少年と少女は出会った
不気味なほどに暗い夜。
紅い、血のように紅い炎に照らされる彼女の姿。
夜風にあおられ揺れる髪。
僕の非日常はここから始まった。
☆☆☆
「ふふふ、この、僕の、幽冥黒鎌が今日も世界の闇を斬る。」
誰も近づかないような廃墟の中で一人の少年が元気よく身の丈よりも大きい大鎌を振るう。
まるで誰かと戦っているかのように語る少年。
しかし、少年の周りには誰もいない。
それは何も人という括りでの話ではなく、本当に何物も存在しない。
ただ、少年が玩具というには幾分か物騒なものを虚空に向かって振り回しているだけ。
「ふう、今日も陰ながら世界を守ることができた。」
少年は満足そうにそう呟くと大鎌を振り回すのをやめ、持っていた大鎌を……消した。
……他に人がいたのなら自らの目を疑ったことだろう。
少年が身の丈ほどの大きさの大鎌を刹那の間にその場から消してしまったのだから
しかし、少年はまるでそれが当然であるかの如く自然にこなして見せた。
次いで少年は廃墟の窓枠まで歩き、身を乗り出す。
高さにして八メートルはあるだろうか。
少なくとも人が飛び降りていい高さではない。
しかし、少年は何の躊躇いもなくその高さから飛び降りた。
正気の沙汰ではない。
飛び降りたからにはもう戻れない。
少年を待ち受けているのは重力に従い地面に叩きつけられ軽くはない怪我を負う未来だろう。
その筈なのに少年はまるで階段の二段目から飛び降りたかのように軽やかに地面に着地する。
そして、少年は五体満足のまま歩いて廃墟のある敷地から出るために歩き出す。
「あれ?」
しかし、少年は敷地から出ることが出来なかった。
少年の前には見えない壁があったのだ。
敷地と道路の丁度、境に。
非常識な少年はそこで初めて焦ったような表情を見せる。
少年は何とかその壁を壊そうと叩く。
しかし、びくともしない。
次に距離をとり壁に向かって飛び蹴りを行う。
しかし、びくともしない。
最後の手段として誰かに見られてしまう可能性もあったが大鎌をだし、思いっきり振るう。
……しかし、びくともしない。
「……どうなってるんだよ。これ……」
少年の声は若干震えていた。
自分の住む世界とは別の世界に来てしまったような恐怖に襲われる。
それから、どれだけの時間が過ぎたかはわからない。
しかし、少年は立ち上がる。
この場所から一刻も早く出ていきたいという願いと
いつもとは違う非常識な状況に対する好奇心と期待を寄せて。
少年は廃墟の中に入っていく。
いつも、少年が忍び込んでいた見知った廃墟。
しかし、今この時はまるで見知らぬ建物のように感じる。
いや、少し広過ぎないだろうか。
不意にそんな考えが頭に過るがすぐに左右に首をふるう。
きっと恐怖からそう感じるだけだ。
少年はそう言い聞かせる。
そうでなくては足が竦んで動けなくなってしまう。
だから、自分に言い聞かせる。
少年は歩く、歩く、歩く。
自分の中にある不安を押し隠して歩き続ける。
しかし、人間の本能なのか索敵は怠らない。
誰かいないか。
ナニカいないか。
耳を研ぎ澄ませ、目を凝らし、頻繁に周囲を確認し、安全を確保する。
そして、牛歩のような歩みの末に少年はナニカと出会う。
それは椅子の姿を取っていた。王の座る椅子。玉座の姿を。
しかし、それは人が座るにはあまりに小さい。
手のひらサイズの大きさ。
ストラップや模型と言われた方がまだ納得できる大きさだ。
それでも、少年にはわかった。
あれがただの椅子でないことに。
椅子の姿をとったナニカであることに。
何故、わかるのか。わからない。
人の持つ生存本能なのか、それともそれ以外のナニカなのか。
少年は考える。
果たしてこの玉座を壊していいのか。
果たして自分にこの玉座を壊せるのか。
果たしてこの玉座を壊した自分はその後安全なのか。
少年は玉座から距離をとり、考える。
その間も時間は進む。
時間が進めば状況も変わる。
トン、トン、トン
誰かが歩いてくる足音がする。
少年は自分が隠れられる場所がないか辺りを見渡す。
トン、トン、トン
その間も誰かが歩いてくる足音が聞こえる。
トン、トン、トン
トン、トン、トン
一つだと思っていた足音が近くに来たことで二つであることに気づく。
少年は観念した。
辺りを見渡しても、隠れられる大きさの家具は愚か逃げられる場所もない。
少年は最後の抵抗に大鎌を召喚する。
トン、トン
トン、トン
遂に少年のいる場所まで足音の主達がたどり着いた。
何が来ても驚かないと覚悟を決めていた少年であったが、動揺を隠せない。
足音の主は二人、一人は銃剣を構えた三十くらいの男、一人は三メートルもの怪物を連れた二十五くらいの男。
怪物は目と足の多いワニといえなくもない形状をしている。
しかし、その隠そうともしない獰猛さもさることながら、何より大きい。
先ほどの三メートルという大きさは何も頭から尻尾までの全長の話ではない。
大地から頭までの高さの話である。
そんな人間も一飲みにできそうな怪物に恐怖を覚えるなという方が無理があるだろう。
そう、こんな大きな怪物が目の前に現れ……
少年はそこで天井に目を移す。
果たしてこの廃墟の天井はこれほどまでに高かっただろうかと
そして、そのことに気づき少年は乾いた笑みを浮かべる。
……ああ、初めから自分は積んでいたのだと
敵の腹の中であがいていたのだと
そんな一種の諦観をみせる少年に
男たちは意外な言葉をかける。
「おい、その玉座はお前のものか?」
少年は一瞬硬直し、首を左右に振るう。
てっきり男たちの持ち物だと思っていたがために言葉の意味が頭に入ってこなかったのだ。
しかし、少年の感じていた一筋の希望も一瞬にして潰えることになる。
男たちが顔を見合わせ、話し合う。
「どうします?」
三十くらいの男の方が二十五の男に敬語で問いかける。
「生かしておく意味もない。やれ。」
その言葉を皮切りに男が銃剣を少年に向ける。
その時、時間がゆっくりと流れた。
走馬灯、もしくは火事場の馬鹿力。
傍からみればそう言われるかもしれない
しかし、少年にはわかった。
自分が握る大鎌から力が流れ込んできたのが。
少年はその力を使い。
男が放つ銃弾を手に持つ大鎌で防ぐ。
しかし、奇跡は二度起きない。
銃弾は確かに防げた。
だが、その際の衝撃でバランスを崩してしまい、二射目は確実に防げない。
それでも、それは相手が即座に打ってくる場合の話であり、銃の形状から次を打つために弾を込める動作が必要なはずだと少年は考えていた。
しかし、少年の無知ゆえか、それとも、それが銃の形状をしたナニカであるためか、男はノータイムで二射目を放つ。
今度こそ、絶体絶命。
助かる手立てはない。
少年は目を瞑る。せめて痛い思いはしないようにと祈りながら。
しかし、少年が予想した痛みは来ない。
少年は恐る恐る目を開ける。
そこには……
ビルの壁をぶち破り
紅い炎に照らされた一人の少女が不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふ、今日はついてる、まさか、この業界でそこそこ名の売れている能力者が二人も釣れるなんて」
少女は機嫌よくそう告げる。
それに対し、男は先ほど同様淡々とした口調で少女に問いかける。
「お前が玉座の持ち主か?」
少女は満面の笑みで告げる
「うん、そうだよ、それは私のもの。……当然、人様のものを無理矢理取り上げたりなんてしないよね?」
少女の言葉に男は答える。
「死ね。」
実力行使という形で。
男の声に呼応し、男が連れていた怪物が少女に襲い掛かる。
それに対し少女は手のひらから炎を生み出し、怪物に向ける。
炎は少女の意思に従い怪物に襲い掛かる。
しかし、怪物は多少怯みはしたものの目立った傷は追っていない
しかし、少女もそれが分かっていたのか、人のものとは思えない身体能力で距離をとる。
それと同時にこちらに銃剣を向けていた相手に炎を飛ばす。
少女の炎は閃光のように早く、攻撃を見てから防ぐのは至難の業だろう。
しかし、銃剣の男は少女が手のひらを向けた瞬間に回避行動にでることでその攻撃を避けてみせた。
その間も怪物は少女に肉薄しようと襲い掛かる。
少女はそれを驚異的な身体能力と小柄な体躯を生かした小回りの利いた動きで避け続ける。
それに対し、体躯の大きい怪物は少女を捉えようとするあまり、壁に激突する。
その度に壁には穴があき、戦うスペースが広くなる。
しかし、それは何も少女に有利に働くばかりではなかった。
広くなった戦場を利用し、銃剣を持った男が自らの強みであるリーチを十全に使って
常に怪物とは別の角度から攻撃を仕掛けてくる。
その二つの波状攻撃を同時に捌く少女は段々とその動きに繊細さを欠いていく。
どうにかしなければ。
今まで蚊帳の外にされていた少年は考える。
このまま少女が負ければ自分も殺される。
何より少女の姿に少年は見覚えがあった。
仲が良い訳ではない。
仲が悪いかけでもない。
そもそも話したことすらない。
ただ、同じクラスというだけの間柄。
だが、もし自分が無様に命乞いをした結果男たちに見逃してもらえたとして、自分の命を一度救ってくれた少女を見殺しにし、クラス内でのうのうと生きていける自信がなかった。
しかし、だからと言って少年に出来ることはない。
銃剣を持った男には近づいた瞬間に発砲されるだろう。
怪物を連れていた男は少女と怪物を追いかけるように歩いて行ったが、あちらの方が得体が知れないと少年は考えていた。
狙うなら銃剣を持った男の方、近づけさえすれば何とかなるかもしれない。だが、近づけなかった場合、いや高い確率で近づけないだろう。
そう考えていた少年はあるものに目を付けた。
それは怪物が壁を壊していた際に出た壁の破片。
少年はそれを集めだす。
近づけないならこの破片を投擲すればいいと考えたのだ。
幸いにも怪物は綺麗に壁を壊したわけではない。
不格好に壊れた壁は遮蔽としてある程度は機能するだろう。
後はこちらに意識を向けさせれば少女が形勢を変えてくれるかもしれない。
それを祈るのみ。
少年は男から射線を遮れる近くの壁の残骸に近づく。
少年が移動したことは少女の戦闘に夢中な銃剣を持った男は気づいていない。
そして、少年は男に向け壁の破片を投げつけ、その後、直ぐに遮蔽となる壁の残骸に隠れる。
残念ながら少年が投げた破片が男に当たることはなかったが、あちらもこちらに気づき銃剣を向けてくる。
それを壁の残骸が防いでくれる。
銃剣を持った男が先にこちらを処理しようと意識を向ける。
そして、銃剣の男が狙われていると知った怪物を連れていた男も行動を起こす。
こちらに向けて黒い球を手のひらから生成し、こちらに投げつけてきたのだ。
銃剣を持っていた男からは遮蔽になっていた壁の残骸であったが、別の方向にいた怪物を連れていた男からは良い的であった。
少年は黒い球に撃ち抜かれて地面を転がる
当然そんな絶好のタイミングを銃剣を持った男が狙わないはずもない。
今日に入り三度目の命の危機に瀕する。
だが、少年のことを運命の女神はまだ見放してはいなかった。
銃剣の男を少女の炎が襲った。
それというのも先ほど少年が銃剣の男に壁の破片を投げたため、少女に多少の余裕が生まれていたのだ。
更に怪物を連れていた男が少女から少年に意識を向けていた際に怪物の動きが若干悪くなったことも要因の一つとなっていた。
その光景を見ていた者がいたのなら、怪物の意識自体が別に向いているかのようだったと答えるだろう。
その二つの理由により、少女にも余裕が生まれ、銃剣の男が自分に意識が言っていないことに気づいたのである。
そして今、形成は逆転した。
銃剣の男は炎に呑まれ灰すら残さずに消えた。
「ひっ」
今まで戦いというものに無縁であった少年は目の前で人が死んだことに小さな悲鳴を上げる。
しかし、戦況だけ見れば後は怪物とそれを連れてきた男だけ。
とはいえ、少女は今までの攻撃で怪物に目立った攻撃を与えられていない。
それは少女も百も承知、それ故に少女がアクションを起こす。
「『根源回帰 鮮血迅狼』」
少女が生み出した炎が実態を持ち血のように流動する狼を形作る。そしてそれは段々と個体となり、意思が宿る。
「行って」
少女の言葉に答えるように狼たちは……
怪物を連れていた男に襲い掛かる。
流石に怪物を連れていた男も縦横無尽に自分に向かう狼に対応することが出来ずに狼たちの餌食となる。
そして、男に噛みついている狼たちが紅い光を放ち始め
爆発する。
怪物を連れていた男は跡形もなく消し飛んだ。
その筈だった。
突如怪物の背中が開く。
そこから男が這い出てきた。
男は静かな声で呟く。
「俺の連れていた悪魔ではなく術者である俺自身を攻撃する。悪魔使役系の能力者を相手にした際の基本だな。………だが、その戦法は俺とは些か相性が悪い」
少女は一瞬驚きの表情を見せるが直ぐに納得したかのように頷く。
「成程、それがあんたの悪魔の能力って訳」
少年にはどういうことかは分からなった。
ただ、今の状況が限りなく不味いということは分かった。
それはあれだけの攻撃を受けた男が無傷であるというだけではなく。
少女が先ほどの攻撃を行った後から目に見えて消耗しているからだ。
そして、そんな状況を怪物が逃がすはずもなく、怪物が少女に襲い掛かる。
少年はその瞬間に少女に走り寄る。
彼女を失うわけにはいかない。
この瞬間はその思いを抱き少女に迫る怪物と対峙する。
正直、少女があれだけ攻撃して目立った傷を受けていなかった怪物に少年の大鎌がどれだけ聞くのかはわからない。
それでも、全力で振り下ろした。
今まで生きてきた全力が手抜きであったのでは思うほどに全力で。
そして、少年のその刃は
あまりにも呆気なく。それこそ豆腐でも斬るかのように呆気なく怪物の肉を切断した。
誰もがその光景に唖然となる。
当人である少年以外は。
少年は命欲しさに我武者羅に鎌を振るっている。
正直状況を気にしている余裕などなかった。
ただ気づいたら怪物が事切れて、体が消滅し始めており、怪物使いの男も何故か気を失っていた。
少年はそれを確認すると腰が抜けたのかその場に座り込む。
それからどれだけたっただろうか命が助かったことと今まであったことの現実感の無さにただただその場に座り込んでいた少年に対し少女が話しかけてくる。
「君、何者」
少年はその言葉にびくりと震える。
少女の方も少年を警戒しているようで何時でも攻撃できる体制で問いかけてくる。
それに対し、少年は震えた声で
「同じクラスの夢喰黒羽です」
と答えた。
少女に何者であるか問われた後、夢喰黒羽は囚われていた。
少女が生み出した黒い手枷によって。
黒い手枷を生成する様子は怪物を連れていた男が黒球を生成していた姿と酷似していたが黒羽にはその力が一体どういうものかはわからない。
当然聞く勇気も持っていない。
黒羽にできるのはただただ、少女が行う作業を見ていることだけ。
「『悪夢は過ぎ去り、現に戻る』」
少女がそう呟きながら小さい玉座に触れると黒羽たちのいた廃墟が黒羽の知るものに戻っていく。
壊れていた壁も直り、大きさも元に戻る。何より驚いたのが先ほど死んだはずの銃剣の男が五体満足で生きているのだ。
流石に意識は失っていたが、それでも黒羽は安堵の息を吐く。
例え命を狙われた相手でも他人の命を奪うのは気分のいいものではない。
黒羽がそう考えている横で少女は男たちに手枷と足枷をはめていく。
「えっと、紅翔……焔さん。何、してるの?」
男たちが死んでいないと知ったことで彼女への恐怖感がある程度薄まった黒羽がそう問いかける。
その問いかけに対し、紅翔焔と呼ばれた少女は鋭い視線を向ける。
「何で、私の名前を知ってるの?」
その視線には殺気と言うべき圧が宿っており、黒羽は縮み上がる。
しかし、その態度に焔は怪訝な顔を向ける
「黙ってないでなんか答えたらどう?」
何か言わなければ殺される。
そう直感した黒羽が先ほど自己紹介の時にも言った言葉を繰り返す。
「あの、同じクラスの夢喰黒羽です。……」
理由を述べた筈なのに焔の視線がますます強くなる。
「あくまで、しらばっくれる気か」
黒羽はものすごい勢いで首を左右に振るう。
そんな押し問答をしていたら、男たちが起きだす。
そのため、焔の興味は男たちに向き、黒羽は難を逃れる。
「やっと起きたね。待ちくたびれたよ。さあ、命が惜しくば持っている夜の遺物を渡すことだね」
ニコニコと、目だけが笑っていない笑顔で男たちに告げる。
その言葉に怪物を連れていた男の方が答える。
「悪いが今の手持ちに価値のあるものはない」
この状況でも淡々とそう告げる男
「それを決めるのは私であって君たちじゃない」
それに対し、焔も淡々と告げる。
このままでは押し問答になるだけだと感じた男は自らがつけていた鞄を顎で示す。
「その中に入っているので全てだ。好きにしろ」
男はそう言うと黙り込む。
焔はその言葉を受け鞄の中を漁りだす。
そして、しばらく漁った後、真顔になる。
「君たち有名なナイトメア能力者だよね?」
焔の問いかけに男たちは頷く。
「……なら何でこれしかないの?しかも、たいしたもの入ってないし。」
その言葉に銃剣の男が悔しそうに吠える。
「俺らが集めた遺物を奪ってった奴がいるんだよ。ようやく手に入れたナイトメアクラウンも……」
その言葉の途中で怪物を連れていた男がしっ責する。
「トール!」
その言葉にトールと呼ばれた男がビクッと震える。
「ナイトメアクラウン……」
焔がぼそりとそう呟く。
今までの態度とは違う。
歓喜の感情が込められていたように黒羽には感じた。
「君たち持ってたの?」
その言葉に男たちは観念したかのように頷く。
ナイトメアクラウン。
男たちが絶体絶命に陥ってでも守りたかった情報。
そして、焔がここまで態度を変えるもの。
黒羽にはそれが一体どのようなものかはわからない。
しかし、クラウンという言葉から、それがあの小さな玉座と同質のものなのではないか。
漠然とそんな予感を感じていた。
「ふふ、本当についている。ついに、ついに、あれが私の手の中に」
焔はここではないどこかを見つめ、一人そう呟く。
まだ手に入れてすらいないのに。
それは、男たちも感じていたのか焔に自分たちの事情を再度告げる。
「先ほども言ったが、俺たちはナイトメアクラウンを所持していない。とある男に奪われたからな。」
怪物を連れていた男のその言葉にようやく焔は自分の世界から帰ってくる。
「君たちからナイトメアクラウンを奪ったやつの能力は?」
手のひらから炎をだしながら焔は男たちに質問する。
流石に絶体絶命の状況において男たちも口をつぐむことはしない。
「俺と同じ悪魔使役系の能力者。悪魔の能力は不明。だが、恐らくは透明化か転移。」
その言葉に焔は顔を顰める。
「どっちであっても厄介な能力だね。」
黒羽は話についていけない。
それ故に重要そうなワードであり、この状況を理解できるキーになりそうな言葉をつい反芻してしまう。
「悪魔、使役?」
自分が蚊帳の外にされており、現実感が薄れていたが故の失態だろう。
周りの視線が黒羽に向く。
「そう言えばこいつはお前の仲間か?」
怪物を連れていた男が焔に質問する。
焔は首を左右に振るう
「いや、知らない奴だね」
知らないやつ、同じクラスなのにばっさりそう告げられたことにショックを受ける。
しかし、それ以上にこれから自分がどうなるのか、不安に感じる。
黒羽は喋らない。
いや、喋れない。
自分がこれからどうなるのかという不安。
命を握られていることへの恐怖。
黒羽の口を、喉を、息をするという工程を、許さない。
しかし、それは焔にはあずかり知らぬこと。
「最後のチャンスだよ。今のうちに所属を言えば許してあげるけど?」
それは焔の優しさだったのだろう。
勿論、黒羽には先ほど言った答え以上のものを持ち合わせていない。
「お、俺は……」
その態度から悟ったのだろう。
黒羽の出鼻を挫く。
「あ~、そういう言うのは良いって。ていうか私の本名明かす気だったでしょ。信用できない奴が他にも二人もいるのに」
その言葉と共に焔は男たちの方に目を向ける。
銃剣の男はびくりと震え、怪物を連れていた男は肩を竦める。
そして、黒羽は命の危機に、何とか言葉を紡ぎあげる。
「ほ、本当だ。何だったら家に来てくれ。学生証が家にある。制服だって……」
しかし、その言葉を焔が遮る。
「そうやって、私をアジトに連れて行って一網打尽、とか?」
その言葉に黒羽は首を左右に振るう。
その必死さに流石に黒羽が嘘を言っていないと感じたのか。
焔は眉間を寄せて考え込む。
「う~ん、でも全然思い出せないな……」
それからしばらく唸り続けていた焔だが、不意にポンっと手を鳴らす。
「うん、君の家までついて行くことにするよ。」
そう言うと焔は手から手枷と同じように黒い物質を生み出し、黒羽の首に巻く。
それを見ていた怪物を連れていた男は「ほうっ」と関心を込めて息を吐く。
「まさか、これ程の練度で夜射を扱うか。」
この黒い物質を生み出す力のことだろうか。
しかし、黒羽はそれよりも何故、この黒い物質を首に巻かれたのか理解できない。
その心情を察したのか、焔が優しい声音で黒羽に告げる。
「その首輪をつけている限り、私はいつでも君の首をぎゅっと出来るんだ。」
怪物を連れていた男がそれに補足を入れる。
「こいつに生殺与奪の権利を奪われているよしみで教えてやるが、その女の練度なら締め付けるどころか一瞬でお前の首を跳ね飛ばせるぞ」
その言葉に黒羽の背中に冷たいものが走る。
黒羽は壊れたように何度も頷く。
その姿に焔は満足げに頷き、黒羽の手枷を解く。
「それじゃあ、早速君の家に行こうか」
焔はそのまま黒羽を連れて廃墟から出ようとする。
しかし、怪物を連れていた男が待ったをかける。
「おい、俺たちはどうなる」
焔は男たちの方を向き、ニコリと笑う。
「君も知っていると思うけど、夜射は明日には解けるから、それまでそこで今後の身の振り方でも考えたら?」
そのまま、焔は黒羽を連れて廃墟を出る。
遠くから聞こえる声に黒羽は自分の状況も忘れ同情した。
それから二人は驚異的な身体能力を生かし、十分もせずに黒羽の家までたどり着く。
本来なら全力で走っても三十分はかかる距離だ。
「ここが君の家ね」
一軒の家、黒羽の家の屋根から見下ろしながら焔はそう告げる
「それで、私たちはどこから入るの?」
その言葉に黒羽は自分の部屋であろう二階の窓を開ける。
鍵は締まっておらず、黒羽がいつもここから抜け出していたことがうかがえる。
「靴は?流石に土足ってことないでしょ?」
焔の言葉に黒羽は窓から手を伸ばせば届く距離にある木箱を手に取る。
「俺はいつもこの木箱に自分の靴を入れてるんだけど、焔さんの分は用意がなくて……ちょっと待っててもらえないかな。」
自分の家に辿り着いたからかそれとも目を疑うようなことが多発した閉鎖空間から抜け出したからか、黒羽にも多少余裕が戻り、焔と問題なく話せるようになっていた。
「君のその木箱。私の靴も一緒に入るんじゃない?」
焔がそう言い自分の靴を木箱の中に入れる。
多少窮屈そうではあるが、二人の靴が木箱に入る。
「えっと、いいの?」
黒羽はその行動に驚いた。
「え、いやじゃないの?見知らぬ男と同じ箱の中に靴入れるの」
その言葉に焔はたいしたことがないように
「いや、君が目の届かない所に行かれる方が嫌なんだけど。」
と告げる。
まるで愛の告白のようであるが、実際には目の届かない所で敵を呼ばれることを警戒しているのだろう。
その言葉に合点がいったのかそれ以上黒羽も言及しない。
とはいえ、焔は控えめにいっても器量が良く、そういう言う意味でないと知っていても少しドキリとしてしまっていた。
「あの、えっとどうぞ。」
黒羽は自分の内心の動揺を隠しながらそう告げる。
「おじゃましまーす。」
動揺を何とか隠せたのか焔は黒羽の態度には反応しない。
焔は黒羽の家の中を眺める。
そしてある一か所で目が留まる。
「成程、同じクラスというのは嘘ではないのかな」
焔が目を止めた一か所には黒羽の制服があった。
焔の通う学校の男子制服だ。
その言葉を受け、黒羽も頷き、今度は制服の胸ポケットに手を入れる。
そこには学生証が入っており、表には暦と学年と名前。
裏には身分証明書も入っており、証明写真が貼られていた。
それを確認した焔は満足したのか、木箱から自分の靴を出し部屋を出る。
「うん、まあ、君が同じクラスであることはわかったよ。それじゃあね」
あれだけ疑ってきたわりにあっさりと帰っていく焔に少々拍子抜けしたと同時に黒羽は完全に命の危機から脱したことに安堵の溜息を吐いた。
その後は命の危機に晒されて搔いた冷や汗などを流すためにシャワーを浴びて泥のように眠った。
どうでもいい補足
①幽冥黒鎌というのは主人公が勝手につけた名前なので、別に公式でこういう名前というわけではありません。基本的に能力者は自分の能力に名前を付けません。
②主人公の黒鎌の能力はあくまでも悪魔使役系と呼ばれる能力への特化型となっています。次の話で他の能力の話を出しますが、他の能力には効果がありません。
ただし、根源回帰をしていれば別です。理由としては悪魔と根源回帰は同種の力?だからです。
生物や物に向けて振るった場合も鈍らです。鈍器としてしか使えません。悪魔だけ斬れる鎌と覚えて頂ければ大丈夫です。
③、①で能力に名前はないと言いましたが、根源回帰だけは別で一つ一つちゃんと名前があります。
④、②で少し触れていますが、悪魔使役系の能力は根源回帰と同種の力?なので根源回帰は使えません。
※誤字脱字の報告や感想等お待ちしております。