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シャーデンフロイデ――人の心は蜜の味――  作者: 白雨 浮葉
第一章 『人の不幸は蜜の味』
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第一章3  『赤薔薇』

 人気のない一階の廊下。そこに大きな鈍い音が響き渡る。

 水の音。マッチの煙の臭い。


 流榎は五人組の男子からいつものように暴行を受けていた。

 時間は昼休み。そして、場所は溝のように死角となっている。

 

 満杯のバケツの中に顔を入れられたり。

 マッチの火を地肌につけられたり。

 顔面や腹を殴られたりなど、暴力の限りを尽くされていた。


 すると、黒髪ウルフの美丈夫――リーダー格の男が、


「お前、可哀相だなぁ」


 と流榎を嘲笑してきたが、心が痛むことはなかった。

 

 心を持たない流榎は、自分の心がいつ亡くなったのかも分からない。

 本当に無知蒙昧なのだ。


「おー! レンくんたちじゃん!! やっほ〜!」


 死角になっているため姿を見ることはできないが、聞き覚えのない女の声が聞こえた。

 その声に五人組はピクリと肩を震えさせ、途端にバケツやマッチなどを隠し始める。


「あぁ、ツムギか。こんなところで何を?」


 リーダー格の男が、動揺を顕著に見せながら女に返答した。


「図書館に本返してたの〜。ん〜? 後ろに誰かいるぞ〜?」


 五人は流榎を隠すように立っていたのだが、女に見破られたようだ。


「え!? ひどい怪我! ど、どうしたの?!」


 女が流榎に駆け寄る。

 当然、それを強引に止めるわけにもいかないので、五人組は参った、という表情を浮かべながら、左右に散っていった。


 尻もちをついている流榎は、そこで初めて女の容姿を目に入れた。


 女は、金に近いくらい明るい茶髪を、鎖骨までまっすぐに伸ばしていた。

 女の瞳は、雲から垣間見える空を彷彿とさせる瑠璃色だった。


 さらに、真っ白な白貌で、両頬は少し赤く、白雪姫と林檎の対比を想像させた。


 ブカブカな茶色のカーディガンに身を包み、それとは対照的に短いスカート。

 それらは、バランスが取れているのか否か、流榎には分からない。


「……なんか、先輩にやられたらしいぞ」


 熟考の末、あまりにも無謀な言い訳をリーダー格の男は述べた。


「えええ! この高校そんな治安悪いの?! まだ入学して半年くらいなのに怖いなぁ……。あ! 大丈夫? 立てる?」


 女は優しい笑顔を浮かべながら、流榎に手を差し伸べた。

 リーダー格の男から睨まれているのを確認し、少し躊躇していると、女が強引に流榎の手を取り、立ち上がらせた。


「よし! 保健室行こっか!!」


「いや、オレたちが連れてくから大丈夫――」


「今日は保健の先生非番だよ! レンくんって、勉強もスポーツもなんでもできるのに、怪我の手当だけは下手くそじゃん! だから、私が行くよ! こう見えても私、あのにぃにに褒められるくらい手当は上手なんだから!!」


 リーダー格の男も、それ以外の男どもも、反論の余地などないようだ。


「……まあ、ツムギの兄ちゃんが褒めるくらいなら、そうなのかもな…………」


「うんうん!!」


 と少女は満面の笑みを浮かべ、流榎の手首を握り、保健室へと走り始めた。


 これはこのあとまた殴られるんだろうな、と流榎は軽く嘆息。

 流榎は心が痛むことはないものの、痛覚はしっかりとあるので、殴られるのは極力避けたいのだ。


 保健室に着き、火傷した箇所や、打撲した部位を応急処置してもらった。


「うん! これでよし!!」


 あぁ。普通の人ならここで惚れるんだろうな、と流榎は考える。

 全くなにも感じない自分の心に今一度嘆息。


「…………私のこと、知ってる?」


 向かい合わせに座っている女が、火傷した流榎の腕を優しく触りながら聞いた。


「ごめん、知らない」


 女は自嘲じみた笑みを浮かべた。


「そっか! 私は慈照寺紬(じしょうじつむぎ)!! 紬は紬糸のツムギだよ?」


「そうか。……ああ、僕は鹿苑寺流榎(ろくおんじるか)。流れるに、木に夏でルカ」


「ルカってすごくかっこいい名前だね! それにしても鹿苑寺と慈照寺ってすごいよねぇ〜。もうこれはうん――」


 そこで女――ツムギは口を止めた。

 流榎が怪訝そうな視線でツムギの顔を覗くと、彼女は頬を赤らめていた。

 意味が分からない。


 数秒沈黙が続いた後、ハッとしたようにツムギが顔を上げた。


「そ、それにしてもすごいね!! 目と髪の毛先が赤なの!!」


「ああ、ありがとう」


「肌も真っ白だし、女の子よりも可愛い顔してるもんね! めっちゃモテるでしょ〜?」


 ツムギは前屈みになりながら、流榎をからかう。


「いや、モテないな」


「嘘つきは泥棒の始まりだぞ〜?」


「モテないな」


 冷めた目で受け答えをする流榎に、さすがのツムギも苦笑を浮かべた。


「ご、ごめんね? ……あ、あのさ…………」


「ん?」


 綺麗に握り拳を膝の上に乗っけながら、ツムギは体をプルプルとさせている。


「――な、なんでもないっ!!」


 と急に立ち上がって保健室を飛び出し、どこかへと消えていった。

 終始意味の分からなかった流榎が理解したのは、ただ一つだけ。

 

 


 ――慈照寺紬が生理的に受け付けないということだけだった。





 保健室を出ると、待ち構えていたように二人の男子が立っていた。

 一人はリーダー格の男で、もう一人も五人組のメンバーだった。

 

「おい、さっきツムギが走ってでてったけどよ、お前なんかしたのか?」


「してない」


 流榎の淡々とした受け答えに、リーダー格の男が癇癪を起こしたように流榎を殴った。

 その衝撃で流榎は尻もちをつく。

 痛い。


 すると、もう一人の男が一歩足を踏み出し、流榎を見下ろす。

 男にしては小柄で弱々しかった。まさに、虎の威を借る狐のようだ。


「あのツムギちゃん、この高校でなんて呼ばれてるのか知ってる? 『棘無しの赤薔薇(とげなしのあかばら)』って呼ばれてるの。それを、君みたいな家畜の餌にもなれないような程度の屑が、華麗な薔薇を汚そうとするのは、強欲どころか傲慢すぎるよね。それに――」


「いや、お前、カレンとかいう女がタイプって言ってただろ」


 小柄な男の冗長な言葉を遮るように、リーダー格の男がツッコミを入れた。

 すると、小柄な男の頬はみるみる赤くなり、黙り込んでしまった。


「わかりやすすぎだろ……。それより、ツムギに近づくんじゃねぇよ。殺すぞ」


 そう言い残し、二人は去っていった。

 その背中を見届けながら、流榎は考える。


 ――あの女は使える、と。


  

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