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派閥という檻から解き放たれた獣たち



「ご報告に上がりました、陛下」

 帝都周辺の皇帝直轄、これを掌握した俺の元には、様々な報告書が届くようになった。農作業、採掘などの報告から、帝都の警備状況まで。

ただまぁ、どれも大雑把な報告だ。お陰で捌けているが、内戦が終わり次第、この書類周りも様式を統一し、徹底しなければ。


「宮中伯……卿が直接来たということは、不測の事態か?」

 そして報告書を通さないということは急ぎの用件……あるいは残せない用件だ。

「いいえ……逃亡したフィリップ・ド・アキカールについてです。どうやら『語り部』の連中が、アウグストに反発する貴族と接触させたようです」


「ほう、それはまた」

 助かることには助かる。だがまぁ、俺の元に事前連絡や報告はなかったな。

「後で警告しておく。他には?」

「あまり信用なさいませんよう。奴らにとって帝国は都合の良い船です。沈むと見れば自分たちだけ小舟で逃げ出します」

 まぁ、そうだろうな。彼らにとって西方派は都合がいいから利用しているだけ。目的は転生者の保護と『遺跡』の解体だからな。

「分かっている。だが傾かない限り優秀な船員でもあるだろう。ただの乗客ではないのだ」


 というか、ヴォデッド宮中伯の『守り人』も同じなんだがな。俺が帝国にとって害ある者と判断されれば敵に回りそうだし。


 ヴォデッド宮中伯はこの件について、それ以上は何も言わず、新しい報告書を渡してきた。

「要塞建築とは別に、『募兵』した件ですが……」

 ……しれっと割り込まれた。まぁ、今処理していた書類は急ぎじゃないからいいんだが。

 俺は持っていた報告書を机に置き、ヴォデッド宮中伯からの書類に目を通す。

「予想以上の志願?」

「はい。帝都では陛下に期待する声も大きく」

 ほう。俺の年齢からして不安視されるかと思ったんだがな。


「士気が高いことはよろしいのですが、支払いを考えるとあまり多いのも困りますな。踏み倒すのであれば構いませんが」

「いや、そういう訳にもいかないだろう」

 ケチと言われると今後の政策に支障が出るかもしれないし、何より武器が足りない。

 武器や大砲について、帝都の職人に依頼は出してあるが、それでもすぐに数が揃うという訳では無い。かといって、武器の充足を待って機を逃すというのもな。


「狩猟や参戦経験のある者を優先してくれ……あとは帝都の警備隊にでも誘導してやれ」

「承知いたしました。それと」

「まだあるのか」

 すると、ヴォデッド宮中伯は懐から二つの丸まった羊皮紙を取り出した。

「ワルン公に一任された貴族らへの招集について、考慮に値するものが二枚」



***



 大公同盟の成立により、もはや宰相派・摂政派の対立構造は瓦解した。だが派閥に参加していた貴族の中には、そのことに不満を持つ者もいる。領地問題で対立している貴族が摂政派だから対抗して宰相派に参加する……そんな貴族もいただろう。


 そもそも、宰相も式部卿も君主ではなかった。彼らはまるで君主のような絶大な権力を振るってはいたが、あくまで公爵という立場であった。

 それが今回、独立宣言をした……つまり君主として振舞うと言っているのだ。そりゃアキカールやラウルからしてみれば、今までと何も変わらない感覚かもしれない。そのくらい好き放題していたからな。


 だが派閥にいた貴族からしてみればたまったものではないだろう。

 利害関係で頭を下げていた相手が、急に「君主になったから利益がなくても従え」と言ってくる……あるいはそうなる可能性があるという時点で、貴族たちはこの『大公同盟』に参加する事には慎重になっている。

 つまり、帝国は『皇帝』と『大公同盟』に分かれているように見えて、実際にはその他大勢の『日和見勢力』がいる訳だ。

 そういう貴族に対し、帝都に来るよう招集令を出したのだ……ワルン公が。



 俺が直接出さなかったのにも、ちゃんと理由はある。

 今回の件、俺としては「帰参する貴族がいたらいいな」程度なのだ。もし帰参しなくても、このまま日和見を続けてもらう分には不利益にはならないからな。

 だが俺が直接出した場合、それは最後通牒と受け止められる可能性がある。皇帝に「帰参せよ」と言われれば、「はい」か「いいえ」で答えるしかない……味方になれないから消去法で敵になるしかない。そんな風に敵対されても困る。


 だが同時に、皇帝としての面目も考えなくてはいけない。今が異常なだけで、本来皇帝は絶対的な権力を持った君主である。その皇帝が「味方になって欲しい」と頭を下げるのは、場合によっては「弱腰」と捉えられかねない。

 一部の重要な貴族になら良いだろうが、日和見の貴族全員に「お願い」するのは論外である。

 

 そういう面倒な事情が絡まり、俺の代理としてワルン公が命令を出すという形になった訳だ。


「どうせほとんどの貴族が現状維持であろう」

「えぇ。『領内の混乱が収まり次第』ばかりです」

 だろうね。だがそうではない回答が二件あったと。


「この二通の内、一方はエタエク伯領からのものです」


 エタエク伯領……ここは実は以前から中立派として存在する領地である。理由は現当主が90歳を越える超高齢であり、一方で次期当主である曾孫は俺と歳が変わらない幼さだった。エタエク伯の息子や孫は既に亡くなっているそうだ。

 んで、エタエク伯自身は宰相派か摂政派か選ぶのは次期当主に委ねると言い、一方で次期当主である曾孫は「当主の身でない自分に決める権利はない」と固辞し……結果的に中立派になったと。


 ちなみにこの領地、チャムノ伯が傭兵を率いて領地へ戻る際に通過したのだが、一切反応が無かったらしい。通行するとの通達にも無反応。妨害も抗議も一切無かったと。

 チャムノ伯が「不気味でした」と言っていたが。


「ついに伯も亡くなったか」

「いえ、どうやら随分前から亡くなっていたようです」

「何っ!?」

 俺は宮中伯から手渡された手紙に目を通す。


 それによると、どうやらエタエク伯は何年も前に亡くなっていたらしい。しかしそれが明るみになれば領主が幼いことを利用し政争に巻き込まれることは必至。そう考えた家臣団は伯爵が生きているという嘘をついていたと。

「誰も気がつかなかったのか?」

「えぇ。注意を払っていなかったとはいえ、我らも気がつけない程」


 ……マジで? そんなの、いったいどうやって。


「元々、それ以前から老人特有の知能低下が見られ、表には出なくなっておりました。あとは家臣に優秀なのがいたようで、筆跡から政策内容に至るまで巧妙に偽装されておりました」

「……他の者達はそれに不満を抱かず、口を閉ざしていたと?」

「えぇ、かなりやっかいな者たちです」


 そして手紙には、皇帝に従う条件が書かれてあった。

 曰く、新エタエク伯はまだ幼く、即位の儀にて粛清を強行するような危ない皇帝の下には行かせられない。それでも構わないなら皇帝の命令には従うし、軍も派遣すると。

 ……随分はっきりと書いてくれるなぁこの野郎。誰が危ない奴だ。


「新しいエタエク伯は何歳だ」

「陛下と同じです」

 つまり13歳か。

「幼い……か?」

 まぁ俺も『幼帝』とか言われてたけど。


「恐らく陛下とは事情が異なりましょう」

「それもそうか……それで、この新しいエタエク伯も傀儡になっている可能性は?」

 問題はこの家臣の誰かによって乗っ取りが起きている場合だ。もしかすると、この新エタエク伯は俺のように傀儡になっているだけでなく、監禁や幽閉……あるいは既に殺害されている可能性もある。


「確かにこの返答は方便かもしれません。昨年までは生存しておりましたが、今どうなっているかも不明です。ですが、仮にそうだとしても利用するべきです」

 まぁ、そうか。

 似た立場の俺としては、その子に同情もする。もしそうなっていたら、その「家臣」には嫌悪を抱く。だけど、皇帝としての判断も鈍らせるのはダメだよなぁ。


「分かった。この条件で構わないが、代理として誰か送るように」

「ワルン公に伝えておきます。そして……もう一通のこちらなのですが」

 するとヴォデッド宮中伯は、珍しく言い淀みながら手に持っていたもう一つの手紙を手渡してきた。


「宰相派の中で、ラウル公爵家の人間を除けば最も大きな力を持っていたマルドルサ侯」

 ジャン皇太子(父上)の側室の一人で、幽閉され亡くなったノルン・ド・アレマン……摂政が摂政派の妃なら、彼女は宰相派の妃となるはずだった、そのくらい重要な女性。その実父がマルドルサ侯だ。それくらい、力を持った貴族だった。


「こちら、マルドルサ侯からの恭順の手紙となります」



***



「そうか」

 ヴォデッド宮中伯に反して、俺の反応は淡白なものだっただろう。

 何せ、彼が『大公同盟』を見限る理由は十分にある。大貴族だった彼にとって、『ラウル大公』への臣従は受け入れられなかった。あるいはその派閥のナンバー2だった彼に対し『大公国』の評価が見合わないと感じた。もしくは自分の娘を幽閉した摂政や摂政派を憎んでおり、『同盟』は受け入れられなかった。あとは単純に俺たちの方が優勢と見たから。

 ざっと思いつく可能性でこのくらいだろうか。


 手紙の内容だが、まずは皇帝に恭順を誓うと書いてある。その上で、堂々と帝都に向かっても良いが、表向きはラウル大公に従う振りをしつつ内通者として活動しても良い、と書いてある。そしてその場合、信を得る為こちらに人質を出しても良いと書いてある。

 ……アリだな。この内通があれば、ラウル軍には確実に勝てるぞ。


「何か懸念があるのか」

 俺が宮中伯に訊ねると、彼は少し何かを悩み、口を開いた。

「残念ながら証拠はございませんが……ジャン皇太子の暗殺に関与していた可能性があります」

 ……なるほど。

「だが証拠はないと」

「えぇ。そして問題は……我々は何度も彼を調べたのですが、一切何も出てきませんでした」

 そうか。なら警戒はするが、かといって裁けないだろうしなぁ。

 そんな風に気軽に考えていた俺は、次の宮中伯の言葉で思わず黙ることになる。

「何も、出てこないのです。誰しもある、疚しい事や秘密の類……陛下であれば、魔法が使えることなど、そういうものが全く」


 宮中伯はさらに続ける。

「それどころか、他の領地であれば施されている防諜の類……それすらも無いのです」

 それは……確かに不気味だ。まるで、見せたがっているような?


「秘密の類が()()()()()()()()()()()()()()()()

「証拠が消されていたということか」

「その場合は何かを消した痕跡が残ります。ですがあそこは、それすらもないのです」

 ……だが本当に何もない、とは考えにくいのだろう。あれだけ好き勝手やっていた宰相の隣にいたのだから。


「しかし帰順を命じ、それに応じられた以上、陛下は受け入れるしかございません」

 そうなんだよな。これでやっぱり帰順は認めない、なんて言えばもう他の日和見貴族全てを敵に回しかねない。


「内通の話は無しだ。すぐに帝都へ来るよう伝えてくれ」

 警戒するべき相手を懐に入れることになるのか。


 大公同盟なんかよりこの貴族たちのほうがよっぽど手強いだろ、これ。



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