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語らぬばあちゃん

 どれぐらいの間、こうしていただろう。ばあちゃんの眼は、まだ俺をとらえて離さない。

 蝉のじりじりという鳴き声だけが、空しく、青空に響き渡っていた。

 いつの間にか頭痛や幻聴は消えていて、ただ、少しめまいが残っているだけになっていた。底知れぬ恐怖も、もう襲ってこない。ただ、なぜばあちゃんがこんなに怒っているのか、わからなかった。

 そろそろにらみ合っていることに疲れたのか、ばあちゃんはふぅ、とため息をひとつついた。


「…来ちまったもんはしょうがねぇ。一晩ぐれぇ泊めてやる」


 そういったばあちゃんは、俺と母さんに背を向けた。


「っ、太壱!」


 ばあちゃんが奥の部屋に入っていくのを見た途端、俺の視界は、なぜか真っ暗になった。





「んっ…!」


 とてつもない熱気に、俺は目を開けた。

 まず最初に移ったのは、木目が変な模様を映し出している天井だった。

 ゆっくり起き上がると、ここはばあちゃんちの和室らしい。すぐそばに縁側があって、つるされた風鈴がちりん、と鳴っていた。庭には、さっき見た畑と、上ってきた坂が見えた。

 額が異様にひんやりしていたので触ってみると、熱を吸い取るジェルタイプのシートが張ってあった。

 …ああ、そういや倒れたんだっけ。


「太壱? 起きたの?」


 すっ、とふすまが開いて、コップ一杯の水をお盆に乗っけた母さんが入ってきた。

 俺の側にしゃがみこむと、俺に水を差しだしてきたので、受け取った。


「俺、何で倒れたんだ?」

「熱中症よ。…体力もあるほうだと思って油断してたけど、朝5時に家を出て、水でさえ口にしていないんだものね。田舎の暑さと、都会育ちのクーラーに当たりっぱなしの体を甘く見てたわ」

「熱中症か…」


 ありがちだな、と俺は思った。けれどもしそうなら、余程重症だったに違いない。熱中症であんなにはっきりと幻聴が聞こえるなんて、そうそう在りはしない。

…幻聴?

 何を聞いたんだっけ…? まぁ、意識が朦朧としていたのだから、覚えていなくても不思議ではないか。

 あまり気にせず、俺はコップに口をつけた。冷たくてうまい。


「太壱ったら、急に顔真っ赤にして倒れるんだもの。びっくりしたわ。…朝の占いのせいかしら」

「占い?」

「そぉよぉ〜。母さん最近カードでの占いを始めてね、その結果に、太壱が倒れるんじゃないか、って出てたの」


 また変なものに興味を出し始めたな、と思いつつ、俺は話を聞くことにした。また、というのは、母さんがそういった妙なものにハマるのは初めてではないからだ。前は、「ツチノコは存在するのか」という本を買って、「存在するのか」シリーズの本を買い集めた。一番印象に残っているのは、「今時チョークを投げる教師は存在するのか」だ。表紙に書かれたスーツ姿のおっさんがすごい強面で、そっち側の人にしか見えなかったのである。


「んと、具体的には?」

「ん〜と、不幸あり。体に不調を訴えた挙句、どぶにはまり、空から降ってきた少女を受け止め、パンを銜えたまま登校中少女とぶつかりその少女が実は転校生であったことが明かされ、萌えて+キュン死にし倒れる」


え?

何だそのどっかのアニメ映画とギャルゲーの冒頭シーン的なノリは。

 占いか? 占いなのかそれ。 それ作った会社パクリじゃねぇの? いいのか会社。

 俺、一応病人だったはずなんだけど、逆にこの人が心配になってきた。


「あら、どうしたのよ浮かない顔して。ひょっとして、この家がつまらない?」

「いや、そうじゃなくて」

「なら一緒にこれやりましょう?」

「それはやだ」


 そんな会話をしていると、母さんの背後のふすまが開いて、小さな影が入ってきた。

 ばあちゃんだ。


「お母さん…」


 母さんが、はっ、としたような顔で、ばあちゃんに向きなおった。

 ばあちゃんは母さんには見向きもせず、俺の枕もとに正座し、俺の眼を見た。

 自分の顔が、強張ったのがわかった。

 さっきの、ばあちゃんの俺を拒絶するような様子が、脳裏に浮かんだのだ。

 だがばあちゃんは、もうあんな怖い顔はせず、申し訳なさそうに微笑んだ。


「さっきはすまなかったなぁ、太壱。怖かったよなぁ。ばあちゃんが気にしすぎてたんだな、すまんすまん。ばあちゃんは、太壱が嫌いで言ったんじゃねぇんだが…」


 そう言ってから、ばあちゃんは俺の頭をなでた。

 骨ばって、ごつごつしていた。

 本当は子供扱いされているようで嫌だったけれど、ばあちゃんが別人のようにニコニコ笑っているので、放っておいた。


「すまねかったな。ここには、好きなだけ泊まってけ。…さっきのは、ばあちゃんの思いちげえだ」

「お母さん…? どうしてあんなこと言ったの? 太壱だって、怯えてたのよ?」


 だが、ばあちゃんはその問いには答えず、母さんにも曖昧に微笑むばかりだった。俺は少し不満だったが、なんだか深く突っ込んじゃいけない気がしたので、聞くのはやめた。

 

「…ばあちゃん、俺は大丈夫だぞ。ばあちゃんも大丈夫か?」


 ばあちゃんの目をしっかり見て、俺は言った。ばあちゃんは、ひゅしぬ消したような顔をしたあと、もっと強く俺の頭をなでた。


「ああ、大丈夫だ、心配すんでねぇよ。…さて、まだ午前中だしなぁ、太壱、その辺遊んで来い」

「えぇ? …わ、まだ10時じゃん!」


 壁にかけてあった振子時計は、10時5分を指していた。

 …もしかして、あんな思いしてまで朝早く家を出る必要、なかったんじゃないだろうか。


「ねぇ母さん。…着くの、早かったんじゃねぇ?」

「…まぁいいじゃない。急がば回れよ」

「使いかたおかしいぞ、それ」

「いいの。 それより、体はもう大丈夫? 無理はしないでね」


 …なぜ一番初めにそれを聞かない、母。


「なあに、大丈夫だ、熱もねぇようだしなぁ。…もし遊びに行くんであれば、ちょっとお使いに言ってきてくれねぇか?」


 …一番の目的はそれか、ばあちゃん。

 まあ、泊めてもらえることになってよかった。

 

「…仕方ないな。お釣りでなんか買ってもいい?」


 ばあちゃんの笑顔につられて笑うと、何だか、遊びに行くのも楽しみになってきた。


 

〈…くすっ。さあ、おいで〉



 その瞬間、また、あの幻聴が聞こえた気がした。

 

第2部、読んでくださりありがとうございます。

至らぬ箇所が目立ちますが、感想や評価、お待ちしてます。

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