招かれざる俺
唐突ですが、荒れた文章に訳のわからない表現が含まれている場合があります。了承ください。それから、妖などが登場しだすのは3話目から、物語が本格的に動き出すのは4話目からとなっています。1話めがつまらないと思っても、どうか、よければそこまで読んでやってください。
ねぇ、君は神を信じる?
妖は? 仏は? 幽霊は?
信じて、いないの?
だってみたことがないし、存在するわけがないと、生きてきた中で学んでいるから?
うん、僕もそう思うよ。
少なくとも、
…コノセカイニハ。
えぇ? どうしてそんなことを聞くのかって? どうして、そんなことを言うのかって?
…さぁ?
僕にも、わからないから。
蝉の、みーんみーんという声が聞こえる。
心地よくまどろんでいると、車内の痛いほどの冷気に交じって、今度は熱風が襲ってきた。
むぁっ、とした熱気が体を包み込むと、誰かに揺り起こされる。
「うるせぇよぉ…わけわかんねぇこと言われたって…」
「太壱! 起きなさい! おばあちゃんち着いたのよ? …まったく。あんな夜遅くまで『か●はめ波』の練習してるからよ。できもしないくせに」
「ぅあ? あ、できるぞ! 夢ん中では母さんがぴっこ…あだっ!」
額に必殺でこピンを食らった俺は、はじかれたように起き上がる。
「何すんだよ鬼ババ! デブ! 最近また3キロも太りやがって! セルライトが、正座しただけで太ももに浮かび上がってん、わ、やめっ、うにっ!」
「大声で人の体形を叫ばずともよろしい」
だって本当のことじゃんか!
そう言おうとしても、両ほほをつねられているので言葉にはならない。
さっき俺にでこピンをしてきて、今現在おれの玉のような頬をつねっているこの人、おれの母さん。通称オニババ。黒いノースリーブのシャツにハーフパンツというラフな出で立ちだが、その顔の化粧が異常に濃い。その化粧ががこの季節になると、汗で落ちてくるさまがまさにオニババ…と思っているのを口にしたら…、
「きっとキャメルクラッチかけられて、山奥に放置されるんだろうなぁ」
こんな田舎町なら、放置する場所には困らないはずだ。運よく、俺はここ周辺の地理に疎い。見捨てられたら遭難してあっけなく逝ってしまうだろう。
…しかし、思い立った処刑方法がなぜキャメルクラッチか。自分でも謎だ。
「ほら、早く降りなさい。おばあちゃんち行くから、荷物持って」
おにば…いやお母さまに手招かれたので、俺はいやいや車から下りた。
「…暑っ…」
途端、汗が全身から、ぶわっ、と吹き出した。
車から降りた瞬間、俺は目元を手で覆い、隠していた。この一瞬のうちに、
眩しいのに加えて、とてつもなく暑い。都会の夏も暑いが、田舎の暑さとは根本的な質が違う気がする。
「ほら、荷物運んで!」
頭ひとつ分ぐらい背の高い母さんが、俺の頭をポン、と叩いた。視界から母さんが消えると、目の前にはいつか見たことのある、細いじゃり道が一本、のびていた。道がないところはすべて田んぼ。あとは、舗装がされていないじゃり道やたんぼの周りに生える、緑の雑草だ。あとは、所々に木が生えていて、林や森に、周囲を囲まれている状況だった。
すぐそこに、野原が広がっているので、この車はそこに置くのだろう。
俺は少しの間ボーっとしてから、荷物を整理する母さんに声をかけた。
「…そういや母さん、ばあちゃんにちゃんと連絡しといたのか? 突然来ることになっちゃったけど…」
「えっ? するわけないじゃない」
は? と俺は固まる。そんなのありか? もし、ばあちゃんの都合が悪くて止めてもらえなかったらどうすんだ。少しだけ心配になりながら、俺は車のトランクから持参したリュックを取り出した。赤と黒の、某有名スポーツブランドのものだ。
それを背負った俺は、母さんと一緒に、ばあちゃんちへ続く急な坂道を登り始めた。
「なぁ母さん。本当にいいのかよ? 追い出されたりしない?」
「なわけないでしょ。おばあちゃんを何だと思ってるの」
「ん〜、じゃあ、ばあちゃん、ちゃんと家にいるの?」
そう尋ねると、母さんはたぶん、といった。
「…多分?」
「連絡してないからわかんないわよ、そんなの。大丈夫。家が開いてなかったら、納屋があるからそこにいましょう」
「な、納屋? 倉庫みたいなとこ?」
「ええ。…だいじょうぶ。こんな辺鄙なところじゃ、幽霊も何も嫌がるわよ。いるとしたら、こっくりさんぐらいじゃないの?」
幽霊に、辺鄙な場所とか関係あるのか、母よ。しかもこっくりさんとか古いし、彼? は呼び出さないと現れないのではなかったか。…何より、最終的な避難場所が納屋とはどういうことだ。
突っ込みどころが多すぎる。うちの母は結構天然だ。
「あら。どうしたのよ妙な顔して。おばあちゃんに会いたくないの?」
「そんなんじゃねぇけど…」
とりあえず、暑い。ひっじょーに熱い。都会育ちの俺には、この暑さは過酷すぎる。
額からとめどなく汗が流れた。この坂、見た目より結構長いようだ。
ああ、家に帰りたい。快適なマンションの自室で、クーラーをつけてゲームを……!
というより、俺はなんで小6になった今、この田舎に来ているのか。今年は毎日、みんなとプールに通う予定だったのに。突然、母親が田舎のおばあちゃんち行くわよ、なんて言うから…。唯一の遊び相手である父さんは仕事でこれないし、顔見知りの友達はいないし。
本当は、「母さんだけ行ってきなよ」というつもりだったのだが、小さい頃の記憶に残っている田舎の田んぼや畑は魅力的で、母さんとは違って優しいばあちゃんを思いだしたら、来てもいいかな、なんて思ってしまったのが運のつきだ。
息も絶え絶えになったころ、坂のてっぺんが見えてきた。
「ああ、ここよぉ。ま、いるわよ。心配しなくても」
「…その根拠は、自信どこから飛んでくるんですか、宇宙とか?」
ため息をついたら、体が余計に重くなった気がした。
たまに、この人ってすごいよなぁ、オニババ以上の化け物かも、とか思っているのは秘密だ。
そうしてようやく、坂のてっぺんに付いた。母さんも俺も、肩が異常なまでに上下している。
「着いた…、うん、この寂びれた平屋、変わってないなぁ」
母さんの言うとおり、平屋とかいう二階のない家は、なんだか殺風景だった。縁側は全部開け放されていて、ところどころすだれがしてある。そのすぐ目の前には、小さな家庭菜園と呼ぶぐらいの畑があった。きゅうりやなすが実っているのがわかる。きっとばあちゃんが作ったんだろう。その横には、上下させて水をくむ、ポンプ式の井戸があった。
母さんは、俺が小さかった頃…2、3歳のころ来たのが最後だと言っていたから、懐かしくて仕方ないのかもしれない。
「ん〜、で、ばあちゃんはいるの?」
母さんを見ると、俺の声なんて聞こえていないかのように、家の玄関に向かっている最中だった。もうばあちゃんに会うことしか考えてないみたいだ。母さんも子供っぽいところあるんだなぁ、無意識に微笑んでしまう。そんな自分に気づかず、俺はもう一歩、ばあちゃんちに近づいた。
そのとき。
「……っぐ!」
俺の心臓を、何かが貫いた。体中に電気が走ったような感覚に襲われる。
目の前が凍りつく、時間が止まった気がした。
…え?
何? わけわかんない。
寒気がする。耳鳴りがひどい。足が震える。
何だろう。怖い。
怖いこわい恐いコワい怖いこわい恐いコワい怖いこわい恐いコワい怖いこわい恐いコワい怖いこわい恐いコワい。
「何をしてる!」
刹那。しわがれた、懐かしいばあちゃんの声がした。
ばあちゃんは、誰もいなかったはずの縁側に、紺の浴衣を着て立っていた。白髪交じりの髪を束ねた、威厳に満ちた面持ちの、背の小さな、俺のばあちゃん。
「あら、お母さん!」
母さんは、うれしそうにばあちゃんに走り寄る。だがばあちゃんは、母さんを、きっ、と睨みつけた。
「房子…! なぜ太壱をここさ連れてきた!!」
ばあちゃんの剣幕に、母さんは動きを止めた。口の形は、「え」で止まっている。
すると、ばあちゃんの視線が、母さんから俺に移った。
「太壱! 今すぐけぇれ! ここはおめぇの来ていいとこじゃねぇ!!!」
その瞬間、俺の耳に、声が聞こえた。正式には、誰かの意思が。
〈…ねぇ、君は幽霊とか、神とか、人外のものを信じていないんだよね?
何でそんなことを聞くのかって? …さぁ?
でもね、そんなこと知っても、今更遅いんだよ〉
「ねぇお母さん。久しぶりに会ったのに、どうして太壱にそんなこと言うの? 電話でも、気にかけてくれたじゃない」
意思と現実聞こえる声が交差して、どちらがどちらかわからなくなる。
ばあちゃんは、母さんを黙殺した。
そして、低く、電話でも聞いたことのないような、押し殺した声で、俺に警告をした。
「太壱。ここにいたら、おめぇはおめぇでなくなる。ここじゃ、おめぇは歓迎されねぇ存在なんだよ」
ばあちゃんの言葉を肯定するように、意思は俺に言った。
〈タイチ……! 僕たちのところへ、来てくれたんだね…〉
ああ、そうか。
ばあちゃんの言うとおり、俺はここへ来ちゃ、行けなかったのかもしれない。
この声も、このわけのわからない、体の不調も。
すべては、それを暗示しているようだ。
俺の、小学校生活最後の夏休み。
それはきっと、不可思議で、奇妙で、ありえなくて、可笑しなことになるだろうと、
俺の心臓が、人知れずサイレンを鳴らしていた。
読んでいただき、ありがとうございます!
つたなくまだまだな文章力とストーリー構成ですが、ご感想や評価、心待ちにしてます。
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