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ありえない生物

「行ってきまーす」


 ばあちゃんから五千円札とメモを受け取った俺は、上ってきたばかりの坂を下り始めていた。

 真昼間ということもあって、少し歩いただけで汗が出てくる。吹いてくる風も生暖かいし、照りつける太陽は雲に隠れる様子もない。

 けれど、久しぶりに田舎にきたということで、俺は少しハイになっていた。こんな暑い中を自転車も使わず、文句も言わず歩くだなんて、普通じゃ考えられない。

 だが、何にせよ早く済ませなければ。都会なら休みたいときにどこにでもコンビニがあるが、この様子だと、コンビニどころか自動販売機すらないだろう。


「…ぼーっとしてると、転びそうだな…」


 舗装されていなくて、車が通れるようにと小石だけが敷き詰められた道路は、ぼこぼことしていてあるきづらい。たまに、いい感じの水たまりができそうな穴まであった。

 上りとは打って変わって、下りはそんなに苦もなくおりることができた。坂を下りきると、目の前には田んぼと、周りを囲むように茂った林が広がっていた。少し立ち止まって、あたりを見回してみた。


「…それにしても、人が一人もいねーなぁ」


 さっきから、ひとりごとばかり言っている気がする。話し相手はセミぐらいなものだ。

…聞くのは俺ばっかだけど。

 感傷に浸るのもそれぐらいにして、立っているだけでも暑くなるので、俺はさっさと進むことにした。

 ばあちゃんからのメモを見ると、そこには買ってくるものと、店に行くまでの道が書かれていた。

 どうやら、店の名前は“小室商店”というらしい。

 手書きの地図によると、ここからすぐ左側に、水田と水田と間にあるあぜ道がある。そこを左にまっすぐ行くと小室商店があるらしい。


「ん…?」


 そこで俺の目に入ったのは、買ってくる商品の羅列だった。


「大根、ゴーグル、モリ……モリ?」


 ばあちゃん、素潜りでも始める気か。

 はじめから、たかがおおつかいに5千円も持たせるだなんておかしいと思ってたんだ。

 大根まではわかるが、ゴーグルにモリ…だがばあちゃんよ、この辺に海はなかったはずだが、どこで漁をする気だ。

 いやいや、待てよ。そもそもこんな田舎の店に、モリなんてものが売っているのか? 山の中の小さな農村地帯だぞ。港町でも売ってるか怪しいものだ。何より、これを持って帰るの俺じゃないのか…?


「…はぁ」


 ばあちゃん、自分が荷物持てないからって孫に面倒事を押し付けるとは。なかなかやってくれるじゃないか。

 一瞬戻ろうかと思ったが、お釣りで何か買っていいと言われたし、探検も兼ねて行ってみることにした。あの家にはジュースがなかったようだから、サイダーの一本でも買って帰ろう。もちろん、そうすることで荷物が重くなるのは承知でいる。

 もう一度ため息をついてから、ハーフパンツのポケットにお金とメモを押し込んだ。こんな田舎ならスリもいないだろう。

 俺は、へとへとになっているであろう帰りの自分を想像しながら、すぐそこにあるというあぜ道を探しはじめた。

 と、少し歩くと、本当にすぐそこにあった。この分だと、小室商店もそんなに遠くないかもしれない。

 俺は冷たい草を踏み分けて、あぜ道を歩いた。



 それから少し後、やっと十字路を見つけ、左側へ曲がって歩いていた。その道もやはり荒れていて、申し訳程度に車が通れるぐらいだった。周囲は、変わらず林と水田ばかりだ。

 異変に気づいたのは、さらに何分か歩いたときだった。

 歩いても、一向に景色が変わらないのだ。もちろん、林と水田ばかりなのは仕方がないが、同じカーブを、ずっと歩いているようなのである。地図によると、少しカーブした後、道はまっすぐになっているはずだった。

 おかしいなぁ、と思って歩くが、他に異常はない。蝉の声も聞こえるし、太陽も俺を照らしているし、生暖かい風も吹いていた。


「…暑い、何なんだよ…」

 

 あ〜、まずい。意識が朦朧とし始めている。もしかして俺、知らぬ間にもう10分以上歩いてたりするんじゃないだろうか。

 そう思い始めたとき。変わらぬ景色の田んぼの中から、黒い、犬が飛び出してきた。

 小さく、小型犬ぐらいの大きさで、雑種に見えた。そいつは俺に背を向けて、道に座り込んでいる。

 野良犬かな、なんて思って立ち止まると、その犬は、首だけをぐりん、と回転させて俺の方を向いた。

 それだけなら、まだ微笑ましいだけだったのだが。


「…っひィ!?」

 

 こんなのってありか!? いや、ない、ないないないないない、絶対ない!

 その犬の額には、目がもう一つ、ついていた。

 最初は、近所の子供がいたずらで、額にシールを張っただけなのかと思った。でも、よく見ると違った。

本物だ。本物の、動く目だ。動く目が、三つとも違う方向を向いている。 


「な、わ…!」


 俺は、その犬から目を離さず、数歩後ずさった。

 喉からは、言葉にならない、意味のない声だけが漏れた。

 嘘だろ! こんなの…こんなの、いるわけない!

 ありえねぇよ! ああ、そうだ。俺はまだ、ぶっ倒れたまま家で寝てるんだ。夢だ、これは夢!!

 無意識に逃げようとしてもう一歩後ずさると、犬の眼の三つすべてが、ぎょろっ、と俺を見た。


「うぇ!!!」


 俺はこの意味不明な状況をどうにかしようと、両手をぶんぶん振りまわした。それは犬に当たるわけではなく、ただ空を切るだけだが。

 まずい、これは何か知らんがまずい!

 いくら馬鹿な俺でも、これが尋常じゃないということはわかっていた。

 しかも、よく見ると三つ目のうちの額の眼が真赤だ。

 自分の顔が、どんどん青ざめていくのがわかる。どうしよう。

 困って振っていた腕を止めると、犬は今だ、と言わんばかりに、俺にとびかかった。


「っ…い、いやぁぁぁぁっ、やめてぇぇぇ!」


 しまった、これはこの前見たサスペンスドラマの妖しいシーンの女性役の台詞じゃないか。

 …がぶ。


「い、あ? あぁぁぁぁぁぁ!」


 腕に鋭い痛みを感じてゆっくり視線を下ろすと、俺の左腕から、黒い犬がぶらーんとぶら下がっていた。

 え? 俺かみつかれてる?

 それを認知した瞬間、頭が真っ白になった。

 もげる!! 腕が、俺の腕がちぎれるッ! 俺、死ぬの? こんなわけの分かんない犬もどきに噛まれて? いや、普通の犬ならまだよかったんだ。犬〈もどき〉だから問題なのであって。


「ばっ、放せ、放せよぉ」

 

 噛まれている左腕はじんじんと痛むが、不思議と出血はしていないようだった。

 目じりが熱くなった。怖い。なんだこいつ。

 だが、犬は三つの眼で俺をじっと見据えたままだ。

 俺は最後の悪あがきと、左腕をぶんぶんと振り回した。

 もうもげても取れてもいい。とりあえず、この痛みから解放されたかった。


「消えろ、消えろ消えろ!」


 そう願った瞬間、どこかで、鈴の音が聞こえた気がした。でも、またまた幻聴だろうと、気にも留めない。

ちりん。

 あれ、ほんとに聞こえる? でも、どうでもいい。

ちりん。りん。

 …心なしか、少しずつ近づいてきているような気がする。

ちりんちりんちりん、ちりん。


「うるさい! 今それどころじゃ…」


りん。

 そこで音は途絶えた。

 ふと、犬しか見ていなかった俺の目が、その向こうにある道をとらえた。

 正確には、道にあるモノを。


「…キツネ」


 真っ黒な、けれどこの犬とは違う、漆黒の毛をもった狐だった。

 しゃなりと、もともとそこに在ったかのように座っているが、なかなか大きい。座っているようだが、それだけで俺と同じぐらいありそうだ。


「……」 


 そいつの首には、大きさの異なる鈴が二つ、ついていた。鈴をくくりつけているのは赤いしめ縄のような紐で、それが背の方で結ばれていた。

 鈴の音は、あれのせいらしい。

 と、左腕を見ると、いつの間にか犬は消えていた。痛みもない。


「…う、ぁ…」


 よかった…! なんかわからないが助かったようだ。

 そう安心した瞬間、俺の意識は再び絶えた。







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