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何が羊だよ(4)

自分でもテンポ悪いなと思ってます。



 謁見の間に戻った俺は、ゆっくりと玉座に座り直す。ここからは黄金羊商会との対等な交渉だ。今後の帝国運営にもかかわってくる駆け引きだ。


「まさかあのようなものがあるとは思わなかったが……まぁよい。つまり卿らの言い分としては預かっていただけだと」

「その通りでございますぅ」


 黄金羊商会のメッセージは受け取った。正直、思うところが無いわけではない。たとえばこの女(イレール)が先帝を誑かしたのではないか……俺がこうして苦労している元凶なのではないのか……とかな。

 だが考えてみれば……先帝の方から手を出したとしても違和感はないのだ。その父親が六代皇帝(アレ)だからな。


 だからこれまでの件は全て水に流す。そして、遠洋航行可能な船舶を大量に抱えた黄金羊商会は、必ず味方にしなければならない。


「ならば当然、あるべき場所に戻される……ということでよいな?」

「もちろんでございますぅ。帝国大金貨200万枚・帝国大銀貨200万枚、既に用意できておりますぅ」

 建前抜きでいえばこれは、黄金羊商会から帝国に対する資金提供だ。あとはこいつらが、今後も帝国と取引を続ける気があるのかだ。

 無いとは思うが、これが手切れ金という可能性もなくはない。まぁ、それにしては額が多すぎるのだが。

「ではすぐに持ってくるがよい……それで? テアーナベ連合を独立させたことについての申し開きはあるか」

「独立させたなんてそんなぁ、怖い公爵たちから逃げて身を寄せただけですぅ」


 ちらりと横を見れば、ヴォデッド宮中伯がまるで睨めつけるようにイレールをじっと見ている。

 黄金羊商会が裏で手を引いていたのは、密偵の調べによれば間違いない。だから問い詰めることはできる。

 しかし……。


「では、卿と連中はもはや無関係だと?」

「はいぃ」

「では不問としよう。それで、どこに拠点を移す。異大陸か? あるいはどこかの島か」

 どうせ問い詰めても逃げられる。だからここは不問とすることで『譲歩』を見せる。

 それに、密偵……正確にはヴォデッド宮中伯について気になることがあるしな。


「いいえぇ。できましたらこの帝国でぇ、再び商売させて頂けたらなと思いましてぇ」

 『帝国の』商会になりたいのではなく、『帝国で』商いをしたいと。まぁ、それでも今の帝国にはありがたい。

「そうか。余としてはそれで構わないが……」


 俺はそこで、わざとらしく宮中伯の方を見る。「俺は許すけど臣下がねぇ」という仕草だ。

 それを理解しているのだろう。イレールが話し始めた。

「ですが一時身を寄せていた者としてぇ、何のお詫びもしないのはダメだと思うのでぇ」


 ……その間延びしたしゃべり方止めてくんねぇかな。ちょっとイライラする。


「チャムノ伯領の傭兵に支払う給料、そして兵糧……それらを定期的に運び込ませていただきますぅ。こちらはお詫びとしてただ働きですぅ」


 なるほど。まぁ、黄金羊商会の密偵らしい存在は前々から確認できていた。だからチャムノ伯領の現状については知られていても驚かないが。

 そう、我々はチャムノ伯領の傭兵のもとへ定期的に給料を送らなければならない。兵糧はチャムノ伯領の内政を圧迫しない為にもあった方が良い。


 だが……こいつのこの提案は善意などでは無い。

 恐らく、継続的な輸送という建前でチャムノ伯領の港を利用する気だ。皇帝から命ぜられた仕事……それに対し、チャムノ伯は港の使用料を徴収しづらいだろう。それも、自分の所に金や食料を送る為の仕事だ。『他の積み荷』があっても、指摘しづらいだろうな。


 黄金羊商会は帝国で商売をするにあたり、当然だが港は安く使いたいと考えるはずだ。そのための手段がこれか。

 下手すると、実質的な免税状態を長引かせるために、我々が苦戦するよう裏で手を回すかもしれない。


 こいつらならやりかねない。ならいっそのこと……。

「ほう。その心意気、気に入ったぞ。では『黄金羊商会』の港湾使用料について、三年は免除するよう伝えておこう。これはチャムノ伯領だけでなく、余の支配下となった帝国全土で、な」

 黄金羊商会が欲しがっているもの、それを与えてしまおう。まぁ、チャムノ伯領以外はまだ支配できていないから空手形なんだけど。

 しかし、黄金羊商会にとっては嬉しい空手形のはずだ。無料で帝国中の港が使えるのだからな。さらに三年という期限をつけたことで、黄金羊商会にとっては早く帝国西部を皇帝支配下にした方が、戦いを長引かせるより『得』になるはずだ。


「ありがとうございますぅ」

「余は帝国にあるべき全ての土地を帝国に戻す。それはテアーナベ地方も例外ではない」

「素晴らしいお考えかとぉ。ご協力できることがあればぁ、何なりとぉ」

 やはり好感触か。この様子なら、他にも取引できるらしい。


「ではさっそく……」

 俺は玉座からイレールらを見下ろし、堂々と言い放った。

「金が必要だ。いくらまでなら貸せる」



***



 金は借りたら、返さなければいけない。利子というものをつけて。だから人は金を借りることに慎重になる。

 特に聖一教では利子は禁止されていないからな。ただ、それを暴力で取り立てることは禁止しているが。

 まぁ、倫理観なんてあってないような世界だ。その辺は守らない人間が多い。だから金を借りた人間は、怖い借金取りに怯えることになる。


「額によってはぁ、納めさせていただいてもぉ」

「いいや、貸してくれ。理由は分かるであろう?」

 だが今回は借りた方が良い理由がある。何せこの帝国、既に借金まみれで信用がない。どこも金を貸したがらない。だからこそ、巨大な商会である黄金羊が帝国に金を貸したとなれば、他の商人たちも帝国に対する見方を変えるかもしれない。

 何より、金を何の見返りもなしに渡された場合……それは一度きりの関係になりかねない。俺が戦いに敗れでもすれば、すぐに手のひらを反すだろう。

 だが借金の場合、俺がこの先苦戦しても「支援すれば巻き返し、貸した金が返ってくるかもしれない」と考え、つい手を貸してしまうものだ。


「それで、いくらだ?」

「どこの貨幣を御用意するかによりますぅ。帝国大金貨なら100万枚ほどですぅ」

 さらに100万枚。とんでもない大金だ。こいつらはどれだけ金を持っているんだ。

 ……いや、そもそも使っていないのか。黄金羊商会が普段、異大陸で取引に使っている通貨は別のもので、帝国通貨はしまい込んでいたのかもな。だからこれだけ簡単に出せる。

「それだけか。では一先ずそれを借りよう」

 利子については言ってこない……これは返ってこない想定もされてそうだな。となると、さらに黄金羊商会が食いつきそうな話題を出したいな。


「他に……そうだな。皇国の通貨なんかはどうだ」

 俺の一言に、ここまで来てイレール・フェシュネールの目の色が初めて変わった……気がする。

「北ですかぁ、それとも南ですかぁ」


 皇国通貨……それは文字通り、東方大陸の東側にあるもう一つの大国、『皇国』が発行している通貨だ。

 東方大陸というのは何度も言うように、大陸の中央を『天届山脈』が東西に分断する地形になっている。このため、大陸の東と西では取引が直接行われることはほとんど無かった。

 その結果、かつて健全だったころの帝国通貨は大陸西部で広く使用され、皇国通貨は大陸東部での流通によく使われている。どちらも現代の地球でいう『アメリカドル』のような地位にあるのだ。

 ……いや、流石にアレと比較するのはおこがましいか。まぁそれはさておき。


 そんな状況なのに、帝国の俺が皇国(大陸東部)の貨幣を欲しがった訳だ。

 ということは、大陸東部のどこかと「商売(取引)」しようとしていることは簡単にわかるだろう。だから俺は「皇国と直接取引をする」のか、あるいは「皇国以外の周辺国と取引する」のかを聞かれると予想していた。


 しかしイレール・フェシュネールは今、「北か南か」と聞いて来た。これはどういう意味だ……。この返事は慎重にした方がいい気がする。



 ……これも2択だな。一つ目は、俺が皇国と戦争をする気だという前提で、その侵攻ルートを聞かれている可能性。この場合、天届山脈にあり帝国と皇国を直接繋ぐ『回廊』は狭すぎて大軍の展開は無理。残るは北のヒスマッフェ王国を通るルートか、南のゴディニョン王国を通るルートか。そういう意味で南北どちらかと聞かれている可能性はある。

 ただでさえ帝国国内が内乱状態なのに、今そんな話をするかとも思うが……実際、皇国とはいずれ戦う必要がある。それが何年後か、あるいは何十年後かは分からないが。


 もう一つの選択肢は、皇国に対する姿勢を聞かれている可能性だ。まず、「北」が指しているだろうヒスマッフェ王国は、地政学的に皇国と対立せざるを得ない。

 というのも、このヒスマッフェ王国はその国土を『トメニア海峡』と呼ばれる海峡によって東西に分断されている。地球でたとえるなら、トルコのボスポラス海峡みたいなものだな。もしこの海峡が他国に抑えられれば、それは国土の分断を意味する。

 一方で、皇国にとってもこの海峡は要衝となっている。そもそも、皇国が直接治めている海岸線は二つしかない。そのうちの一つは『中海』と呼ばれる入り組んだ海であり、その出口にあるのが『トメニア海峡』なのだ。この『中海』は地球でたとえるなら黒海だ。


 つまり皇国から見れば、『トメニア海峡』が他国の手にある限り、この『中海』から遠洋へと出るルートはいつでもその国の都合によって封鎖されてしまうのだ。しかも皇国が持つもう一つの海岸線もヒスマッフェ王国の東側にある。

 そしてヒスマッフェ王国は北方大陸とも交易をする国家。大量の艦隊を動員できる。だから皇国にとってヒスマッフェ王国は自分たちの海洋利権を抑えつけて来る「目の上のたん瘤」であり、ヒスマッフェ王国にとって皇国は常に国土を狙ってくる「脅威」なのだ。まぁ仲良くできる訳がない。


挿絵(By みてみん)


 とはいえ、常にこの両国は戦争をしている訳ではない。時には友好関係を結ぼうとも努力している。

 が、無理なのだ。そういう地形になっているのだから。この両国が友好関係になるには、どちらかの国力が大幅に低下し、もう一方の属国になった時だろう。東方の大国である皇国がそうなるにはあと何百年かかるんだって話だし、ヒスマッフェ王国もいざ戦争となったら、友好関係にある北方大陸の冒険者を傭兵として投入できるし、強力な海軍もいる。これで戦争にならない訳がない。


 ちなみに、皇国は現在国土の北にしか海を持っていないのだが、彼らとてその状況に甘んじていた訳ではなく、これを打破しようと東や南へと侵略を繰り返した。だがそうすると、当然の如く周辺諸国は団結し、強固に抵抗する。

そこで彼らが採った政策は、周辺国を形式的な属国(実質は同盟)とすることである程度の影響力を広げるというもの。まぁ、その国々も時には裏切って敵対するのだから上手くはいってなさそう。


 話が大幅に逸れた。ともかく、そんな訳だから、皇国と対決を目指すなら「北」のヒスマッフェ王国と共同して動くことになる。


 反対に、「南」の国々……ゴディニョン王国、ダウロット王国、プルブンシュバーク王国などは皇国に対し味方したり敵対したりと情勢がころころ変わる。この辺は皇国との対決というより、この国々で争っているからな。皇国はそれに介入している形だ。当然、各国に皇国との対話のパイプもあるはず。

つまり武力侵攻は「北」で対話は「南」か。



 ……となると、この答えは一つだな。


「両方だ」

 戦争と対話、この二つの選択肢は常に持っていたい。そもそも、俺は皇国を憎んでいる訳じゃないし。むしろ倒れられたら困るくらいに思っている。だから時には戦い、時には話し合うだ。

 侵攻ルートにしてもそう。そもそも、帝国単独で皇国へ侵攻してもまず勝てない。補給も戦場も相手に有利を取られる。となると、侵攻の際は周辺諸国による『包囲網』が必須。そしてその場合は圧倒的な兵数の有利を作れるのだから、大軍を狭い戦場に置くより、分散して敵を揺さぶった方が良い。だから侵攻ルートは南北両方を使う。


「可能な限りご用意いたしますぅ。他には何かぁ」

 この答えは、どうやらイレール・フェシュネールにとって満足いくものだったらしい。

 俺はさらに欲しいものを注文する。

「武器が欲しい。特にクロスボウだ。値段はそちらが決めて良い」

「ではそちらは速やかにぃ」

……イレールの方から優先順位をつけられた。まぁ、皇国の話はイレールの関心を得るためで、先に対ラウル用の武器が必要なこともお見通しか。


 そうだ、こっちも釘を刺しておかねば。

「しかし特権を与えるのだ。今後は勝手に黄金羊商会を名乗る不届き者が現れるかもしれぬ。厳しく精査するので新たに他の商会を買収して取り込む際は、必ず申請するように」

 俺はファビオからの調査報告で、黄金羊商会が『黄金羊商会』と名乗らず、他の商会に偽装して貿易していることを知っている。だが今回、俺は『黄金羊商会』に対して港湾使用料免除の特権を与えた。

だからこれは、「慌てて偽装先から『黄金羊』に戻すなよ。不自然な動きは咎めるぞ」という牽制なのだが……。

「そこまでして頂けて助かりますぅ。今後も何卒よろしくお願いいたしますぅ」

 それに対するイレールの反応は「どうぞ好きなように」ってところか。


 本当、腹立たしい奴だな。



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平和に勝る商材はない
[一言] 王族や貴族のお偉方の考えることは難しくてわからねぇ。 もっと、平民や農民にでもわかりやすい言葉で話してくれねぇと。 難解すぎて頭に入ってこねぇだよ。 『頭痛が痛い』くらい簡単にしてもらいた…
[一言] むっっず
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