第3話 恋の予感(後半)
目を覚ますと、両手両足を縛られ洞窟のようなところにいた。
なぜ屋敷ではなく、こんなところにいるのか不思議だ。
「目を覚まされましたかな。拙僧、諦めの悪い性格でしてな。」
どうやら鳩摩流にさらわれたようだ、何たる不覚。
周りを見渡すが、水源はなく青蛙で逃げることもできない。戦うしかないか。
「正面から戦って勝ち目がないから、人質と言う訳か。どこまで卑怯な坊主だ。」
俺の嫌味で鳩摩流の眉が動く。しかし、怒りに堪えた様子で上の階へ去ろうとする。
「ちょっと待て、ここはどこなんだ?」
俺が聞くと、霊峰塔、とだけ言って去って行った。聞いたことがない場所だ。
塔なのに洞窟ということは、地下にいるのか。
ともかく、実のところは戦っても俺が勝てる見込みは低い。そうなると、張大侠の助けを待つ他にない。
仰向けに寝転び、天井を見上げる。見上げたところで何もないのだが。
しばらくボーッとしていると、黒衣の可愛らしい少女が階段を下りてきた。
「あんたが張ね、私は月蛇教の小青。教主の命令で来たのよ。」
「張三宝は鳩摩流に任せるとして、あんた不思議な力を持ってるそうじゃない、もらっていくから見せてくれる?」
月蛇教だと!いよいよお出ましか。
教主は来てないようだし、相手は15、6歳の小娘だ。上手くあしらって脱出するか。
「今、チョロいと思ったでしょ。言っとくけど私は千年生きてるのよ。召使いだからって甘く見ないでね!」
召使いなのか。千年生きている訳はないだろうが、召使いレベルなら楽勝だ。
「分かった分かった、力を見せるから縄をほどいてくれ。」
小青が両手の人差し指を合わせると、小さな光が生まれた。
次の瞬間、俺の脇腹から鮮血が流れていた。
「ぐっ、うぅ…」
まるで拳銃で撃たれたかのようだ。(撃たれたことはないが)
本気で痛い時と言うのは、言葉にならないうめき声が出るのか。
「なによ、その言い方は。私をバカにするからケガするんだよ。」
「何なら今すぐ殺してやろうか。」
何だ、このいかれた奴は。このまま好きにやられてたまるか。
「青蛙!」
俺は隠し持っていた短刀で縄を切り、そのまま短刀を向け発頚を放った。反撃が来るとは夢にも思わなかった小青は、正面から受け思い切り吹き飛ばされた。
両義太極拳により、それなりの内功を会得していたようだ。その力が青蛙にも反映されたことで、威力は増したことを感じる。
小青の体はバラバラになっていた。
「えっ!?そんなに威力上がってた?」
まさかそんなになるとは、俺は驚きを隠せない。しかし、出血もなく玩具のようにバラバラになっているから不思議だ。
「くそう…私がやられるなんて、核に当たったか。油断し過ぎた。」
「言っておくけど、私はこの程度では死なない。何年かしたら復活するから。」
そう言い残すと、小青は剣に変わった。青色の柄に、剣はくすんだような色をしている。
そして、「碧蛇剣」と刻字されている。
ひとまず剣を手に外へ出た。
見渡すと、鳩摩流が言っていた通り、塔の前だった。
そこには張大侠がいた。
そして、鳩摩流ともう一人、黒衣の少女と張大侠が戦っている。互角と言ったところだ。
「陽炎刀!!」
鳩摩流が叫ぶと、手から発した炎を飛ばす。そして、その炎は高速で揺れ動き襲いかかる。
「それは、少林秘伝の技。なぜお前が!?」
張大侠は尋常ではない驚きようだ。しかし、驚いている場合ではない、このままではやられてしまう。
張大侠は太陽拳で立ち向かう。
しかし、2人が相手、数手受けてしまった。
「青蛙!!」
俺の発頚が鳩摩流を襲う。
「大鷲」
鳩摩流が叫ぶと、発頚が爪痕のような衝撃波でかき消された。
こいつ、鷲と契約しているのか!
張大侠も驚いているようだ。
そして、戦いは二手に分かれる。
張大侠は傷を負ったまま少女と戦う。
鳩摩流が凄い軽功でこちらに向かってきた。俺は奴に勝る技を持っていない。
なす術なく、碧蛇剣を振りかざした。
すると、剣がゆらゆらと蛇のように曲がりくねる。これに驚いた鳩摩流が左に避けた。
「今だ!青蛙!!」
この機会を逃す手はない。鳩摩流へ向かって飛ぶと共に叫んだ。
水源はないが、鳩摩流に追いつくには十分な脚力を得られた。そのまま横にきりもみ回転しつつ、剣を両手で前に突き出す。
またも鳩摩流はかわすが、再び剣が蛇のように曲がる。
そして、ついに鳩摩流の胸を一突きにした。
「チッ、役立たずが。教主にご報告せねば。」
黒衣の少女は見事な軽功で立ち去った。
小青と違って妖術のような技は使っていなかったが、かなり腕が立つ。
「少し見ない間に強くなったな。」
張大侠が俺の肩に手を置いて言った。
俺の剣を見て、さらに言葉を続ける。
「小青を倒したか。あれは精霊でな、月蛇教教主の小間使いだ。」
「類い稀な剣を手に入れた、おめでとう。」
小青が油断してなければ勝てるはずのない戦いだった。
それにしても、精霊なのに小間使いとは、教主の腕前は如何ほどのものか。
「今晩は屋敷に泊まり、一杯やろう。元の時代に戻るのは明日で良いだろう。」
張大侠の申し出を受け屋敷に戻ると、笑顔の雪梅が迎えてくれた。
夕食の準備をしていてくれたようだ。有り合わせの料理だけど、と言いながら、鶏が1羽、それに羊肉、野菜の炒め物が用意されていた。
酒を飲み、穏やかな時間が過ぎていく。
「ところで、今回の一件ではお前と生死を共にした。それに、碧蛇剣は伝説の名剣と言って良い、お前は名を馳せるだろう。」
「この時代に戻ってくるつもりか分からないが、良ければ俺と義兄弟にならないか?」
天下の張三宝と義兄弟になれるとは、夢でも見ているようだ。
もちろん快諾し、俺たちは盃を交わし誓いを立て、義兄弟となった。
「ニ弟!」「大兄!」
俺たちは抱きしめ合い、夜更けまで飲み明かした。
大兄は眠ってしまったが、俺は月を眺めながらもう少しだけ、と飲んでいた。
何と言っても、これが最後の月見になるのだ。
と、そこへ雪梅が近づいてきた。
そのクリクリとした瞳には涙が溜まっている。
「張兄、もう行かれるんですね。」
「それは仕方ないことだけど、私のこと忘れないで。」
雪梅の言葉に心が苦しくなる。
そうか、俺はもう本気で好きになっていたんだ。
自分の手を雪梅の手に重ねる。雪梅は涙がこぼれ落ちていた。
そして、それ以上は言葉を交わさないまま、朝を迎えた。
俺は二人に別れを告げ、元の時代に戻ることにした。