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第7章 『夜明け』

「やはり、多野(たの)さんが目撃したという人影は、鍋谷(なべたに)さんだったのでしょうか」


 ハンドルを握る松原(まつばら)刑事が訊くと、助手席の理真(りま)は、


「間違いないでしょう。あそこまで証言が合うというのは」

「では、さきほどの鍋谷さんも事実を述べていると?」

「私は、そう感じました」

「ですが、そうなると、(はら)()さんを殺害した犯人はまだ別にいるということに」

「ええ、それと、まだ解けていない謎があります」

「謎? ああ、(かん)()さん危篤の電話を受けたのに、原田さんが病院に行かなかったことですね」

「そうです。そのことに、この事件最大の肝があるように私には思えるのですが。とにかく、まずはギャラリーに行ってからです」

「分かりました。ところで安堂(あんどう)さん、現場で何をご覧になりたいのですか? 当然遺体はとっくに運び出していますし、血痕などの事件の痕跡も処理済みです。それに、鑑識の調べにも漏れはないと思いますよ」

「ええ、私も鑑識の仕事には全面の信頼を置いていますから。私が見たいのは、展示されている絵です」

「絵?」

「はい」


 怪訝な表情を浮かべながらも、松原刑事はハンドルを握り続けた。



 ギャラリーに到着した私たちは、展示場であるホールに入った。一定の間隔を持って、何点もの絵画が壁に提げられており、そのほとんどが風景画だった。理真は、その一点一点を順番に眺めていく。純粋に美術鑑賞と洒落込んでいるわけではないだろう。当たり前の話だが。

 ひととおりの絵画を見終えた理真は、


飛鳥(あすか)さん」

「はい」


 呼ばれた小瀬(おぜ)が返事をすると、


「噂の『夜明け』とは、どの作品なのでしょう?」


 ぐるりとホールを見回した。そうなのだ。実は私もここへ来てから『夜明け』を探していたのだが、それらしい作品を見つけられてはいなかった。神野灯明は作品にタイトルを付けない主義だったため、展示作品もそれに倣い作品名が付随されていない。通し番号はあるのだが、『夜明け』が何番だったか私は忘れてしまった。理真に請われた小瀬は、壁沿いに歩いて行き、一枚の絵画の前で足を止めると、


「これです。これが作品番号四十五、通称『夜明け』です」


 掛けられた絵画を手で示した。縦六十センチ、横八十センチ程度の、いわゆるA1サイズの作品だが、額装されているため横幅は一メートルを超えるだろう。理真と私、松原刑事もその絵画の前に集まる。


「……これが『夜明け』なのですか?」


 松原刑事が首を捻ったのも、私がこの絵が『夜明け』だと気づけなかったのも、無理はない話だと思う。その絵は、民家がまばらに建つ丘を精巧かつ大胆な筆致で描いたもので、『夜明け』というタイトルから連想される絵ではなかったためだ。


「この絵は、神野先生の生家があった集落を描いたものです。先生が子供の頃に住んでいた集落は、海に面した丘に建っていて、太平洋から上った朝日がその丘を照らし出す光景がとても美しくて、それを見たさに先生は毎日早起きをしていたといいます」


 小瀬は、私たちの反応の理由を察したのだろう、絵の説明をしてくれた。


「だから、『夜明け』……」

「はい」


 理真の納得した声に、小瀬は答えた。理真は、もう一度ホールぐるりを見回すと、指を下唇に触れさせた姿勢で黙考に入った。これは理真が考え事をするときの癖、しかも、特に事件の真相に繋がるクリティカルな推理をめぐらせるときに多く見せる癖だった。


「……松原さん」

「は、はい」


 沈黙から抜け出た理真に呼ばれた松原刑事は、しゃちほこばって背筋を伸ばした。


「お願いがあるのですが」

「何なりとお申し付け下さい」

「家宅捜索令状を取ってもらいたいんです。早急に」

「令状? いったい、どこの? それに、早急にというのは?」

「犯人は、すでに“気付いている”はずです」

「な、何にですか?」

「それに気付いた犯人が、“絵”を処分してしまう可能性があります」

「絵、ですって?」

「そうです。このギャラリーから盗み出した絵です」

「し、しかし、安堂さん、作品はひとつもなくなっていないことは確認されています。それに、盗んだ絵を処分するというのは、いったい……」

「それは裁判所で説明しますから。急ぎましょう!」

「わ、分かりました!」


 私たちは、家宅捜索令状を取るべく、裁判所へ向かった。

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