第5話 光秀捕縛
翌朝、俺と奥山殿は再び登城した。
早速、田中吉政からお役目を頂く。
「さて、他でもない困りごとだ。」
「先の関ヶ原の合戦で取り逃がした石田三成、奴を捕縛する。」
「これは家康公もご承知のことだ。力を尽くしてくれるな?」
「無論でございます。全力を尽くします。」
俺の言葉に安心したのか、田中吉政は話しを続ける。
「光成は伊吹山におる。そこの田中伝左衛門と沢田少右衛門と共に手勢を率いて行け。」
「わしも後で向かうが、必ず生け捕りにせよ。」
城から出ると、田中伝左衛門が口を開く。
「柿川に沿って向かうルートがよかろう。」
その鋭い眼光から、歴戦の猛者であろうことが伺える。
ルートは良いが、滋賀県だよな。一体何日かかるんだろう…。
俺は、一旦屋敷に戻ることにした。
そこには、望月千代女が身支度を整えて待っていた。
「お役目を頂いたのでしょう?お礼もまだですし、私もお供いたします。」
「ですが、軒猿にも追われていますし、なるべく目立たない格好にしました。」
だが、黒一色で忍びのような出で立ちだ。
「その服装、逆に目立ちませんか?」
俺の言葉に、彼女は顔を赤らめながら答える。
「これでも地味にしております。本来は巫女装束なのですから。」
まぁ確かに、巫女よりは大分マシだ。
俺の手勢を確認すると、すぐに動けるのは20名程度だった。
残党の捕縛が目的だし、こちらには奥山殿もいる。10名のみ連れて行くことにしよう。
準備を整え城へ戻ると、既に田中伝左衛門と沢田少右衛門がおり、総勢50名で向かうことになった。
伊吹山までは、馬を飛ばし続けるとのことだ。
しかし、駿馬を持つ大将クラスを除き、大半はポニーサイズの馬。これでは、いつになったら到着することやら。
ポニーでゆっくり進み、それでも何とか近江の国に入った。
柿川に沿って走ると、随分と田舎の草野谷という場所に着いた。
ここに、甲冑をまとった数人の落ち武者を発見した。
これを見るや否や、田中伝左衛門と沢田少右衛門が飛び出していく。
「我こそは、田中吉政が家臣、田中伝左衛門!治部少輔、観念しろ!」
一足先に、田中伝左衛門が名乗りを上げた。
そこに、赤い鎧をまとった中肉中背の敵側武将が割って入る。
戦いを繰り広げるが、田中伝左衛門では歯が立たない。
これはいけないと沢田少右衛門も加わるが、それでも押されている。
それを見た奥山殿が囁く。
「あの赤い甲冑の男は島津義弘ですな。強敵ですぞ。」
あれが鬼島津か、このままではお役目を果たせない。
俺も人妙剣で加勢していき、ようやく押し返した。
それでも、勝負がつきそうにない。
「青蛙!」
俺は発頚で勝負を決めにいった。すると、急に霧が立ち込め島津が見えなくなった。
「いけない、幻術だわ!」
望月千代女が叫ぶと共に扇を振ると、ゆっくりと霧が振り払われていく。
霧が晴れると、遠ざかっていく忍者の姿が見えた。
なんと、その腕の中に島津が抱えられている。
「あの幻術は、きっと加藤段蔵ね。」
「ああ言う姑息な手が得意なのです。」
「しかし、上杉の軒猿がなぜここに…」
そして、どういう訳か光成が置き去りにされている。
恐らく、加藤段蔵が島津を無理やり連れて行ったのだろう。
我々は三成を捕らえ、田中吉政に引き合わせた。
すると、命を助けることを条件に、田中吉政は光成から宝の隠し場所を聞き出した。
その宝の中から、今回の武功として俺は空也という脇差を賜った。
「これは村正だな。人骨など空に等しい、と言われた一品だ。」
奥山殿が言う通りなら、恐ろしい名刀なのだろう。
貴重なものを頂戴したということか。
一件落着し三河に戻ると、耳を疑う話しを聞くことになった。
田中吉政は、光秀を家康公の前に突き出し、見せしめに殺したと言う。
光成の命を助けると言うのは彼の策略で、真っ赤な嘘。
奥山殿が言う通り、腹黒い人物だった。
それにしても、今回の件はタイムスリップの目的ではなかったようだ。
そうなれば、もうここに長居は無用だ。
しかし、ここを発つ前に望月千代女に問いたいことがある。
「軒猿に追われていると言われていましたが、なぜですか?」
俺の問いを待っていたかのように、彼女が答える。
「助太刀下さると信じてお話しします。」
「私は武田の忍びも生業にしております。ですから、巫女の呪術などに加え、忍術もできるのです。」
「もうお分かりのことと存じますが、武田と上杉の関係が軒猿に追われる原因です。」
そう言うことか。
まぁ、理由がどうあっても、俺には彼女を助けるしか選択肢がないのだが。
全力で助けになることを伝えると、彼女は今後の行動を説明する。
「信濃の祢津の里へ向かいます。」
「祢津は信玄様より巫女に賜った土地、そこで軒猿を迎え撃ちたいのです。」
俺は了承し、必ず彼女の助けになると誓った。
田中吉政には悪いが、このまま何も伝えず三河を去ることにした。