愚かさとは
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ワイバーンたちは、飛行機が着陸するかのように地面へと緩やかに着地していった。一方で、リトルドラゴンはホバリングするかのように滑らかに垂直着陸を見せてきた。
俺たちが銃や魔法という平面での戦いをしている中、北方大陸の連中は空を支配している。この竜たちが戦場に敵として現れれば、間違いなく我々は負ける。空から一方的に攻撃されるからな。
これは本当に脅威だ……だから下手な対応をして敵対される訳にはいかないが……かといって不利な外交条約などを結ぶのはごめんだ。ほんと、頭が痛くなってくる。
しかし、ティモナは冷静だったな……もしかして竜には戦力として何か欠点があるのだろうか。あるいは制空権の恐ろしさを知らないだけか?
結局、いつの間にかいたヴォデッド宮中伯が取り次ぎ、ある程度の話は見えてきた。彼らは北方大陸の『冒険者組合』からの使者であり、その目的はワルン公と皇帝に親書を渡す事なのだそうだ。
そしてワルン公への取り次ぎを求めているらしい。
……いや、皇帝ならここにいるんだけどね。
目を凝らせば顔が見える距離から彼らの様子を窺っているのだが、使者の代表らしき人間は、俺の方には見向きもしない。もしかして、物珍しさに出てきた野次馬と思われているのだろうか。
あと、なんとロザリアの姿が見える。笑顔で俺に向けてお辞儀をしている。
「サロモン、どういうことだ」
そんな婚約者に笑顔で手を振りながら、俺は隣にいるサロモンを問い詰める。
「同乗して来たようですね。北方大陸からの使者としては、陛下の婚約者が一緒なら門前払いはされないとの判断をしたのでしょう。そして殿下は素早く安全に帝都に戻って来られた」
即位の儀にて宰相と式部卿を粛清すると決めた俺は、ワルン公が蜂起した時点でロザリアをベルベー王国に帰国させていた。それは粛清後の帝国がしばらく不安定になると分かりきっていたからだ。
そんな彼女が帝国に戻って来たのは、もう帝都周辺が安全になったと判断したからだろう。
「しかし先触れが無かったな?」
「私に言わないでください。殿下のそういう部分には我々も手を焼いていたのですよ」
貴族や王族が移動する際、基本的に移動先には前もって知らされているものである。これは円滑に受け入れ準備をしたり、護衛をつけたり、あるいは誤って攻撃してしまうことを避けるためである。
ほら、最近は少ないらしいが、一昔前の護衛の姿と言えばフルフェイスだからな。そう言うのを避けるために予め通達されることを「先触れ」と言ったりする。今回はそれが無かったのだ。
……しかしまぁ、確かにロザリアが来るときは大抵、いきなりやって来る気がする。
「陛下の正室に相応しい行動力かと」
「……遠回しに余も同じだと言ってないか?」
そんなにフットワーク軽いかね、俺。
「それで、なぜワルン公に?」
俺の疑問に、今度はティモナが答える。
「公爵を陛下の後見人と見なしているのでは? 彼の兵力が主力となるのは事実ですから」
それはつまり、本当の俺を知らないということか。未だに俺が、傀儡だと思っていると?
「ロザリアがいるのに?」
てっきり、その程度の情報は伝わっていると思ったのだが。
「陛下、御言葉ですが殿下は陛下の婚約者。陛下との関係が悪化すれば、ベルベー王国に戻っても肩身の狭い思いをするでしょう。それどころか、見捨てられるかもしれません。 ……彼女はもう、陛下と運命共同体なのです。御不興を買いかねない行動は控えるでしょう」
なるほど。サロモンの言うことも道理か。
というか、ロザリアの叔父にあたるサロモンに聞かせる発言ではなかったな。
「本当に得難い人を婚約者にしたと思っているよ」
さて、あの使者は俺のことなど眼中にないらしいが……これはむしろ好都合かもしれない。
北方大陸の冒険者が得る魔獣の素材は安定して輸入したい。そして寒冷地故に、帝国の食料は高く売れる……貿易の相手としては優良な存在だ。
だが、それ以外の部分ではあまり関わりたくないのも事実。東方大陸での争いに介入してほしくは無いし、こちらも北方大陸なんて遠方にちょっかいをかけている余裕は無い。
ぶっちゃけ、味方にも敵にもしたくない。ただの貿易相手という関係が一番だ。
そういう意味では、傀儡だと思われているのは都合がいい。乗っかってやるとしよう。
「ティモナ、ワルン公に伝えよ。余の話は一切出さず、聞かれてもはぐらかせと」
***
この世界における『冒険者』とは、前世でよく物語に出ていた「冒険者」とは事情が異なる。
まず、この世界において魔獣由来の素材は魔道具を作る為の原材料である。そのため、どの国にも高い需要がある。しかし悲しいかな、東方大陸や中央大陸ではすでに魔獣を狩りつくしてしまった。ヨーロッパビーバーのように、どの世界でも人間は同じことをするらしい。
一方、極寒の北方大陸では過酷な環境故に魔獣が多く生き残っている。生き残っているというより繁栄している、か。
そしてその魔獣を狩り、一攫千金を目指す者たちこそ、我々が『冒険者』と呼ぶ者達である。彼らは北方大陸に入植し、都市を築き、開拓している。
この植民都市は特定の国に従属せず、自治独立している。いわゆる都市国家のようなもので、その都市ごとに法が敷かれ、自治が行われ、税が定められている。だから貴族や国王は存在しない。
しかし地球にあった都市国家と大きく異なる部分もある。それは、この都市国家群が『冒険者組合』という一組織に従属していることだ。
何せ北方大陸にいるのは、商人や職人を除けばほとんどが冒険者だ。そして冒険者は『組合』によって管理されている。
少し紛らわしいのだが、東方大陸各国の「職人による組合」もギルドと呼ぶ。ただ、東方大陸でいうギルドは国や都市の支配下にあるが、北方大陸の『冒険者組合』はその重要性から立場が逆転し、『冒険者組合』が都市を実質的に支配している。
まぁ都市の警備も役人も代表も、みんな冒険者だからな。ちなみに、北方大陸では冒険者以外が北方大陸で魔獣を狩猟しようとすると「密猟者」扱いになるらしい。冒険者による冒険者の国……そう言っても過言ではないだろう。
そんな彼らを、東方大陸の諸国家は「複数の植民都市による『連合国家』」と見なし、『冒険者組合』を「中央政府」に見立て、そして『組合長』を国家元首と同等の扱いにしている。この『組合長』は四年で交代するらしいから、疑似的な共和制とも言える。
まぁ、実際は寡頭政治らしいんだけど。
この特殊な存在を「先進的」とみるか、「歪んだ政治体制」とみるかは人によるだろう。実力主義の結果なのか、冒険者組合からの使者は自信満々で平民の癖に態度がデカい……いや、これ言ったの俺じゃないよ。ワルン公が応対している間にヴォデッド宮中伯から必要な知識を詰め込まれたんだが、その時に聞かされた話だ。
その冒険者組合からの使者は、結局俺とも謁見するらしい。
俺の方もワルン公から親書を受け取り、内容に目を通した。主題は、貿易を現状維持で頼むってことらしい。今までも、広大な平野部を保持し食料生産だけは十分な帝国は、寒冷な土地故に農業に適さない北方大陸に食料を輸出し、一方で魔道具の原材料である魔獣の素材を輸入していた。
というより、帝国の海岸の大半を牛耳っていた式部卿が主要な取引相手だったようだ。だから巡遊のとき、摂政派の領地で魔道具関連の施設を見かけたんだな。
それで今まで通りの食料輸出をって、早くアキカールの反乱軍を潰せって話なのか、あるいはアキカール平定の為に手を貸すから代わりに食料を安く売れって話なのか。どちらにせよ面倒である。まぁ、あとは直接話を聞いてからだな。
ちなみにいきなり呼び出され、二度手間の被害を被ったワルン公の目の下には隈ができていた。
……そういえば色々な仕事を押し付けた気がする。酷使し過ぎたか? 気をつけよう。
そして始まった謁見、いつものように俺が玉座に座り、頭を垂れる使者に声を掛けようとした……その時、驚いたことに使者は自ら頭を上げさらに名乗りまで始めたのである。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。A級冒険者、【青き竜騎士】のジークフリート・ティセリウスです」
逸材である。思わず感嘆の声が出そうになったよ。
何せこの男、この場で殺されても文句言えないくらい無礼なことをしているのだから。というか、ティモナは反射的に少し動いたぞ。俺が目で制してなかったら斬りかかっていたかもしれない。
まぁ、冒険者によって魔道具の素材は独占状態だからな。態度がデカくなるのも必然だろう。今までもそれで見逃されてきたのだろうし。
さて、そんな無礼を働いた使者に対して、俺は特にそれを咎める訳でも激昂する訳でもなく、ただ自信なさげに応じた。
「うむ」
それからしばらく、無言の時間が過ぎる。すると再びジークフリート……なんとかが話し始めた。
「お忙しい中、こうして時間をお取りいただき、ありがとうございます」
あぁ、これはたぶん皮肉なんだろうな。俺を暇な傀儡だと決めつけている。この男、顔立ちもかなり整っているが、何より自信に満ち溢れた表情をしている。それがより一層滑稽に感じる。
まぁそう思ってほしくて、傀儡時代の装飾過多の服を引っ張り出してきて着てるんだけどね。
「うむ」
「……我ら自由を愛する冒険者一同より、陛下の即位に祝意を述べさせていただきます」
なるほど。こいつ、皇帝とかそういう専制政治に対抗意識持ってるタイプか。それで挑発とは青いねぇ。
……もしかして【青き竜騎士】って二つ名、そういう侮蔑も込められてないか? だとしたら、この男を派遣した「誰か」はむしろ挑発目的で……。
「うむ、よきにはからえ」
と、このタイミングでヴォデッド宮中伯が謁見の間に堂々と入ってきた。
外に控えていた彼が、タイミングを見計らって出てきたのだ。
「おぉ! 宮中伯、よう参った」
冒険者組合とは敵対も友好も御免被る俺はこの謁見、使者が傀儡の皇帝と見なしていることを利用し、愚帝として振舞い切り抜けることにした。俺からは一切言質を与えず、そのまま帰ってもらうために。
しかしワルン公には情報を与えないように指示した以上、彼が「皇帝を操る影の支配者」という設定では怪しまれるかもしれない……だからヴォデッド宮中伯に「第二の宰相」としてこの謁見では振舞わせることにしたのだ。
「いやはや、遅れてしまって申し訳ございませんなぁ、陛下。使者殿も、遠路はるばるご苦労!」
……思わず二度見しそうになった。いや、誰だよ。
颯爽と現れた宮中伯は明るい表情で、それでいて部屋全体が引き締まるような威風を放ち、玉座の隣に立った。まるで歴戦の将軍のような精悍さと、君主と紹介されても違和感ないほどの威厳のあるオーラ。普段の宮中伯を知っている人間ならば、違和感しか感じないはずのその振舞いは、不思議と堂に入ったものだった。
それに気圧されたのか、使者は思わずといったように頭を下げた。
「お初にお目にかかります、閣下」
「口上は結構。早速ですまないが、陛下への親書をいただけるかな?」
これが、密偵長の本気か。別人を演じるのが本当に上手い。
「……はっ」
そうして受け渡された親書の封を切り、宮中伯はしっかりと内容に目を通す。
……いや、もしかしたらこれも演技かもしれない。さっきワルン公に手渡された親書、俺の後に目を通してたし。
「さぁ、陛下。こちらを」
しばらくして宮中伯は、玉座の背もたれの端に手をかけ、ゆっくりと俺に親書を手渡してくる。
「うむ。それで、余はどこにサインすればよい」
俺の言葉に、謁見の間は静まり返った。
ちなみに、ベルベー王国の使者とロザリアもこの謁見の間に控えている。コイツの後に彼女らは俺と謁見するらしい。そのロザリアが小さく笑っている。ウケて何より。
「陛下、これはそういうものではありません……ただ受け取るだけで良いのです」
「そ、そうか。要らぬのか」
宮中伯の呆れたと言いたげな態度に、俺は委縮したフリをする。
その態度で完全に見切りをつけたのだろう、使者の男は宮中伯に向けて話し始める。
「我々はより多くの食料を安く求めます。代わりと言っては何ですが、『黄金羊』の捕縛、こちらも協力致しましょう」
黄金羊商会? そいつらと俺は既に協力関係にあるんだが……俺が連中と手を組んだことを知らないのか?
あぁ、そうか。北方大陸は東方大陸から距離があるから、そもそも情報が伝わるのが遅いんだな。その上、コイツは竜に乗って空路を踏破してきたせいで、情報の更新も何もしていないんだ。だから俺がこの手で宰相と式部卿を粛清したことも、自ら周辺諸国と外交すると宣言したことも知らないんだ。
ロザリアがいるってことはベルベー王国には寄っただろうに、情報収集を碌にしていないとは。
……って黄金羊商会の連中、冒険者組合とも対立してるのかよ。もしかして北方大陸にも拠点があるのか。
「ほう、それは重畳。海に出られてはこちらも対処できぬからなぁ」
「えぇ、我々も奴らには苦労しているのです。ぜひ協力させていただきたい」
いや待てよ、まさかイレール・フェシュネールがあのタイミングで俺の所に来たの、こいつらが来ることも予想していたからか? 対立している冒険者ギルドが来る前に、俺との取引を成立させる必要があった……クソ、もっと吹っ掛けてやればよかった。
「では共に協力していくという方針でよろしいでしょうか」
「勿論だとも。こちらからも使者を派遣しよう。詳細はその時に」
俺は手持ち無沙汰で手にしている親書を物珍しそうに眺めている……フリをして普通に目を通す。そこには黄金羊商会についての文言は一切無かった。あくまで、貿易についての話だけだ。つまり、今の会話は正式な打診ではないと解釈して問題ない。
「では使者の方は『グラスヴァー』まで」
「ほう、『ヴィッスール』ではなく?」
……なるほど。疑似的な連合国家である『冒険者組合』はギルド長のいる都市を便宜上の首都とする。だから現在の首都は『ヴィッスール』、しかし使者は別の都市に寄こせという。つまり、冒険者ギルドも一枚岩ではない訳だ。この感じだと、黄金羊商会と対立している都市と、してない都市があるな。
というか、この使者が正式な使者かも怪しくなってきたな。あるいは、冒険者組合の使者ではなく、本当は都市国家『グラスヴァー』の使者ってだけかもしれない。
どのみち、これ以上この男と話す必要は無いな。
「宮中伯、話が長いぞ」
「おぉ陛下、申し訳ございません。それではドラグーンの、全て承知したと御伝えくだされ」
冒険者も派閥争いか。どこもやることは一緒だな。俺たちは巻き込まれないよう距離を取るのが正解だろうな。
「それでは陛下」
「うむ、そちらの国王にもよろしく伝えておいてくれ」
俺の言葉に、ヴォデッド宮中伯はわざとらしく眉間に手を当て、冒険者の男は耐えきれずといった風に反応した。
「我々に王などというものはおりません」
「なに、国王がおらぬのか!」
俺はわざとらしく驚きながら、玉座から立ち上がる。
「それはまた、随分と大変な時に来てくれた。宮中伯、次期国王が決まり次第、使者を出すように」
そう言い残し、俺は謁見の間を出る。
……久しぶりに愚帝として振舞ったが、ちょっと楽しいな。