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気になる人


最近、気が付くと紅翔さんのことを目で追ってしまう。

それが、黒羽自身不思議で仕方がなかった。

勿論、元々、紅翔焔という少女に憧れという感情は抱いていた。


容姿が優れていて人当たりもいい。恐らく紅翔焔と付き合えたらと考えている生徒は自分だけではないはずだ。

しかし、それでも今までは目で追うことはなかった筈だ。

恐らく、きっと、いや自分自身のことだから分からないということもあるだろうし、本当は見ていたのか?


黒羽は少し不安になる。

もしかして、女子の間では…

[うわっ、みてあいつまた焔のこと見てるよ]

[えっ、ほんとだ。信じらんない]

[焔、行こっ]

[うん…。夢喰君…ちょっと気持ち悪いな]

もし、こんな風に言われていたら、もう学校に通なくなる。精神的に


そんな風に黒羽が心配していると隣から声がかかる。

「いや~、紅翔さんは今日もかわいいな~。黒羽もそう思わん。」

「へっ?え、ああ、そう思うけど…。真人は割と紅翔さんのことを目で追ってたりするのか?」

隣に座っている友人の視善真人に対し、そう問いかける。


それに対し、真人は不服そうに顔を顰め、早口でこう答える

「失礼な、俺は紅翔さんが楽しい学校生活を送れるように視界内に入った時しか紅翔さんのことを見ないようにしてる。

そして、視界内に入った時に紅翔さん自身と紅翔さんという至高の存在を生み出したこの世界に感謝し、この目、そして脳に紅翔さんの麗しい姿を焼き付けてるんだ」


漫画であれば、ドンっというオノマトペが張り付けられるのではないか言うくらい熱量の籠ったその言葉に黒羽は半身をのけぞらせながら頷く。


「そ、そうか、それは良かった。」

「それより、どちらかというと黒羽の方が目で追ってないか?ここ数日。正直やめた方がいいと思うぞ?」

真人が心配そうにそう問いかけてくる。


どうやら、ずっと目で追っていたわけではなく、目で追っていたのは黒羽が自覚したここ数日であっているようで安堵のため息を吐く。

ただし…。ここ数日は友人に心配されるほど露骨に追っていたようではあるが…。


「ああ、これからは気を付けるよ。教えてくれてありがとな。」

黒羽のその言葉に真人は「いいってことよ」と返す。


「それより黒羽、今期はアニメ何見てる?」

真人が話を変え、アニメについての話題を振ってくる。

「アニメか…。今期は…。」

黒羽は思い出そうと頭を捻る。何を見ていたか…。

(あれっ、何見てたっけ?)

初めの方、それこそ一話二話観たアニメはある。

しかし継続して視聴したアニメが思い出せない。


(そもそも継続して視聴したアニメ、あったっけ?)

「今期はあんま……」

今期はあんまりアニメ見ていない


そう言葉にしようとしたところで教室のドアが開き教師が入ってくる。

眼鏡をかけ、優しそうに微笑む男だ。

「はい。全員揃ってますか?これからホームルームを始めますよ」

その言葉に一人の生徒が手を挙げる。

「口橋せんせー。佐藤、今トイレに行ってまーす」

「本当だ。佐藤君の席が空いていますね。それでは伊藤君が聞きそびれたホームルームの内容を佐藤君に伝えていただけますか?」

にっこりと微笑むと手を挙げて佐藤の不在を伝えてくれた生徒に対し、そう告げる。

「えー。めんどくせーよ。どうせ先生が後で伝えるんだろ?」

しかし、口橋先生に頼まれた伊藤と呼ばれる生徒はめんどくさそーに顔を顰める。

「ふふふ、勿論伊藤君が伝えきれていない所があれば先生自ら伝えることもあるとは思います。

ただ、伊藤君の友人である佐藤君が時間を割いて教えてくれた方が佐藤君も嬉しいと思いますよ。

世の中は助け合いです。それを忘れないように」

それだけ告げると口橋先生は連絡事項等を伝え、ホームルームを終わらせた。


口橋と呼ばれる教員は学校内でも非常に人気が高い。

理由としては生徒のことをよく見ており、教員という通常業務自体が多い職種でありながらも時間を割いて生徒の相談に乗ることが多い点や温厚で怒ることが少ないからだろう。


…他に、提出物が遅れた場合も受け取ってくれたり、テスト前には自習の時間を多くとってくれたりなども人気の秘訣かもしれない。


「おおーい。」

その声にふと隣を向くと真人がこちらを向いていた。

「ん、どうした?」

首を傾げそう問いかける。

「いやいや、どうしたって、ホームルームがあって話途中で途切れちまっただろ?」

「え?あ、ああ、それで何の話だっけ?」

「アニメの話だよ。今期は何見てるんだ?」

少しだけワクワクしたようにそう告げる。

「あ~、今期は特に観てるのはないかな?」

その言葉に一瞬きょとんとした顔をされる

「珍しいなお前がアニメ観てないなんて」

「そういう真人こそどうなんだよ。」

「ん?俺か。俺はまとめてみるタイプだしな。今日黒羽のおすすめ聞いてからそれを見ようかな~って思ってたところ。」

「そか、なんか悪いな」

黒羽が何となく謝ると真人再度きょとんとした顔をし、その後すぐにおかしそうに噴き出す。

「何でお前が謝るんだよ。」

「え、なんか期待させて悪いかな~と」

黒羽じゃ頬を搔きながらそう答える

「別に気にすんな。普通に今季人気なアニメ調べて観るからさ。」

「そか、俺もそうしよ~かな~。何かアニメ見たい気分だし。」


その言葉と共に教室のドアがガラッと開き、一限目の授業が始まった。



「いやぁ~、ようやく昼休みだ。」

真人がググっと伸びをする。

あの後つつがなく授業が進み、昼休みとなった。

「今日はいつにもまして機嫌が良くないか?」

昼休みになるといつも機嫌が良くなる真人であるが、今日はいつにもまして機嫌が良く見えたため黒羽は疑問に感じた

「あ、わかる?実は今日は昨日の残りのエビフライが弁当に入ってるんだ。黒羽もいるか?」

「へえ、そりゃいいな。じゃあ一つ貰おうかな?」

「おっと、勿論トレードだぜ?」

真人はノンノンと人差し指を立てて交互に振りながらそう答える。

「え~、じゃあいいや」

「おい、俺が揚げたエビフライが食べられないと申すか。貴様」

その言葉は如何にも不満そうであったが、口の端が少しだけ持ち上がっているように見えた


「いや、別にそういう訳じゃないけどな、折角母さんが自分のために作ってくれた弁当だし、しっかり全部食べようってだけだよ。さてと、俺の弁当の中身は何かな?



…ん?んんんんんん?」

「どした?」

黒羽はカバンの中身を漁る。ひっくり返す。鞄の中をじっと凝視する。


「ない」

「へ?」

「弁当忘れた。」

その言葉を聞いた真人が可哀想なものを見る目を向けてくる。

「…元気出せよ。エビフライいるか?」

「…ありがと。もらう」

黒羽は真人のエビフライを手づかみでとると口の中に放り込む。

「にしても、お前、料理の腕だけはいいよな」

「料理の腕だけとかいうな、腕だけとか……ただまあ、料理くらい上手くないとさ。美少女に振り向いてもらえないじゃん?……俺は美少女も唸るくらいの料理を作って顔面偏差値という圧倒的な高さの壁を超えていく」

「ああ、いるよな。上を向いても尚見えない頂が、……輝利夜とか輝利夜とか輝利夜とか」


蒼美輝利夜。黒羽たちと同じ一年A組に所属している男子生徒。性格、容姿、能力、どれをとっても非の打ち所がない。

更に、学級委員長や部活を掛け持ちしており、その人気はクラスだけではなく、学校全体に及ぶ非公式ファンクラブまで存在している完璧超人。


二人は輝利夜のことを頭に浮かべ、ため息をつく。

あれにはどうやっても勝てないな、と……


「ん、今僕の名前が出た気がするけど、何かあったのかな?」

二人が諦観に近い感情を抱いていると蒼美輝利夜、本人が現れる。

虚を突かれた二人は多少動揺する。

「い、いや、別に輝利夜はかっこいいよなって話をしてたんだよ」

「そ、そうそう」

別段嘘を言っているわけではないが、突然の輝利夜の登場に動揺している二人の言葉はどこか嘘っぽく聞こえてしまう。


しかし、当の蒼美輝利夜本人はというと

「え、そ、そうかな?え?え、な、何だか恥ずかしいな。で、でも、二人にそう言ってもらえるなら自分に自信が持てるよ。ありがとう」

人によっては鼻につくと捉えられかねないが、それを感じさせないのは恐らく、蒼美輝利夜という人間の善性や素直さと言ったものが表情や声音から伝わってくるからだろう。


暫くの間は照れた顔を浮かべていた輝利夜であったが、ふとあることに気づき首を傾げる。

「あれ、そう言えば黒羽君、お弁当はどうしたの?」

「あ、ああ、実は弁当忘れたんだよ。」

その言葉に輝利夜は大きく目を開けて驚く。

「大変じゃないか‼今日は六限まで授業があるのに……。購買ならまだやってるかな?いや、まってそうい……」

輝利夜が何か言おうとしたがその言葉は黒羽の声で打ち消されてしまう。

「そうだ、うちの高校には購買があるじゃん‼ごめん、真人、俺今から購買行くわ。輝利夜もありがとなー‼」

そう言いながら早歩きでその場を後にした。


「購買結構並んでるな~。」

真人たちと別れてから一直線で購買まで向かったがそこには既に長蛇の列が出来ていた。

そう思いながら列の先頭、最前列に目を向けると丁度パンを買い終えた紅翔焔と目があった。


「ムムム、これは黒羽君じゃないか。君もパンを買いに来たのかい?」

焔が手を挙げながら話しかけてくる。

「え、う、うん。そ、そう」

同じ年代の女子に話しかけられることが少ない黒羽は焔という学校全体で人気の高い美少女を前にどもりながら答える。


「そかそか、買えるといいね~。それでは私はお先に失礼するよ」

ビシッと敬礼をしながらそう答え、焔はその場を去ろうとする。


「ま、まって」

しかし、それを黒羽が制止する。

最近、何故か焔さんを目で追ってしまう。一ヶ月前から記憶があやふやである。

そう言った事情に焔は何か関わっているのではないか。

正直言えば黒羽はそのことについて焔に聞きたかった。


(だけど、それを言っても変な奴って思われるだけだろうな……)

「ん、どうしたの。私に用事があったの?」

焔は不思議そうに首を傾げながら黒羽に問いかける。

「え、えっと……」

(どうしよう、どうしよう。衝動的に呼び止めたけど、この場合はどうすればいいんだ)

黒羽は現状を打開しようと頭を回すが混乱しておりいい案が浮かんでこない。


しかし、黒羽のその心とは裏腹に口が勝手に動いてしまう。

「え、えっと、焔さんって気になっている男子とかいますか?」

(おおおおおい。何言ってくれてんの⁉いや、言ったの僕だけども‼)

そう思いながらも恐る恐る焔の方を見る。

「う~ん、気になっている男子ねぇ。ま、正直言えばいないかな。そもそも、男子と接する機会がそんなにないしね。」

その言葉に黒羽は恋愛対象ではないと思われていることに対しての落胆と今の所気になっている男子がいないことで自分にもまだチャンスがあるということへの安堵を抱いていた。

「ああ、いや、一人だけ、最近になって関わった男子が一人だけいたな……。」

それは黒羽に向けた言葉ではなく、あくまで独り言のような小さな声であったが、黒羽は反射的にその言葉を拾ってしまう。

「そっか~、因みにどんな子なの」

焔は黒羽が言葉を拾ってきたことに多少の驚きを見せるが直ぐに笑みを浮かべる

「う~ん、強いて言えば手のかかる教え子かな?いや、そこまで強い思い入れはないな。割と直ぐに別れちゃったしね」

「……そっか」

(何でだろう。焔さんとは全然関わったことがない筈なのに……)

黒羽にはその言葉に一切の嘘や照れ隠しと言ったものが含まれてない正真正銘の紅翔焔の本音であることが分かってしまった。

そして、

(何故かわからない、自分のことじゃない筈なのになんで……)

ズキリと胸が痛んだ気がした。


「話はそれで終わりかい?私はもう行こうと思うけど……」

その言葉に現実に引き戻された黒羽は慌てて返事をする

「あ、ああ、ごめん、紅翔さんありがとね」

「ぜ~んぜん良いってことよ。」

そう言いながら焔は立ち去ろうと足を動かす。

しかし、何かを思い出したかのように足を止めこちらを振り返り黒羽に問う。

「黒羽君、今、君は幸せかい?」

黒羽はその言葉に虚を突かれるが以外にも言葉はするりと出てきた。

「うん、幸せだよ」

「そか、それは良かった。その幸せを大切にね」


その言葉には、その表情には


不思議とそちらに歩み寄りたくなるのに


そちらに行ったら帰ってこられなくなるんじゃないかと思わせる


神秘的な恐しさが宿っていた










「なんだい。パンはもう売り切れだよ」


「え、ちょ、ちょっとまってこれだけ並んだのに⁉」

因みに黒羽は結局パンを買うことは出来なかった。




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