!」
隣にいた友人を置いて私は一心不乱に駆け出した。淑女としてギリギリセーフな速度だ。大丈夫問題ない。
「ねぇ、あれって…」
「きっとお急ぎなのよ…」
大丈夫のはず。
「…王妃候補としてどうなのかしら?」
「しっ、滅多なことを口にするのもじゃないわ。」
周りの声が自分の耳に届き、私は少しだけそのスピードを下げた。
何をそんなに急いでいるかって?
それは、大好きな婚約者を観察するためだ。
私は婚約者であるアレンが大好きすぎて、いつも彼のことしか頭にないと言っても過言ではない。
だけど彼は一国の王子で、多忙だ。なかなか会う時間もなくて、仕方なく私は草葉の陰から彼を応援していた。
それが一歩間違えば、ストーカー行為なのだがミリーナは気付いていない。
私は広い廊下の端まで歩いて、一つの教室の前で立ち止まり深呼吸する。
そして髪を手櫛で直して、服の埃を払う。
よし。
と、心構えをしてからそっと教室をのぞいた。
「□%〇#△!?」
ツーッと鼻血が垂れ、私は慌ててハンカチで押さえ込んだ。視線は外さずに行う一連の流れは、いつものことだった。
私が見つめるのは、キラキラと輝いている一人の男子生徒。
「今日もお美しい。」
サラサラの金髪は肩につかないくらいの、短めのショートヘア。そして雲ひとつない青空のような、色鮮やかなブルーの瞳。その瞳が細められて、微笑んでいる姿は美の女神ですら霞んでしまう程だ。
物腰がやわらかく、誰にでも分け隔てなく接する彼は皆の憧れだ。
細身だけど程よく筋肉のついた体も美しい。もうすべてが完璧。そう完璧なのだ。
「アレン様…」
溜息と共にとろけそうになる。
今日もランチタイムはずっと見守っていようと、心に決めれば興奮して鼻血が再び垂れた。
食堂ではどうやら今日、スペシャルランチが提供されているらしいのだが、アレン様を観賞する方が私には大切で最重要事項だ。
「今日も素敵。」
アレン様は近くに座っていた生徒と楽しそうに話をしていて、いつもの大人びた雰囲気とは違った男の子らしい笑顔がまた私の胸を矢で射貫いた。
グッと胸を掴んで苦しそうにしていたミリーナは、端から見れば体調不良にも見えなくないが、彼女の事情を知る生徒たちは”またやってる。”程度にしか見ていない。
そんな視線に教室内の生徒たちが気付かない訳もなく、気づいた従者がアレン様に何か耳打ちをした。するとアレン様がこちらの方に視線を向けた。
ひゃう。
声にならない声が出て、心臓がこれでもかと大きく跳ねる。
「ハッ…」
息するのを忘れていた事に気がつき、詰まった息をゆっくり吐けば一気に血が巡って体中が熱くなる。
「やあ、ミリーナ。」
「しゅ」
「瞬間移動じゃないよ。君の時間が止まっていたんだろうね。」
さすがアレン様。天才すぎますわ。
私の心を読んだ…ハッ!それとも私と心が通って
「以心伝心じゃないからね。」
考えるよりアレン様が先に突っ込む。
「では、やはり」
「天才でもないよ。」
そんな謙虚なところも好きです。
「君の考えていることは分かりやすいから……って、聞いてないよね。」
「いえ、アレン様はいつでも素敵です!」
「まぁ…いいや。ところで、一緒に食事でもどうだろう?」
「本当ですか!?」
飛び跳ねそうになるのをグッとこらえて、私はガッツポーズにとどめる。
「どちらもアウトじゃないかな。」
「失礼しました。」
アレン様に言われて、私は拳を下ろして後ろに隠した。
「じゃあ行こうか。」
スッと差し出された手。色白で細い腕。だけど男の子らしい骨格がしっかりした大きな手。美しい。いつまででも眺めていられる…
「ミリーナ。また時間が止まってるよ。」
「私としたことが、アレン様のお手が美しくて、我を忘れていました。」
「…」
何か言いたそうなのが顔に出ているアレン様。それもまた良い。などと見惚れていたら、なかなか手を出さない私の手をアレン様は少し強引に取ると、優しく引いてエスコートしてくれた。
「今日のランチは、シェフおすすめのスペシャル料理だそうですよ。」
「それは楽しみだね。」
「ここのシェフは、家にいるシェフの師匠らしいんです。」
「へぇ、そうだったのか。」
驚く顔もまた(以下略)
「だから懐かしい味なのです。今は寮住まいで家で食べられないので、食堂の料理は楽しみですわ。」
久しぶりの食堂。しかもアレン様と一緒に食事ができるなんて、もういつ死んでも良い。
なんて考えているのも束の間だった。
食堂にやってきて、私はニコニコとしていた顔が少しだけひきつった。
それは食堂がこれでもかと言うくらいの、劇混み状態だったからだ。
どうやら皆、そのスペシャル料理が目当てのようで、皆が手にしているのは皆同じ料理だった。
「これはすごいな。」
「そうですね。」
さりげなく人とぶつからないように、エスコートしてくださるアレン様、素敵。
「大丈夫かい?」
「はい、素敵です。」
そうじゃなくて。と、言いたそうな顔もまた良いですわ。
「これ座れるかな…」
本来ならアレン様にはもちろん、専用のサロンが用意されている。
だけどアレン様は自分だけが使うのはと、仕事以外で使うことはしていない。
「問題ございませんわ。」
そんな慈愛に満ちたアレン様を崇めつつ、私が自信もって答えたのは、混雑した中にメイド-サラの姿を見つけたからだ。
「ミリーナ。こっちよ!こっち。」
何故かサラと一緒にいるのは教室で別れたはずの友人ヴィオラで、こちらに手を振っている。
それに気のせいだろうか。サラも椅子に座って既に食事を取っているように見える。…いや、きっと何かの間違いだろう。主を差し置いて食事を取るメイドがどこにいるだろうか。
「おほうさま…ゴクン」
ここにいた。しっかり食事を取っている。それも主より先に。しかも、口に入れたまましゃべるな。行儀が悪い。
ヴィオラの方は最後の一口を、丁度飲み込んだところだった。
「どうしたのよ、ヴィオラ。」
「一人で食事も嫌だなと思って、誰かいないかと思って食堂に来たら、貴女のメイドがいたから声をかけたのよ。」
ああ、それでヴィオラに付き合って食事をしていたのね。
「すでに食べ始めていたのに、私の料理が届くまで待ってもらっちゃって。」
前言撤回。
「サラ。主より先に食べるってどういうことかしら?」
「申し訳ございません。席が」
ああ、席が空いてない中で食事もせずに待っているのが申し訳なかったのね。
「たくさん空いていたので、先に食事をしようかと思いまして。」
前言撤回。(2回目)
「私は食べ終わったから席を譲るわ。」
「私はまだ食べ終わっていないので」
「譲りなさい。」
笑顔で拳を叩くと、何故かアレン様もヴィオラも苦笑いしている。
いつものことなのにどうしたのかしら?
「では、こちらをどうぞ。」
スッと席を立つと、椅子の背もたれに手を掛けてアレン様を座わらせようと視線を彼に向けている。もちろん机にはサラの食べかけの食事が置かれている。アレン様は困った様子で頬を掻いた。
そんなアレン様の貴重な困り顔を心のノートに書き留めつつ、機転を利かせて席を立ったヴィオラの席にアレン様を座らせて、サラの座っていた椅子に私が腰を掛けた。
「不敬罪にならないのが不思議ね。」
「犯罪者として捕まらないお嬢様も不思議です。」
さらっととんでもないことを口にしたことは不問にして、メニューを開こうとして目の前に運ばれてきた食事に目を丸くした。
「ふへシャルろうり…ゴクン…で、よろしかったのですよね?」
サラは自分の料理をトレーごと手に持ち、器用に残りを口にしている。完全にマナー違反なのだがもうなにも言う気にならず、目の前に座るアレン様に目を向けた。
おふ…
料理を前に目をキラキラと輝かせているアレン様が視界に入り、私は顔面を強打した。
「せっかくだ、冷めないうちに頂こう。」
「ご馳走さまでした。」
もうお腹が一杯です。
「違うよね!?その返しおかしいから!」
アレン様の突っ込み!なんて貴重なのかしら。
「ほら、良いから食べるよ。」
アレン様に促されて私も食事を口に運ぶ。
やはり家で食べた料理と味が似ている。
懐かしい味に舌鼓を打っていると、先に食べ終わったアレン様が静かにこちらを見ていた。
「美味しそうに食べるね。」
「ええ、やはり家の味に似ております。」
「休日に帰ったりしないのかい?」
「ええ、だって休日は」
アレン様の観賞会ですもの。
「お妃教育がございますから。」
「絶対今、違うこと考えていたよね。」
さて?なんのことでしょうか?
「まぁ、いいや…。…じゃあ、今度の休日は空いているかい?」
呆れ顔も素敵。
「はい。」
「では、昼前に迎えにいくから街に出掛けよう。」
「良いですね。」
私服のアレン様は貴重です。
サラにカメラを用意させないと。ああ、画家を呼んで絵を描いてもらうのも良いわね。
「…。最近できたカフェが評判らしいんだ。」
なにか言いたそうなのをアレン様は飲み込んで、話を進めた。
「まぁ!私も友人から聞いたことがありますわ。」
「それなら間違いないのだろうね。」
「ええ、そうですわね。」
好きな人と食事して、デートの約束までできて、なんて幸せな時間なのでしょうか。
こんなに幸せで良いのかしら。
なんて、そう世の中は上手く行かないものだ。
「本日、アレン殿下は急な公務のため、こちらには来ることが叶わなくなりました。」
そう知らせが入ったのは休日の朝。すでに陽は昇り、あともう少し待てば、アレン様が迎えに来る時間。カメラを磨いて、絵師との最終的な打ち合わせをしているところに、そんな知らせが届いた。
大変申し訳なさそうにしているのは、アレン様の従者で、名をシュクルと言った。
「仕事では仕方ないですね。残念ですが」
「本当に申し訳ございません。殿下もお辛いようで、ミスした奴を、殺す勢いで睨んでおりました。」
王太子が部下を殺す勢いって…
「それは…大丈夫かしら」
「ええ、いつもより殺気だっておりましたが、ほぼ通常と変わりありません。」
そんなんで良いのかしら。
でも、鬼気迫るアレン様のお顔も拝見してみたいわ。
「こちらをどうぞ。」
「これは…!!」
手渡されたのは一枚の封筒。
開いて中を取り出して、卒倒した。
「”君ならそういうだろう。”と、おっしゃって僭越ながら私が写真に納めました。お気に召したでしょうか?」
「ええ!もちろん…サラ!焼き増ししてちょうだい!!」
不機嫌そうなアレン様のお顔も素敵すぎます。
「”今日はこれで許してほしい。埋め合わせは必ず”と言うことです。」
「分かりましたわ。」
「では、私はこれで失礼します。」
そういって、シュクルは帰って行った。
それから数日、アレンは忙しいようで全く会うことができなかった。
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「お、お姿だけでも…」
「ミリーナ!?どうしたの、そんなにやつれて。」
「お嬢様はアレン様不足なのです。」
ヴィオラの疑問に答えたのはサラ。
「栄養不足みたいに言うわね...ミリーナ、大丈夫?」
「アレンさまぁぁぁ…ぁ」
「本当に大丈夫!?」
「大丈夫です。錯乱されているだけですから。…ほら、ミリーナ様。それは殿下ではございませんよ。」
たまたま横を通りすぎた金髪碧眼の男子生徒を、ゾンビのような足取りで追いかけようとしていたミリーナを、サラが腕を引いて止める。
「アレン様はこちらです。」
パッと差し出した写真にミリーナは飛び付いた。舐めるように見る姿は、犯罪者一歩手前。いや、ヨダレ出てるしギリアウトだ。と、ヴィオラは思う。
「あの…」
「アレン様!?」
「いえ、違います。お嬢様。これは、殿下の従者です。」
殿下の従者をこれ呼ばわり!?
「さすがルイバレイン家のメイドね……」
「お褒めに預かり光栄です。」
ボソリと呟いたつもりだったが、どうやら聞かれていたようで丁寧なお辞儀をするサラ。
「褒め言葉じゃないわよ。」
突っ込んでも”はて?”とサラは首をかしげている。鉄の心臓か?
ミリーナの家、ルイバレイン家は伯爵家であり、超がつく程の変わり者たちの集まる家なのだ。
だけど、その誰もが事業で成功しており、この辺りの貴族の中では侯爵家を凌ぐ程の稼ぎがあると、噂されている程だ。
「あの!良いですか!?」
「あ、はい。ですが、見ての通りミリーナ様は…」
こらこら、主人を哀れみの目で見ちゃだめでしょ。自分の主人を哀れむんじゃない。
ほら、シュクルが困ってるじゃない。
「ご、ご用件だけでも聞いて差し上げたらいかがかしら?」
そこ!嫌そうな目をしない!
ヴィオラの指摘にものすごく面倒そうな顔をするサラ。
「ハァ…仕方ありませんね。私がお伺いします。」
サラの言葉にシュクルはホッと息をつく。
「あの、でん」
「アレン様!!」
シュクルが殿下と言おうとした瞬間に、ガバッと顔を上げたミリーナは血に飢えた猛獣だった。襲いかからん勢いで、シュクルの肩をガシッと掴んで揺さぶる。
「あ、はい。今、お伝えぇぇぇ」
「揺さぶるのを止めなさい、ミリーナ。話が聞きたいのでしょ!?」
ヴィオラがミリーナの腕を握って止めると、素直にその動きを止めた。シュクルの方は服も髪も乱れてしまっている。
「ほ、本日の放課後、サロンにて待つ。と。」
「サロンね!!」
「まだ、朝よ。」
「今行っても誰もいませんね。間違いなく。」
ヴィオラとサラに言われてミリーナは思い止まった。
「そうね、では会うための準備を…」
「待て待て、どこ行く気?」
「どこって…寮に戻って準備よ。服にカメラに絵師も連れてこなければ。あと、髪の毛入れる瓶も欲しいわね。それに、記録できるような紙とペンに…」
「止めなさい。」
「え?なんで?」
なんで私、この子の友達なんだろう。
「怖いから。」
「でも必要なことよ。」
「さらっと言わないで、本当に怖い。」
「え、でも。」
「殿下に嫌われたいの?」
ピクッとミリーナが反応した。さすがの彼女もアレンに嫌われるのは嫌なのだと分かり、ヴィオラは心の底から安堵の息を吐く。
「…分かった。」
やっと落ち着いたか。
「カメラだけも取りに…」
「ダメよ。」
ヴィオラはミリーナと友達であることを、一瞬本気で後悔したのだった。
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結局、ミリーナは落ち着きはなかったものの、なんとか授業を全て受け終えたて、今は廊下を教師が止めるのすら躊躇う速さで歩いていた。歩いてるって言ったら歩いている。
「あれって…」
「どうしたのかしら…キャッ」
歩いた風で周りの人のスカートが靡こうが、髪が乱れようが知ったことではない。そんなことよりアレンに会うことが、ミリーナの使命と言っても過言ではない。
「……だな。」
アレン様のお声!!!
1つの部屋の前でアレン様の声が聞こえて、ミリーナは急ブレーキをかけた。一刻も早くお顔を拝見したかったが、身なりや息をまず整えなければと、深呼吸をしながら髪を手櫛で整え、服を叩いて皺をなくす。
よしっ!
手を扉に向けて伸ばした時
「ミリーナ様のことはどう思っているのですか?」
シュクルの声が聞こえて、伸ばしかけた手を止めた。
代わりに耳を扉に当てる。どうみても不審者だが、聞き逃したくない。羞恥より欲だ。
「…急に。」
部屋の奥にいるのか、恥じらっているのかアレン様の声だけうまく聞き取れない。
「気になったものですから。」
「気になったって、……………
………からね。」
肝心なところが聞こえない!
「それは現在もですか?」
「ああ。昔から彼女は変わらないからね。」
「そうですか。殿下は昔からお嫌いですよね。」
嫌い…
ざわつく心を押さえつける。
「まあな。」
「ああ、そういえばあの件はどうなりましたか?」
あの件って?
さらにグググゥっと耳を押し当てるミリーナ。
「順調だよ。」
「なによりでございます。」
「昔からの仕来たりだからって、あり得ないだろ。こんなおかしな契約は破棄しなきゃ。」
えっ…
どういうこと?
確かにこの国では一度決められた婚約を、破棄できない仕来たりだ。相手が死なない限り解消なんて、絶対に不可能だった。それがこの国の昔からの仕来たり。
ちなみにこの婚約は、ミリーナが一目惚れしたのを母が気づいて、父に頼んで成立させたものだ。だから、ルイバレイン家が財力にものを言わせたのは、間違いない。
だからこそ、初めて婚約者として顔合わせをしたときに、アレンはすこぶる不機嫌だったのだ。長い年月をかけて、やっと婚約者として認めてもらえたと思っていた。最近では心が繋がっているんじゃないかと、思える程だったのに。
「これでやっとお払い箱ですね。」
「ああ、全く付き合うのにも骨が折れるんだ。」
勘違いだったのだろうか…
そんな言葉を聞くなんて、考えもしていなかった。
□□□□□□◆□□□□□□◆□□□□□□
夕陽に照されながら、とぼとぼと憂鬱な気持ちで、寮に戻ればサラが出迎えてくれる。
「ずいぶんとお早いご帰宅ですね。殿下を堪能されたんですか?」
「え?あー…そうね。」
空ろな返事に、サラは片手を口許に当てて悩み始める。
「振られましたか。」
「そうなのかなぁ…」
答えに驚かされたのはサラの方だった。
まさか!と、こちらを見れば私の顔を見て、その深刻さを読み取ったらしい。
「何があったんですか!?いつもならなにも聞かずとも、数時間は殿下のお話しをされているのに!だからこそ、その時間は話を聞いている呈で、のんびりと休憩していたのに…」
「てい?」
「あ、いえ、こちらの話です。」
あっ、と口を押さえるがもう遅い。私の話を休憩時間にしていたという、とんでもない暴露話に一瞬だけ沈んだ心も忘れて怒りの感情が沸く。
「それで、どうされたのですか?」
「話をそらそうとしてない?」
「いえ、まさか。お嬢様が心配なのです。」
しれっと言ってのけるサラは、ある意味ですごいと思う。そんな彼女の鋼鉄の心に負けて、結局、ミリーナはサロンでの出来事をサラに説明した。
そして、自分の中であれが良くなかった、これが良くなかったと話している内に色んなことが納得できた。
「端から見たら私って、ストーカーよね。」
「今さら何を。分かりきっていたことではありませんか。」
ぐはっ!
サラのいつもの突っ込みも、今日は直撃だ。
「そうよね。だから婚約だって破棄されちゃうんだわ。」
「あのですね、私が言いたいのはそういうことではありません。」
「なら、どういうことよ。」
サラに当たったらいけないことだと分かっているのに、モヤモヤする気持ちを隠しきれずにストレートに出してしまえば、サラはヤレヤレとため息をついた。
「今さらなのはアレン殿下だって同じですよ。元々のミリーナ様を知ってて尚、婚約していたお方ですよ。今さらそんな理由で婚約解消なんて言ってくるような方だとは思えません。」
「でも、アレン様がそうおっしゃったのですよ。」
「何かの間違いだと思うのですが…」
「いーえ、この耳でしっかりと聞きました。お払い箱だって。」
「しかし…」
まだ食い下がろうとするサラだったが、諦めたのか頭が痛そうに手で押さえながら長い息を吐いた。
「では、引いてみましょう。」
「え?」
「今まで、ミリーナ様は殿下を追いかけ続けて来ました。それをピタリと止めます。すると、今まで追われていた方は、落ち着かなくなるものです。」
サラは主を主だと思っていないようなメイドだが、間違ったことは言わない。彼女がそういうのだから、きっとそうするのが良いのだろう。
「……分かったわ。」
こうして、私の押してダメなら引いてみろ!作戦がスタートしたのだった。
それから数日、私はアレン様を探すことも、跡をつけることもピタリと止めた。
「どうですか?」
「うーん…よく分からないわ。」
「そうですか、ではもう意中の方がいるのかも…」
それ聞こえるように言う?普通。
こんなにもショックを受けてるのに、追い討ちかけるメイドとかおかしいでしょ。そこはフォローするものじゃないかしら。と、ジト目で見てもサラはなんにも気にせず、自分の仕事をしている。
「ああ、でもお嬢様。本日の昼食の時間に、殿下がいらっしゃっていませんでしたか?」
「えっ、ええ…まぁ…」
「声はかけられなかったのですか?」
「いやぁ…それが、振られるのが怖くて逃げちゃった。」
「はあ!?」
あのー、主をなんだと思っているのかなぁ…この子は。
「馬鹿なんじゃないですか!?」
ああ、そう思ってたのね。
「酷くない?私、貴女の主人なんだけど。」
「失礼しました。あまりのアホさ加減に、つい心の声が出てきてしまいました。」
おい。
「このままでは、本当に関係を拗らせてしまいそうなので、大変失礼なことだと承知しておりますが、ご提案したいことがございます。」
いや、もう大変失礼だよ。今さら言われてもだよ。
「はぁ…良いわ。言ってごらんなさい。」
「はい、では…いつも通りに戻ってください。」
え?
「む、ムリムリ無理!」
「何故ですか?いつも通りに戻るだけですよ。」
「それじゃあ、婚約破棄されちゃうじゃない!」
「もう諦めてください。その時はその時です!結婚できなかったら田舎にでも引っ越してのんびり過ごせば良いじゃないですか!
田舎生活。良いですよねー。憧れです。」
サラの人生を謳歌させてどうするのよ!
いや、彼女にも幸せになって欲しいけれども!
「虫とかたくさん出るわよ。」
「うっ……、やはり何とかしましょう!」
「変わり身早いわね。」
「ちなみに、お嬢様?」
「なによ。」
「3日後のパーティーはどうされるおつもりですか?」
「あ…」
忘れてた。
「…どうしよう。」
「忘れていたのですね。さすがにエスコートなしというのは…ですがアレン様とお話しするのは…」
「む、むり。今は嫌。」
「…そうしたら他の方のエスコートになりますが」
「お父様もお兄様も用事があって、行けないと言っていたわ。」
どうしよう…
「諦めて、振られてくだ」
「良い方法があったわ!」
メイドの失言は聞かなかったことにして、私は指をパチンと鳴らした。
「貴女が男装してエスコートしてちょうだい!」
「嫌です。」
「特別手当てを出すわ。」
「分かりました。」
早くて助かるわ。まだまだ手放せないわね。
「準備は…」
「問題なければ私の方で用意させていただきます。」
「出来るの!?」
「はい、知り合いに当たってみます。」
「貴女の知り合いすごいわね。」
感心していると、サラは時間がないと準備に取りかかった。
そして、3日後
「すごいわ!!」
感嘆の声を上げるミリーナの目の前には、男装したサラが最後の服装チェックを行っていた。
身長が元々高めのサラは男装しやすいのだろう。顔はくっきりとした化粧をして、胸には布を巻いて凹凸をなくし、男性ぽく見せている。また、肌を見せないようにと手袋をしている。手を見せてしまうと女性らしさが際立ってしまうからだと、サラは言う。
「髪はどうしたの?」
「ウィッグです。」
「よくそんなものあったわね。」
「旦那様の……いえ、なんでもございません。」
お父様!?た、確かに一時期薄くなってきた頭を気にしていたけれども!?まさか、カツラまで用意してたなんて…
しかも、それをどうやって借りたのかしら。すごく気になるんだけど?
「そんなことは置いといて…」
そんなことって…自分の父親の秘密を知りたかったのに。上手くすれば弱み握れたのに。
「お嬢様、行きましょうか。」
「え?ええ、そうね。」
ミリーナは差し出された手を取る。
サラのエスコートはアレン様程ではないが、そこそこ様にはなっていた。彼女がどうして女性をエスコート出来るのかは謎だったが、今そんなことを考えている場合ではない。
ここから先、どんな可能性があるのか考えてみることにする。
一つ、アレン様が他の女性をエスコートしている可能性。これは、まずあり得ないだろう。一応、まだ婚約は破棄されていない。婚約者がいながら他の女性をエスコートすることは、一国の王子である彼の場合まずない。もし、そんなことがあったら私が再起不能になるのは間違いない。一応心構えをしないといけないかもしれない。
そして二つ目は、誰もエスコートをしていない可能性。これは十分にあり得る話だ。もうお前には興味ないと、暗に言ってるようなものだ。
婚約者である私をエスコートしないのだから、当然と言えば当然なのだが、この二つのパターンの場合、その場で婚約解消される可能性が一番高い。
今までは婚約解消されるのを回避してきたが、パーティーだけは回避不能だろう。逃げ回ったところで、婚約解消を宣言されたら終わりだ。
それから最後の可能性が、親族をエスコートすること。彼の場合はまだ婚約者のいない妹が当てはまるだろう。その場合には大っぴらに婚約解消はされないだろうが、後から書類を渡される可能性はある。体裁は保てるから一番円満だろう。
「お嬢様、到着しましたよ。」
馬車が止まり、ドアが開く。
さて、どのパターンになるか…
ミリーナは深呼吸をする。そして、思い至った。
「どれも破棄されるじゃない!!」
「ご乱心ですか。まだ早いです。」
「まだとか言わないでよ…」
「……。」
「無言も止めて!地味に傷つくから!」
「では、諦めて行きますよ。」
ため息と共に差し出された手を取り、いざ会場へ!
「…え?」
意気込んで会場入りを果たしたミリーナは、ポカンと口を開けて呆けていた。
会場で待っていたアレン様はひとりだった。
誰もエスコートしている様子はない。
まさかのパターン2だ。これは婚約解消を公言される可能性が高い。
そう思えば背筋は凍りつき、みるみる血の気が引いて行くのを感じる。婚約解消という言葉が、私の頭を恐怖で支配した。
だからか、ヒソヒソと私や男装したサラを見て、何かを囁く人達の視線は気にならなかった。
それよりも恐怖なのは…
「さ、サラ…」
「はい、お嬢様。」
「アレン様がこちらを満面の笑みで見ていないかしら?」
私の言葉にサラもアレン様の姿を探す。そして、アレン様の姿を確認したらしく、頷いた。
「ええ、そのようですね。あのまさに”どうしてやろうか?”と、ウサギを見つけた狼のようですね。…あ。こちらに向かって来ますね。」
「ええ!?むり!!サラ、逃げるわよ!!」
パーティー会場であることも忘れて、脱兎のごとく逃げだそうとして、繋がれていたサラの手がピンと張った。
サラはその場から動こうとはせず、静かに立っている。とこにそんな力があるのか、引っ張ってもサラは微動だにしなかった。
「さ、サラ?何してるの逃げるわよ!」
「いいえ、お嬢様。ここまでです。」
静かに首を振ったサラ。
あまりの突然の裏切りに戸惑い、手を離して逃げるという簡単な方法すら私は思い付かなかった。
「ミリーナ、やっと掴まえたよ。」
ガシッと肩を掴まれて、恐る恐る後ろを振り向けば、張り付いた笑顔のアレン様の姿が目に入る。
普段なら貴重なお顔とテンションMAXになる場面なのだが、今は恐怖に震えるしか出来そうにない。
「あ、アレン様...」
「もう逃がさないからね。」
「は、はいぃぃ!!」
ピンと背筋を伸ばして胸を張った。心臓がバクバクと鳴っているが、いつものドキドキとは明らかに違う。動悸もしてきた。
次に言われるのは婚約破棄か。国外追放か。
悲しさと恐怖に涙が浮かぶ。
「ミリーナが何を考えているのか、想像できる。理由は分からないけど。」
「え?」
「取りあえず、部屋を移動しようか。ここだと目立ちすぎる。」
踵を返すアレン様にミリーナは拍子抜けして、腰が砕けそうになるのをサラが支えてくれる。
「ああ、そうだ。君…えーっと、サラだよね?君はここに残って、ここにいる方たちに事情を説明してね?なんで男装しているのかとか含めて。」
「承知いたしました。」
ものすごく嬉しそうに答えるサラに、裏切り者!という視線を向けるが、彼女は気にした様子もない。なんなら、やっと解放されたとホッと息すらついている。
「減額よ。」
「お嬢様…」
ハッとした顔をサラが見せた。だが、私を助けに動こうとはしない。
「申し訳ございません。」
さすがにお金が絡んでも、王太子相手では助けたくとも無理なのだろう。
「こちらの方が高額なので。」
違った。どうやら買収済みだったようだ。
お金のジェスチャーをするサラに、ガックリと肩を落とした。
□□□□□□◆□□□□□□◆□□□□□□
なんとかして逃げ出すことを私は考えていた。
会場を出て今は長い廊下を3人で歩いている。シュクルを先頭にアレン様、私という順番だ。
一番後ろってことは、これはチャンス。幸いにもここは一階。窓を蹴り破って逃げ出せば
「逃げ出そうとか考えないように。」
「なんで!?」
「ミリーナなら窓を突き破って逃げ出しそうだからね。でも、兵を配置してるから、すぐ捕まってしまうよ。」
窓の外を見れば確かにいくつもの人影が見える。てっきり、パーティー客やその従者などの姿かと思っていたが、考えればこんなに多いわけがなかった。
では、どうやって逃げ出すか。
「それに…」
少しだけこちらを振り向くアレン様。見返り美人とはこのことだ。
ちょうど窓から差し込む夕陽が当たり、目鼻立ちがくっきりとしたシルエットのように写し出されている。
「ミリーナが怪我をしたらいけないからね。危険なことはしないで欲しい。」
ぐはっ…
改心の一撃を受けた。
アレン様はこんな時まで危険を考えて、心配してくれている。彼の優しさに崩れ落ちそうになるのをなんとか堪える。
結局、逃げ出すこと叶わず私が連れてこられたのは、客間として使われている部屋。アレン様はソファに腰かけ、用意されたお茶をすすっている。
沈黙に耐えきれずそわそわしていると、カチャンとカップを置いたアレン様がスッとこちらを見た。
「それで…今回のはどういうことかな?もちろん、説明してくれるよね?」
「…」
「嫌だって言ったら、メイドを人質にしてでも聞き出すからね。」
「…」
「ミリーナのコレクションを燃や…」
「お話しします。」
アレン様のグッズを燃やそうとするアレン様に、食いぎみで答えてしまった。
ひどい。それはあまりにも酷い行いですわ。
「では、話してもらおうかな。」
「はい。」
私は胸に手を置いて深呼吸した。
大丈夫。やれるわ。
「私……人という生き物が、気持ちの移り変わりの激しいものだと理解しております。
ですから、側室は当たり前と思い、後宮がハーレムになるのは我慢しようと思っておりました。」
「そんなこと」
「良いのです。男とはそういう生き物だと母から教わっておりますので、気になどいたしません。
例えどんなタイプの女性が来ようとも、海のような広い心で受け止めるつもりです。
そして、最終的に私の元に戻ってきていただければそれで良いと…」
「ミリーナそれは」
アレン様の言葉を首を静かに振って制す。
プルプルと震える手を押さえて、震える息を整えてからアレン様の瞳を見つめる。
「ですが、婚約破棄はあんまりです。」
「え?はい?」
身構えていたアレン様が、肩透かしを食らったようにガクッと肩を落とした。
「好きな方が出来たのでしょう?その方が側妃じゃダメなのですか!?あんまりではありませんか!
小さい頃からアレン様だけを想ってきて、嫌いなお妃教育も受けて、今はもう全てを習得したのですよ。あの血の滲むような努力の日々。
私にはこの世の終わりのようでした。アレン様の観察日記が書けなくて」
「そっち!?」
「私にとっては死活問題です。サラに頼んでも情緒もなにもない報告書になるし、カメラで撮り続けるのにも、絵師に描かせるのにも限界があります。」
「ああ、一時期これでもかってくらいのカメラマンと絵師に囲まれていたことがあったな。
丁度王位継承の話しや君との婚約が発表されたから、それだと思っていたけど違ったんだね。」
アレン様が疲れた顔で、頭を押さえてため息をこぼした。
「話を戻そう。それで、婚約破棄という言葉はどこから来たんだい?」
「アレン様がおっしゃっていたのではありませんか。」
「え、私?」
「あと、従者の方も。」
言えば、アレン様とシュクルは自分に指を向けた。それに頷けば、驚いた様子でお互いに視線を合わせている。
「それはいつ聞いたんだい?」
「数日前です。お昼にサロンへ来るよう言われていた日です。」
「ミリーナが来なかった時だね。」
「はい。」
「でも私たちはそんな話していないよ。」
シラを切るつもりなのだろう。
甘いマスクで騙そうたって、そうはいかない。
「信じてくれないのかい?」
子犬のような顔にうるんとした瞳で訴えかけてくる。
はぅ…だ、だめよ。騙されてはいけないわ。気を強く持とうと気持ちを入れ直す。
「ですが、この耳ではっきりと”こんなおかしな契約は破棄しなきゃ。”や”全く付き合うのにも骨が折れるんだ。”と。」
再びアレン様とシュクルが顔を見合わせる。
やはり思うところがあるようね。
「何か、勘違いしているようだね。」
「勘違いなんて…従者の方も”これでやっとお払い箱ですね。”って、婚約解消の他に何があると言うんですか?」
言い訳もここまでくるとさすがに見苦しいのでは?と、思っているとアレン様が私の後ろを指差した。つられてそちらに目をやれば、現国王と王妃の姿が描かれた絵が飾られている。
「ミリーナはこの絵をどう思う?」
「仲睦まじいと。」
「そうじゃなくて…その服装とか装飾とか」
「ああ……よく着られるなと。
まず、色があり得ません。王妃様は儚げな所が印象的な方なのに、こんなショッキングピンクと紫の毒々しい色は合いません。
それに、国王陛下は濃いめのお顔です。こちらも紫の服がくどく、見ているだけで胸焼けする程です。
いくら国の仕来たりだと言われても、こんな黒歴史は汚点でしかありません。私もどうやって回避しようかと考えていました。こんなダサい服はも」
「分かった分かった。ミリーナがどう思っているかは良く分かったから、これ以上両親を貶めないでくれ。」
待ったと手を前に付き出してそれ以上は止めてくれと、眉間にもう片方の手を当てて頭が痛いと訴える。
「いえ、ご両親ではなく服が」
「うん、そうなんだけれども。俺もあの服はどうかと思ってる。
だけど、ミリーナの言葉は一緒に両親も攻撃してるから。」
「ああ…」
アレン様もあの服をダサいと認識はあったのかと思えば、良かったと安堵の息が漏れるが、ご両親があれを気に入っているとあれば不敬に…
「そんなことないから。父上も母上も仕来たりで仕方なく着たから。」
「そうですか、それならよかったです。服を着れない程に太るしか道がないかと…さすがに着れないものを着ろとは言われませんでしょうから。」
そこまで言って自分が婚約破棄されそうだったことを思い出す。
「それが嫌で婚約破棄を!?デブは専門外ですか。なら、痩せる方で行くしか…絶食を続ければなんとか…いや、でもサイズ直しされたら…」
「いや!そう言うことじゃないよ!?」
ガバッと立ち上がって、本気で止めにかかるアレン様の焦った顔も美しいと胸打たれる。
「それに、ミリーナがどんな姿になっても私は好きだよ。」
「そうですか…え!?」
さらりと流しかけたが、今「好き」と確かに聞こえた。バッと見上げればアレン様はフイッと視線をそらせてしまうが、その耳や頬は赤い。
でも、それってどういう…
「ミリーナが聞いたのはこの服を着るという馬鹿げた仕来たりのことだよ。
これが厄介でね。国王になるために必要な契約書にかかれていて、それを破棄するって話をしていたんだ。
多分それをミリーナが聞き間違えたんだと思う。」
「え…私の聞き間違い。」
うーん、確かに大事なところは聞こえてなかった。それに主語がなかったから確かに自分の事とは限らない。
「では、一つ聞いても良いですか?」
「もちろん。それでミリーナの誤解が解けるなら。」
「では、アレン様の全てを教えてください!」
「斜め後ろから来るとは思ってたけど、遥かに越えてきたよ。」
クスリと笑って頬杖をつく姿も神々しく、私を打ちのめす。
「それで、まずは私の何が知りたいの?」
「ええっとですね……あの時にシュクルさんが私の事についてどう思っているかと聞いていた答えが気になっていて。扉の向こうから聞き逃さないように注意を払っていたのですが、どうしてもそこだけは聞き取れなくて…」
「プッ…」
「し、シュクル!!」
吹き出したのはシュクルで、手で押さえて笑いを堪えている。それに慌てたのはアレン様で、シュクルを嗜めつつもその内心動揺しているのが見て分かる。
「そうですよね…こんな私のことなんて」
「えっ、あっ、ちが…」
「一歩間違えばストーカーですものね。」
「自覚はあったのか。」
驚きでキョトンとした顔も可愛らしくて素敵です。ですが…
「私は身を引きます。」
「ダメだ!」
「え…ですが」
「……あの時の答えは、
”昔から変わらず一番大切な存在で愛おしいと思ってる”だっ。」
白状するように答えられて、私の思考が停止した。
「私は人の醜いところをたくさん見てきたから、裏のある人間が苦手でね。でも、ミリーナは直撃で愛を表現してくれる。裏なんてない素直で、真っ直ぐなミリーナに惹かれているんだ。」
「え?え?」
どういうこと?勘違い?私の?
かぁっと頬が熱くなるのを感じて、自分の頬を押さえた。
あり得ない。なんて勘違いを…
「あ、あのわ、わた…し」
ガタンっとソファを揺らして立ち上がり、パタパタと走って逃げ出すために扉に手を掛けた。
「どこに行くんだい?」
開きかけた扉が力で押し戻される。耳に息がかかる距離で囁かれて、今度こそ私は頭がパンクした。
「逃がさないよ?」
「ひゃ…」
これではまな板の上のうさぎだ。もう逃げられないとギュッと目をつぶる。取っ手を握った手にアレン様の手が重なる。ビックリして手を引っ込めて、胸の前でふるえる手を握りこむ。
「へ?」
そんな間抜けな声をあげたのは、その扉をアレン様が開けたから。
「さあ、行くよ。」
「え、え?」
「あれ?ミリーナのことだから、食事したりダンスしたりしたいのかと思ったんだけど。」
少し驚いたように聞かれて面食らえば、その瞳が細められる。それはまるで何かを企んでいるような楽しげな感じがして、背中に悪寒がした。
「それともこのままここで、こうしてたかった?」
再び囁かれて、心臓が破裂するのではないかと思うほどに衝撃が走った。
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「私はあのまま、あの部屋で仲を深めるのでも良かったんだけど…」
「い、いいえ!そんなの心臓が持ちません!!」
パーティーホール。楽器で奏でられる音楽に合わせて、令息令嬢が楽しく踊っている。その中でも一番輝いているのは間違いなく私たちだろう。
「今度、街にでかけよう。」
「え?」
「前に行けなかったカフェ。ミリーナと行くのを楽しみにしてたんだ。だけど、邪魔されたから…」
並々ならぬ私怨が込められた言葉に、ミスした官吏を想像した哀れになってくる。
「わ、分かりました!行きましょう。毎日でも毎週でも!」
「本当かい?」
散歩に連れ出してもらえる犬のように目を輝かせるアレン様。何とか官吏の命は救われただろうか。
「じゃあ、今度の休みに」
「ええ、喜んで。」
手を取り合い踊る姿は王子と姫のようにキラキラと輝いている。
今日この時だけは、周りの全てがモブで2人だけの世界だ。
一番近くでこの愛しい人をいつまでも眺めていよう。
私はそう心に誓ったのだ。
Fin