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汝は忠臣なりや?

短めです


活動報告あります


 黄金羊商会との交渉も無事終わった。そう考えた俺が、玉座から立ち上がろうとすると、ヴォデッド宮中伯がそれを制してきた。


「陛下、その者に一つ確認したいことが」

「……構わぬ」

 俺が了承すると、ヴォデッド宮中伯はイレール・フェシュネールへと近づいていく……あれは、殺せる間合いに入っているのか。

 イレール・フェシュネールの隣にいる、未だに名前の分からない女が微かに動いた。武術には疎い俺でも分かる……片膝を立てたあの姿勢は、抜刀術の構えだ。

 一方で、イレール・フェシュネールの様子は全く変わらない。


()()は貴女の差し金ですか」

「いいえぇ。アレがなければ本当は手切れ金ではなく、港を頂けるはずでしたぁ」

 二人はしばらく視線を外さず、向き合っていた。まるで相手を威嚇するかのように、それでいて何かを探るかのように。


 結局、ヴォデッド宮中伯が俺に頭を下げたことでお開きとなった。

「細かいことはニュンバル伯とヴォデッド宮中伯に任せる」

「はっ」



***



 謁見の間から出た俺は、寝室へと向かった。もう今日は政務をする気分ではなかった。

 新調した比較的シンプルなベッドに腰かけ、先ほどの宮中伯の言葉に考えを巡らせた。


 ヴォデッド宮中伯の詰問、そしてそれに対するイレール・フェシュネールの返答。

 彼女の言葉が正しければ、先代皇帝の寵愛を受けていたイレールはあと少しで帝国国内のどこかに港を得られるはずだった。だが彼女は『アレ』によって先代皇帝の愛人ではなくなってしまったという。


 ではこの『アレ』とは何か。人なのか、それとも事件なのか。


 イレール・フェシュネールが帝国から姿を眩ませたのは、先帝が死ぬ直前だった。タイミングからして、暗殺に関わっていてもおかしくない。あるいは、先帝が暗殺をされることを知っていて、そのことを故意に伝えなかった可能性もある。


 なら、ヴォデッド宮中伯のいう『アレ』とは暗殺計画のことなのか。


「違うな」

 イレールの言葉を信じるならば、先帝はイレールとの愛人関係を解消する際、このスキャンダルを口止めする為に「手切れ金」を払った。ならば『アレ』とは先帝が愛人関係を解消したがった「何か」だ。それが先帝の暗殺計画というのは筋が通らないだろう。


 別の愛人ができたか、あるいはこの関係が醜聞として広まったかのどちらかと考えるのが自然ではないだろうか。さらに言えば、おそらく前者だろう。

 俺はこの関係を聞いたことがなかったし。


 まぁ、これについては後で改めて考えればいい。



 問題はこの会話を、なぜヴォデッド宮中伯はわざわざ俺に聞かせたのかだ。

 立ち上がろうとする俺を制してまで、意味深な言葉で会話する必要は無かった。ただ確認するだけなら、俺のいない所でして後で報告すればいい。


 それをせずに、俺に聞かせた理由。それはたぶん、俺に考察をさせるためだ。

 宮中伯にとって不都合な事実から、俺の気を逸らすために。


 気がついたことに気づかれたのだ。


「『アレ』とはいったい……」

 屋根裏の密偵に聞こえるように呟き、間違っても考えが声に出ないよう、口に手を当てる。これで偽装は十分だろう。


 ヴォデッド宮中伯は、どうやら先帝が好色な人物であると知っていたらしい。書類の真偽を確かめた時、俺はそう判断した。

 そこで俺はふと思ったのだ……「なのにイレールと先代皇帝の関係は知らなかったのか」と。

 普通、皇帝に仕えている密偵ならば()()()()()()()()()()()()()()()()()だよな? むしろそれを揉み消す立場なのだから。しかし密偵長であるヴォデッド宮中伯は知らない様子だった。だから、宮中伯は顔を歪めていたのだろう。

 それは何故だ。



 ……考えてみれば簡単な事だ。

 ヴォデッド宮中伯は、ずっと俺に嘘をついていたのだ。



 俺はてっきり、『ロタールの守り人』内で情報の引継ぎが上手くいっていると思い込んでいた。それは初めてヴォデッド宮中伯と密談した際、なぜ先代や皇太子の暗殺を見逃したのかと聞いた俺に、彼がこういったからだ。「当家とその配下には私より年上の者はおりませぬ。皆自害しました」と。

 俺はそこで、彼らは守れなかった責任を取って自害したのだと考えた。その場合は、次代であるヴォデッド宮中伯に不都合が無いよう、ちゃんと全ての情報を引継がせてから自害していただろう。

 だが事実、情報の断絶が起きている。イレール・フェシュネールと先帝の関係がここまで知られていないのは、当時の『ロタールの守り人』が上手く揉み消したのだろう。にもかかわらず、それだけ重要な情報が引き継がれていない。

 これはつまり、「自害」は嘘だったということだ。


 ならば彼らが死んでいる理由はただ一つ。

 生き残っている人間(ヴォデッド宮中伯)によって粛清された。それ以外思いつかない。



 もし突発的な粛清が行われていたのだとしたら、情報が引き継がれていない件も説明がつく。そして同時に、もう一つの疑問が浮かび上がってくる。


 なら何故、ヴォデッド宮中伯は先代皇帝とジャン皇太子の暗殺について、あれほど情報を揃えているんだ?

 彼は最初から、先代皇帝暗殺の首謀者は式部卿で、ジャン皇太子暗殺の首謀者は宰相だと言っていた。だが彼らはあくまで事件の裏にいる存在……言ってしまえば、この暗殺事件における黒幕だ。俺は最初からそれが見えていたせいで、基本的なところを見落としていた。


 考えるべきは実行犯の方だった。先帝暗殺の実行犯は宮廷医の一部であり、これはヴォッディ伯ゴーティエ、オダメヨム伯ボリスらの証言によって確かめられた。だがこの時、ヴォデッド宮中伯は宮廷医らに自白させるために拷問をしている。それは確固たる証拠が無かったからだろう。

 なのに、なぜ彼らが犯人であると確信していた? そもそも、宮中伯は実行犯から黒幕を暴いたのではなく、先に黒幕の方を断定していた。


 そしてもう一つ。ジャン皇太子の暗殺の実行は、誰だ?

 表向きは戦死になっている彼の死は、ヴォデッド宮中伯によれば暗殺だ。その黒幕は宰相だという。だが、実行犯が出て来ていない。



 もしかして、ジャン皇太子(父上)を殺したの、『ロタールの守り人』なんじゃないのか。



 ……そう仮定すれば、最近のマルドルサ侯についての話も分かりやすい。ヴォデッド宮中伯は彼について、証拠はないがジャン皇太子の暗殺に関与している可能性がある、と言ったのだ。


 それも、自分たちが実行犯だから知っている情報なのではないのか。



 ヴォデッド宮中伯は、俺にとってこの世界での最初の協力者だ。だから無意識に信じてしまっていた。油断ならない人間だと、散々自分に言い聞かせてきたつもりだったが、甘かった。

 『ロタールの守り人』は先帝とジャン皇太子の暗殺に深く関与していた。だから黒幕を知っている。俺にはそれ以外の推測がもう浮かばない。


 そうなると、『ロタールの守り人』を粛清したのとみられるヴォデッド宮中伯は、この暗殺に否定的な人間だったのか。

 ……いや、また無意識に信用しようとしてないか。単純に、事実を隠蔽する為に口封じをしただけじゃないのか。



 ……分からない。だがただ一つ、確かなことは……俺の推測がヴォデッド宮中伯にバレては不味いということだ。自分が疑われていると確信すれば、彼がどのような動きに出るか分からない。

 俺は気づかれないように振舞わなければならない。今度は、あの宮中伯相手に。



 いつ殺されるか分からない生活……宰相と式部卿を殺し、俺はそこから解放された気になっていた。


 それは間違いだった。宰相と式部卿がいたから暗殺の危険があったのではない。()()()()()()()だ。

 ならばこの先もずっと続くのだろう。俺が、皇帝である限り。


 生き残るための、闘いが。



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― 新着の感想 ―
[一言] ダモクレスの剣状態
[一言] 物語が一区切りしてないのに、終わったと思う前に暗殺の危険について重ねてくるのは、さすがに続きを読むのが疲れる。 現実的に考えてこのタイミングが効果的なんだろうし、言いたいことは分かるけど…よ…
[良い点] 主人公のキャラクターが好きです [気になる点] いつまで落ち着かない物語って印象を受けました 必要かわからないけど、 痛快感、納得感が薄くて疲労感が強い印象
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